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さくらは善か悪か(仮)・輪廻篇  作者: 葉月雷音
廃病院と失われし過去
124/253

124 ☉ いとこ

「紗穂里! 紗穂里!! ……くっそー……」


 私は着替えながらも携帯で紗穂里の携帯にかけていた。

 だけど、紗穂里の携帯は電波の届かない場所にあるらしい。何度かけても留守番電話サービスに繋がってしまう。


 なお、写真の文字の答えは断片的だったが一応解けた。


【写真 双子 解読 当日中 南海西公園 大木ノ根元 術式 日没後 削除】

 ―― 写真を解読した日没までに、その公園の木の根元にある術式に向かえ。


 書き写した文字を何度読み返してもそのように書かれてある。その暗号の後の綴りは呪文で間違いない。写真の裏の文字も消えてしまって出てこない。

 つまり、解読してしまったということ。


 私は念のため、心配性の紗穂里とその家族宛てに書き置きをし、荷物を整えて部屋を出た。




 気配を極端に薄くしながらも、出来る限り人目を避けて路地を通る。


 仕方なく大通りを渡る場合はバレないように人間に紛れ込み、結界を張りながらも、上空を飛び交う黒い仮面から身を隠した。

 黒い仮面は気付いていないのか、それとも担当分野が異なるのか。


 私には気付いていない様子だった。




 公園は元から人気が無いらしく、しかも路地裏にあるとあってか、日はまだあったはずなのに暗くて若干薄気味悪かった。

 そんな公園の中央に構える巨大な桜の木が、恐らくは余計な影を作っていた所為もあるかもしれない。


 その木の根元に近付けば、確かに細かな術式が掘られてあった。

 しかし、薄い。まるで子供の落書きにも思えるほどだったが、触れるとそこに込められた魔力は大きいと感じ取れた。


 紗穂里からの返信がないことを確認して溜め息をついた。


 この術式の先に何があるのかは、術式を引き出してみない限りは解らない。

 だけど、今を逃せば二度とチャンスは来ない気がする。周囲に人の気配も無いし。


 だから、これからも目撃されないことを願いながらそっとアンクを出した。

 アンクを握りしめながらもそっとその呪文を唱える。


「リ・ユニオン・ルーム・アライズ」


 術式は小さく発光した。

 やがて公園に薄い結界を張る。


 それと同時に、術式を中心とした楕円が上下に大きく口を開けていた。


 それが潜れるほどの大きさになった時、


『やっと解読したのね』


 その口から声が聴こえていた。

 しかし、その声を良く知っていた私は失笑しながらも答える。


 ――なるほど、そういう繋がりだったのね。


『色々と教えてもらおうか』

『ええ、良く解っているわ。でも、こちらもあまり時間が無いの。早くこちらにいらっしゃいな』


 相手には私の行動がお見通しだったらしい。

 が、それならば話しは早い。


 私は迷うこと無くその光る入口を潜り、その先に進んでいた。




 術式の先に広がっていたのは、あの写真と同じ風景だった。

 ボロボロで、板の継ぎ接ぎだらけの小屋が目の前にあり、その先には大きな家が構えている。


 しかし、そんな小屋の方から声の主は顔を出していた。


「あまり時間が無いと言っても長話になるでしょうし、外はあまり良くないわね。良ければ中に入って頂戴」


 何て言いながらも大欠伸をしている。

 思わず、呆れながら口を開いた。


「……ねぇ、アンタは、」


 どこまで知っているの?と聞こうとしたが、


「入るの? 入らないの?」


 そんな相手・如月の金色の目で睨まれてしまえば、次の言葉なんて言えるはずが無かった。


 私は溜め息をつきながらも諦めた。

 もっとも、聞かなくても答え何て解っている。


 如月は全てを知った上で私を招いたのだろう、と。



 如月に招かれるまま、その小屋の中を覗き込む。


 すると、そこはかなりの数の武器が――いや、神器が壁一面、綺麗に掛けられて保管されてあった。

 そのどれもが封印の施しを済ませてある。


「凄い……!」

「これ全部、私達のお母さん達が集めたモノよ」


 ――私 "たち"?


 が、疑問をぶつけるよりも先に上がれ、そう如月に言われた気がした。


 小屋の面積は狭く、4畳くらい。靴が脱がれていた箇所から1段上がった所は畳の部屋になっていた。


 その一番奥に如月は腰を下ろしている。

 なので、小さなちゃぶ台を挟んで、咲九の向かい側に靴を脱いで座った。


 すると、何故か小屋の戸が自然に閉まる。

 驚いて振り返ると、その間に咲九が説明してくれた。


「その戸はゆっくりと自然に閉まるのよ。別に術何て使っていないから横にズラせば空くわ。それに、術を使って拘束するほど切羽詰まっていないもの。むしろ、お姉さんが勝手に憤りを感じているだけ」


