119 ▲ ここに来ることになるなんて(閑話)
香穂里には言わなかったものの、バレていたかもしれない。
…… ふとした切欠で思い出し、図書館で、ある病院と毒薬について調べていたことを。
―― 栗原病院。
それは過去に香穂里が入院させられていた場所だった。
当時の香穂里の記憶は断片的で、はっきりとは思い出せないという障害を抱えていたらしい。そこで私は、生まれて初めて双子の事実を知り、薬を打たれて何ヶ月と寝たきりの、私よりも極端に体の小さかった香穂里と出会った。
――『お金を積まれて隠蔽しない医者はいない』
前に如月さんが言っていた言葉を思い出す。
本当にその通りで、栗原病院はかなりの悪事を働いていたらしい。人体実験はもちろんのこと、超能力者のクローン実験、違法な医療費の請求、実験費用と称した接待、などなど。
数え切れないほどの悪事をやり尽くし、超能力者だけではなく非能力者の人生まで壊した結果、あの大火災に見舞われた。
大火災が起こる前に、白雲運河の何人かが注意をしたらしい。それは "神薬" と呼ばれる特殊な方法で精製された薬の使用を止めよ、という内容だった。
"神薬" は記憶障害に困っている超能力者には助かる良薬だったが、同時に世界中で超能力者の吸血鬼化が続発した。その原因が "神薬" だったらしい。
しかも、その "神薬" は非能力者に使用すると癌を発症して3日で死に至る劇薬でもあった。
吸血鬼化した者は帰宅後に魔力暴走を引き起こし、小規模とはいえ壊滅的な被害を各地で齎して――結果的に死滅した。
大火災の当日は、不運なことに晴天続きの中日だったらしい。
病院では定期検診と謳って、その病院を退院した沢山の超能力者の子供達を来院させていた。その終わりがけ、呼び止められて二次検診が必要だと言われた子供達は地下でその順番を待っていた。
そこに、あの火災が起きた。
病院内に居た子供達は手を取り合って1階へ登ろうとしたものの、既に火の海と化していた為に逃げ場を失い、結果的にはそのまま焼死したと云われている。
火災を起こしたのは低能力者の子供達で、病院のあちらこちらに灯油を撒いていたことも、両親や肉親を吸血鬼化した超能力者に殺されたことも、その全てを全員が弁解も無く自白したという。
あの大火災を、まだ幼かった私もテレビの向こう側のこととして耳にしていた。
香穂里が入院していた場所だということも理解していた。
ただ、あの時は既に退院していたからどうでも良くて、ただただ聞き流していただけだった。
「(まさか、来ることになるとは思わなかったが……)」
私はそう思いながらも、立ち入り禁止のプレートがかけられた場所からその廃病院を眺めた。
当時はこの地域にはあまりなかった、鉄筋9階建てだったことも良く覚えている。
今やその鉄筋は曲がり、焦げたままの外壁はあちらこちら崩れてしまっている。中には各部屋ごと、向かい側から奥に吹き抜けになっている場所もある。
それでも建物として維持出来ているのは、それだけ病院の中で行われていた悪事をその頑丈さで隠す為だったのかもしれない。
ちなみに、この事件があってから病院があったこの町は消滅している。
元々病院の周囲には大きな草原が広がっていたものの、すぐ近くにあった数件の商店街や、その裏側の高級そうな住宅地からも、今はもう人の気配は感じられない。
駅の利用者も居なくなったことから、病院専用の路線も今は廃線になっている。
なので、ここまでは近くの駅から線路伝いに歩いて来た。
誰も住まなくなったのは、事件があっただけの所為ではなかった。
実際、今の立ち入り禁止のプレートから廃病院までは30メートル以上は離れているように思う。
今日は風がほぼ無かったものの、風が強い日はこの町どころか区画の全てを立ち入り禁止にされるとは、来る前に立ち寄っておいた敷地の管理事務所の警備員から、敷地を今も保有する責任者に電話してもらって聞いてはいる。
また、病院の中には当時の怨霊が残っていて、今でも侵入者に悪属性を付与し続けているらしい。
「今も "シンドク" が残っているからよ」
不意に気配と声がして振り返れば、そこには何故か千尋と風見さんが居た。
驚いている間にも千尋が私の隣までやって来て、太陽が眩しいのか手を当てながら廃病院を眺める。
「まさか、ここに来ることになるとは思わなかったけど」
そして、さっきまで私が思っていたことを呟いていた。




