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さくらは善か悪か(仮)・輪廻篇  作者: 葉月雷音
廃病院と失われし過去
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128 ☉(▲) もう1人の私

 気がつくと、私は紗穂里のベッドの中に居た。

 机の上に放置されたままの飲みかけの梨ジュースと書き写したメモが無造作に放置されている。


 滅多に開けないはずの部屋の窓が無防備にも開けられ、風が出てきたのか、紗穂里宛てに書いたメモ帳がパタパタと音を鳴らしていた。


 どうやって部屋に戻って来たのか、解らなかった。

 1階の紗穂里のママに訊ねても、そもそも私が家を出たことすら気付かなかったらしい。

 だけど、私のポケットの中にはしっかりと、如月と会っていたという証拠が残されていた。



 まだ日が落ちるまで微妙に時間があったから、念の為、同じルートを辿ってみる。


 だけど、そこに道など存在しなかった。

 それどころか、どんなにネットで調べても公園なんてそのあたりには存在しない。


 あれは夢だったのだろうか。



 諦めて帰宅したところで、一足先に帰っていたらしい紗穂里と玄関で出会った。


「う、う、香穂里ぃ!!」


 目が合うなり、紗穂里が急に抱きついて来た。

 何事かと思って目を白黒させていれば、紗穂里が玄関先に置いてあったリュックを指して叫ぶ。


 まるでゴキブリでも入っているかのような反応だった。


「ホント、あれ、怖かった! もう、大変で……!!」

「いや、ちょっと待てって。日本語になってないから、ね?! 少し落ち着こう?!」


 何とか紗穂里を落ち着かせた私は、2人揃って仲良く部屋に向かうことにした。(リュックは私が持たされた。)

 話したいことは私もあったが、まずはメールの返信が無かった紗穂里の話しが先だろうと思ってはいた。



 * * * * *



「……でまぁ、そういうことだったのだが、」


 説明を終えたところで既に外は暗くなっていた。

 が、念の為に窓の外を見てしまったのは気の所為ではなく確認のため。目視の限りは、その例のゾンビは来ていないようだった。


「あの病院で、ねぇ」


 病院での記憶は、正直に言って殆ど無い。

 しかし、見せられた写真に居たのはどう見ても私だった。


 だからどうこうと言えた義理ではないのだが、それでも書類は気になって広げてみている。

 が、どれも私の記憶には残されていないものばかりだった。


「そう言えば、風見さんが言っていた、もう1人のフウミという名前の子を探さないと……」

「……フウミ?」


 理由は解らないものの、何故かその名前にドキッとした。


「そう、フウミ。下か上かは解らないけど、そういう名前の子が一緒に居たらしい」


 私の中の "フウミ" という単語を掘り起こす。

 珍しい名前だと言うのに、その名前と風見が未だに一致していなかった。接点があまりないからと言えばそれまでだったが、それだけではなく、違う誰かと一致させてしまっていた為に感覚が薄いというか……そんな感じがしていた。


「……お? これっぽい?」


 パラパラと名簿を見ていた紗穂里が広げて私に見せてくれた。


 カタカナ表記だったものの、そこには "フウミ カナコ" と書かれてある。

 だけどそのページを見て、私は更に鼓動を高鳴らせていた。


「濃厚度治療患者一覧……って、」

「私の名前も、あるはずだよ」


 記憶が蘇った訳では無いのに、何故か私はそう答えていた。何も知らないのに話したいという感情に囚われている。

 これが無意識だというなら、しばらく話させてあげようと思う。


「他の子と違って、濃厚度患者(わたしたち)には個室が与えられた。私の部屋に来てくれるような人は居なくて、凄く寂しかった。紗穂里が来るまでは、その子が……カナちゃんが、毎日のように通ってくれていた」

「……香穂里?」

「眠り続けていた "もう1人の私" は覚えていた。紗穂里が通うようになってからは、カナちゃんは来なくなってしまったけど、病院に来て最初の頃は、もう1人の私では無く私が遊んでいたこともあった。尤も、カナちゃんの記憶にもこのことは残っていないと思うけど」


 そう答えてから、私は溜め息をついていた。


 ―― "統合" していると思っていたのに。


「もう1人の私がまだ重大なことを隠していたとは、ね」

「もう1人のって……まさか、記憶、戻ったのデショ……?」

「まさかって……」


 私はギクリとして目を丸くする。


「二重人格のこと……知っていたの?」


 誰にも言っていなかった事実。


 毎日が辛かった私は "もう1人の私" を生み出すことで、嫌なことを全てもう1人の私に押し付けていた。それまでの記憶は互いに共有されていたから、私が無意識で行動しても後からしっかりと思い出すことが出来ていた。

 ……だから今までこんなことは無かったのに。


「隠していた訳ではない」


 もう1人の私がそう言った。


「もう1人の私が居なくなっても大丈夫だと、紗穂里がここまで私のことを思ってくれていることを知ったから、消える前に紗穂里に話しておこうと思っただけ」

「ボクに??」

「そう。私はあまりこういう暗い話しをしたがらないから、記憶を戻したところで自分の中に貯め込んで話さないだろうと思ったから」


 私だからこそ、私のことは良く知っていた。

 でも、不思議と昔ほど寂しいという感情は無かった。


 そう――今は紗穂里が居る。独りだったあの時は、もう1人の私が居た。だから今まで乗り越えられていた。

 最近は全くと言って良いほど辛いことは無かったからか、もう1人の私が出て来ることは無かった。だからもう居ないのだろうと勝手に思っていたくらいだった。


 それが今になって、共有していなかった記憶を私にも話し出す。

 居なかったのではなく必要無かったから出て来なかった私が、病院での辛い記憶を思い出させてくれる。


「カナちゃんは、生まれた時から病院に居たらしい。病院で様々な実験を繰り返す内に謎の病気にかかって、皮膚などが融けてしまうようになった。多量の神薬を投じても、劇薬や毒を投じても、体内に異常は無い代わりに皮膚や筋肉の老化の進行速度が早まってしまっていたらしい。だから、カナちゃんには友達が出来なかった」

「そんな重大な病気を抱えていた子だったのか……」

「多分、友達が出来たから、私の所に来なくなったのだと思う」


 私は、無造作に放置されていた集合写真を見ていた。

 友達が出来ることは良いこと……眠っていただけで会話出来ない私よりも、何十倍も楽しかっただろうと思う。


「カナちゃんが "風見" になる前の姓は "如月" 」


 私は驚いていた。

 2人で目を丸くした途端、もう1人の私が私の中だけに何か言っていた、気はする。


 しかし、


「如月……そう、如月!!」


 紗穂里のこの件ですっかり忘れていたことを思い出し、叫んでしまっていた。


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