 私は少し前のことを思い出す。そして思わず赤面した。

 勘違いも甚だしい。


「……で、何でこの写真のことを知っていた訳?」


 とりあえず話題を変える為にも、本題である写真をポケットから取り出しながらそのことから切り出してみた。

 如月はその写真を見ることもなく答える。


「私のお母さんが、お姉さん達 "双子" のことを知って、2人揃って何れここに来るだろうと、ある人の占術から未来を読んで、敢えて魔術師に依頼して文字を書かせてから、お姉さん達のおじいさんに渡したみたいよ? そのあたりの詳しいことは私も知らないわ」

「その、如月と私らとの繋がりは?」

従姉妹(いとこ)、と言ったら早いかしら」


 如月はあっさりと答えながら目を閉じる。


 ―― 何となく、でも、やっと解ってきた気がした。


「お姉さん達のお母さんは、大元は如月家の長女だったの。そして私のお母さんが四女だった。

 元から魔力を持っていた次女と三女は先に家を出て行ってしまったけど、家を継ぐ予定だった長女と、10歳下の四女が如月家の実家には残っていた。

 事情は知らないけど、2人が "怪盗ホーリー" と "怪盗ダーク" としてコンビを組むことになっても不思議ではないでしょ?」


 目を開けて如月は私に訊ねていた。私は理解して頷く。


 だから、如月は最初から私らのことを知っていた。

 双子という事実も、記憶を部分的に失っていることも、ママを殺したということも、二代目の怪盗ホーリーであることも、全て知った上で私らと接していた。


 私の魔力がパパより強い理由も、これで解った気がする。

 如月家と言えば、昔は禁術の使い手として名高かったことがあったらしい。が、禁術の撤廃と共に魔女として大半が殺害された家柄。

 その生き残りの血と、岸間家の大魔術師の血が混ざっているのだから、当然ながら私がパパより強くてもおかしくは無い訳で。


「謎は解けた?」


 如月はそう訊ねながら、どこからか取り出したポットから私にお茶を淹れてくれた。

 出されたお茶をすぐに頂くと、すんなりと喉を通っていくことに気付いた。それだけ喉が渇いていたらしい。


 安堵したあたりで、周囲が異様に乾燥していることに気付いた。

 ピリピリと肌に何かが刺さるような感覚もする。


 しばらくして、それが電気質であることに気付いた。

 私の足元から魔力が摂られ、どこかに流れて行っている。


 そして、ここには永瀬が居ただろう残り香りも薄らと漂っていた。

 その残り香に空気中の魔力が反応して弾けている。否、弾けているようには見えたが、魔力は吸収されているようにも思えた。


「本当は転入する以前から……雷神の正体、如月は解っていたんじゃないの?」

「それがどうかした?」

「何で言ってくれなかったのか? ってことよ」


 別に責めているつもりはない。ただ、呆れてはいた。

 如月はお茶を啜って答える。


「言う必要が無かったから、聞かれなかったから。それだけの話し」


 永瀬が良くこんな奴とつるんでいられるな、と本当にそう思う。今だって永瀬の雷神としての残り香が無ければ信じられない現実。

 そして、もう1人の属性神を思い浮かべる。


「じゃぁ、風神は風見で当たってる?」

「解りやすかったでしょ? 最初に "風" って付いているのだから」


 ……そういう問題ではない気がする。そもそも氏だし。


 だけど、ツッコミを入れるだけ無駄なので溜め息をついて我慢した。

 さて、次は何から聞こうか。とりあえず推理出来ていることを聞くことにした。


「属性神は全員記憶を失っている?」

「正解」


 ほぼ即答だった。

 如月は溜め息をついている。


「その原因は何?」

「言ったところで今のお姉さんでは理解出来ないことよ。この世界で何が起きているのか、どうして世界はこんなにも無防備なのか……このあたりを理解してからではないと、聞いたところで難しい解答になるわ」

「そう……世界、ね」


 "世界" と言われて思い付くこと何て何もない。あるとすれば、


「どうして境界は点在しているの? そもそも大きな1つの世界だったはず」

「それは天界が崩壊して、全ての世界で保たれていたはずのバランスが崩れたからよ」


 あっさりと答えた如月は私の湯呑に2杯目を注いでくれる。


「崩れた世界は、普通には直せない。だから天界に居た者は地界か境界に身を移すしか方法が無かったの。ましてや天界は "奪われた" ようなものだから、天界に居た者にとってはどうしても "取り戻したい" モノなのよ、多分。

 だけど、すぐ隣の境界は真っ先に被害を受け崩壊寸前。地界も "世界の加護" のお陰で何とか生き延びているだけで、本当ならもう消滅していてもおかしくはないの」


 如月の言っている意味が解らなかった。


 きっと、属性神としての記憶が無い理由も、今の私が聞いたところで(似たような感じで)理解出来ないのかもしれない。

 だけど、如月が本気で "世界" のことを想っていることだけはその金色の目で理解した。私よりも遥かに先を行く者――勝ち目どころか、私には手も足も出せないだろう。


「そこまで私は強くないわ」


 如月は私の感情を読んだのか、謙遜してそう言いながら笑っていた。


「確かに、他の誰よりも意志は強いと思う。でも殺意に関してだけ言えば別。例え相手が悪霊であっても私では殺せない。弱体化させることは出来ても、戦力を削ぐことは出来ても、説得して成仏させてあげれても、それ以上のことは何も出来ないの」


