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さくらは善か悪か(仮)・輪廻篇  作者: 葉月雷音
廃病院と失われし過去
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130 ☴(⛩) 幼馴染との記憶 *

 夜になっても夜が明けても、2日間経った今でも、骸は屋根の上に居る私達をただ見つめて来るだけで、襲って来るようなことは無かった。

 なお、箱は骸の前に落としてみたものの、骸は拾うこともしなかった。だが、私達が移動すれば着いて来る。条件が解らなかったのと、本谷さんの方に行かれても困るのもあって、私達は座ってやり過ごすしかなかった。


 もうすぐ夜明けなのか、遥か遠くの地平線が薄らと赤みを帯びている。


 今は隣ですっかり寝息を立てて眠っている千尋だったが、夜明け前までは、恐怖から結界と緊張で限界のギリギリまで頑張ってくれていた。




 病院での出来事を全て思い出した訳では無かった。

 ……でも、今なら解ることもある。


 千尋の兄上は、千尋のことを大切に想っていた。

 私が怪我をしたと知れば、どんなに高熱が出ていても飛んで駆け付けて治療に当たってくれた。そして最後には必ず頭を撫でてくれた。よく頑張ったね、と。

 私が妹に、つまり千尋に似ているからだと口癖のように言っていた。無知で、世間知らずで、あまりお喋りが得意ではなくて、でも気遣いだけは出来る子だと嬉しそうに話していた。


 私の兄上とは異なる優しさを持っていた千尋の兄上は、私にとっては凄く不思議な存在だった。

 血も繋がっていないのに、仕事で面倒を見ている看護師でもないのに、まして友達のように仲が良かった訳でもないはずなのに、他者にも愛情を注いでくれる人物は今までに出会ったことが無かった。


 ――私の兄上も、私のことを他者に話していたことがあるのだろうか。


 疑問に思っても、その答えは解らなかった。

 否、きっと話してはいないと思う。そもそも、話すような相手が居るとは思えなかった。




 そんな物思いに耽っていれば、突如として警戒していた骸がカタカタと音を鳴らし始めていることに気付かされた。

 しばらくして、私に何かを伝えようとしているのだと気付いたものの、既に時は遅く骸は地面に崩れ落ちてしまう。


 唖然とする私の警戒網の中に、不意に1つの気配が引っ掛かった。

 背後側だったので迷わず魔弾を放ちながらも振り返る。


 そこに居たのは紫だった。

 それも、すぐ近くの駅舎の、最も高い所に立っている。


『ゆか――』


 言いかけて、気付く。

 故に焦って結界を張ったものの、既にこちらに向かって来ていた紫には意味など成さなかった。


 防御の構えを取りながらも、千尋を守る為に屋根の(ふち)まで前進する。


 紫の視線は明らかに敵意だった。

 それも生半可な敵意ではなく、拒絶にも似た感情が混ざっているようにも思えた。


 そんな紫の一撃は、防御の構えだったとはいえかなり堪える。


 が、その紫が狙っているのが私では無いことくらい、瞬時に理解していた。

 だから千尋に小さめの結界を張る。


「どうして紫が千尋を狙うの?!」


 思わず叫んでいた。


 距離を置いた紫が一瞬だけ地面に足を付けていたが、すぐに向かい側の屋根の上まで跳び退いている。


 しかし、紫は答える様子も無く魔弾を放って来ていた。

 それを弾きながらも、襲撃に備えて防御の構えを取る。


 案の定、紫は千尋に向かって一直線にやって来ていた。

 が、私も馬鹿じゃない。


『紫! 答えて!!』


 防御の構えから神器を取り出した私は、神器を2つの短剣の形に変化させ、片方を紫の片腕に突き刺した。

 もう片方で紫の一撃から守る。これで紫と至近距離で話せると思った。


『(お願い……答えて!!)』

『……千尋は、危険』


 不意に紫から言葉が漏れていた。

 しかし、その目には千尋しか映っていないようにも思えて一瞬だけ恐怖する。


『でも……純が、守っている。殺したら、いけない。解っている。でも、体が、言うことを、聞かない。でも、殺さないと、ダメ。世界が、壊れるから』



 ―― "この現象" が何なのかを、風神の私は良く知っていた。



 兄上が黒い仮面を通して使っているその術は、他者の思考を変化させることに長けていた。所謂、思い込ませる為の呪術。それを里の全員にかけているから、例えあの里から外に出ても里に帰って来るように調教されていた。どんなに外の世界が魅力的でも、兄上の里の中が安全で素敵だと思い込まされていた。


 紫には、その兄上の呪術が施されているのだと理解した。

 同時に、あの骸も兄上の呪術で動かされていただけなのではないか、という想像も出来た。ここは千尋の神社の結界の外だから、可能性が十分に有り得る話し。

 しかし、その呪術を解く方法は風神であっても解らなかった。



「に、げ、て」


 不意に紫の肉声が聴こえた。

 それが紫から発せられた声だと気付き、目を丸くする。


 紫は必死に自分を抑え込んでいるように思えるほど、私にかけていた圧力が弱まってはいた。


 死神様に違反すればどうなるのか、紫も十分に解っているはずだった。


 それは、私が過去に円、瞳、紫の3人を兄上に紹介してしまった為。

 3人は兄上に望みを叶えてもらう代わりに、貴と同じように心臓を抉られた。


 ――どうしてこの記憶まで失ってしまっていたのだろう!


「紫……」

「千尋を、連れて、逃げて」


 紫はそう答え、私から距離を置いてくれた。私の刺した箇所から青い血が流れ出ている。


 ――青い血?


 それは妖怪の証拠だと聞いてはいる。

 でも、先日までの紫は赤い血だったはず。


 それでも、目前に居るのが紫以外に他ならないことは、そのオーラが物語っていた。


「今は、逃げて!」


 物思いに耽りそうになった私を、紫が我に返らせてくれた。

 紫は今にも襲ってきそうな体勢で堪えてくれている。


「純、あのね。……純の過去は、純が一番、よう知っておる。だから、ウチが答えられる、純の過去のことは、知らん方がええ。それが、純の為なんや」


 答えた紫は、自身の術で自身を屋根にくっつけているようだった。その紫が脂汗でも掻いているのか、朝日に顔を照らされながら私を向いた。


 それが、修学旅行中に紫に聞いた、私の過去への答えなのだと気付いた。


 紫は目を細めたまま、それ以上は口を開かない。


 その間にも、紫の複雑な感情はテレパシーとなって私にも届いて来てはいたが、どれも文章には程遠かった。

 恐らくは、兄上の呪術で錯乱しているのだろうと察した。


「ありがとう、紫」


 私は答え、眠り続ける千尋をお姫様だっこした。


 この騒ぎの中、良く眠っていられるなぁ、何て思う。

 もっとも、千尋の度胸が据わっている事は美乃ちゃんの一件で良く解っていたことでもある。


 だから今更驚くことはなかったが、しかし、少しは警戒してくれても良いのではないかと思ってしまった。


 —— まさか理由(わけ)があるなんて、その時は考えずに。


内容的な都合でもう片方が詰まっていたので頑張っていました。

更新は、しばらくスピードダウンします。


26.04.02・改修、タイトルの※→*


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