 拍子抜けするくらいの発言に私が唖然としてしまう。いや、何もそこまで酷く蔑まなくても良い気がする。

 しかし、そのことが逆に私の怒りの琴線に触れていた。ならばやってやろう!とばかりにアンクを構える。正体がバレている以上、ここで変身しても問題は無い。


「今ここで、私がアンタを殺したとしても……アンタは何もしないと、そう言い切れる?」


 それは脅し文句だった。が、


「お姉さんが手を出さなくても、私は死ぬわ」


 笑いを止め、真剣な表情で如月は答えた。

 あまりにも拍子抜けすることばかりで頭がついていかない。


 そんな思考までも読んだのか、如月は溜め息をついて両手を上げていた。


「あと数週間、下手すれば数日で私の命は尽きる。だから何も今、お姉さんの手で殺す必要は無いわ」

「何を言って……」

「じゃぁ、お姉さんの心の目で私を……ううん、私の核を見てみれば良いわ」


 言われてからで悔しかったものの、ならばそうしてやるよ!とばかりに全開で如月を見てやった。


 だけど……不思議なことに、どこにも核が見当たらない。

 代わりに、凄く小さな何かから、生命を守る為の魔力が流れ出ていた。


 しばらく見ていて、魔法石よりも遥かに小さいそれこそが、如月の核だと気付かされた。

 しかも、その魔力量も、恐らくは最低限で。


「どういうこと……?」

「だから、そういうことよ」


 普通は核が体内に無くても、すぐ近くに所持していなければ、神様としての生命線が途切れてしまう。それでも一週間くらいなら問題は無いし、徐々に核の方から戻って来てくれるから問題は無かった。

 が、それが長く続けば核にも、自分にも魔力を供給出来なくなって死んでしまう場合もある、とは炎神の核が教えてくれたこと。


 つまり、そんな危険な状況で如月は私の前に居る。


「本来の核は、どこにあるというの……?」

「……それに関しては答えられないわね」


 如月は溜め息を付きながら答える。


「それに私は――もう死にたいのよ」

「死にたいって……」

「この世界のことを、お姉さん達は何も知らなさすぎるの。だから今、その疑問には答えることは出来ない。少なくとも、現状をお姉さん達の力だけで打破しない限り、お姉さん達は何度でも記憶を失い、何度でも堕転する。でも、それまで私の命は保てない」


 まるで世界が輪廻しているような言い方だった。


 ――輪廻?


 不意に浮かんだ単語だったのに、その単語は私の人生の中で一度も使ったことは無かった。途端に、私は目を丸くする。



 世界に穴が空いて、そこから無数の悪神が現れ、世界に君臨する映像が流れる。


 これは入院中に毎晩のように見ていた悪夢だった。

 でも、その悪夢も見る度に変化していた。


 次の夢でも同じような穴が空く。

 だけど、その穴に紗穂里が飛び込むことによって世界は平和になっていた。


 泣き喚く私は堕転し、やがて世界を破壊する悪神となる。


 こんな世界崩壊の映像は、ただの悪夢だとばかり思っていた。

 最近も毎晩のように魘され、紗穂里に心配されて起こされる。


 でも、紗穂里にはこの話しをしたことは無かった。

 それは炎神の過去が影響しているのだとばかり思っていた為だった。


 ―― しかし、世界が何度も輪廻していたとしたら?


 とはいえ、それには証拠が無い。

 紗穂里には証拠が見つかってからではないと信じてもらえないような気がするし、まして輪廻していたとして、どうして誰も覚えていないのかという疑問が残る。


 私の思考が当たっているのか、如月はただニヤニヤと私を見つめているだけだった。


 ―― 尤も、そこまで解っても尚、炎神については何1つも思い出せないのだけど。



「ねぇ、どうして炎神は――」

「残念。そろそろ時間のようね」


 如月はそう言いながら溜め息をついていた。


「(時間?一体何の……)」


 と言おうとして、気付く。


 声が出なかった。

 言葉と共に酸素を吐き出したはずなのに、次に発言する為の酸素を吸えなかった。


 故に、まるで水の中に溺れたかのような錯覚をする。


『この境界が消えるのよ。空気が吸えなくて、苦しいでしょう?』


 ――苦しい!


 そうテレパシーで伝えたかったのに、それすらもままならない。


『境界は全てを飲み込んで消滅してしまうの。人間も、動物も、妖怪も、ありとあらゆる全てを。……天界よりも厄介な崩壊の仕方をするのよね』


 そう言いながら如月が私のズボンのポケットに何かを入れている。

 気になって見たかったのに、既に視界もぼやけていて、良く解らなかった。


『これはお姉さんに預けるわ。いつかその分を違う形で返してもらうから、覚悟しておいて』


 如月のそんな一言を聞いた途端、私の意識はそこで事切れていた。


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