118 ☈ 御遣い
咲九は今日も変わらず、誰も来ない神社の掃き掃除をしていた。
どんなに磨きをかけても、境界のここに来客何て無い。いや……実際には、悪鬼に追われた妖怪や精霊が逃げ込んでくることはあった。その悪鬼を討伐するのは専ら蓮の役目だったが。
「お前が音神じゃねぇって、未だに信じられないんだが」
賽銭箱の上に座った私が言えば、咲九は振り返ることも無く作業を続けながら答える。
「良く言われるから慣れたわよ。でも、実際に音神の核を分けてもらっているし、その分だけ仕事もしているのだから、別に音神を名乗っても問題は無いはずよ?」
「あれ? 核ってそう簡単に分けてもらえるモンだったっけか……?」
「そういう条件で厳ちゃんと契約しているから、というだけね。それだけ強大なモノを賭けているの」
その発言を聞いて私はゾッとした。
咲九が死んだらリュウ様はどうなってしまうのだろうか、と。
核を賭けるほどのこと……つまり、命に関わることなのではないだろうか。
それが答えのような気がして背筋に嫌な汗を流す。
「それよりも、あの後、宮本はあんなんで助かったのかよ?」
話しを変えようと思って訊ねた。
咲九は大きな溜め息をついている。
「遠音がこの森に居ると魔力を回復出来るのと同じで、大自然には魔力が沢山詰まっているの。特に属性の神が大自然に触れることは、それだけで属性神と自然、両方に平等に魔力が分け与えられて……つまり、どちらにも徳があるということ」
「やけに省略したな!」
「言っていて良く解らなくなっただけよ」
咲九はそう答えて私をやっと振り返る。
「ところで、遠音は暇なの?」
「え? まぁ――それを言ったらここに居る毎日が暇なようなもんじゃ……」
「じゃぁ、この魔法石を隣の山神の所に持って行って欲しいのだけど」
山神の話しは前に咲九から聞かされていた。それは私と同じ山の守護神らしい。
尤も、本物の山神になってからは日が浅く、未だに人神時代の、宗教にも近いほどの信仰心が市民に根強く残っているのだとか。
一度は行ってみたいと思っていただけに、私も素直に頷いて魔法石を受け取っていた。
あの校内の試合の時は直接持つことさえ出来なかったのに、今では魔法石用の保護袋が無くても普通に持つことが出来ている。
「それだけ成長したということね」
咲九は勝手に答えながらも続ける。
「注意点としては、山神の元まで、一気に魔力を使って走らないこと。道中でショートカットするのは有りだけど、下手すると悪神と間違われて殺されるわ」
「ひっ……」
「逆に言えば、悪神と出会ったら走って逃げ込むこと。むしろ、その神器があるからって油断はしないでね」
あの時の悪神は成ってからまだ日が浅かった。しかも、取り込んだ悪霊や悪鬼同士の意見も食い違っていたから簡単に終わらせることが出来ただけ。
最初にこの森で見せつけられた化猫の子の方が凶悪だったことを思い出し、何度も肝に銘じたことだった。
「それと、もう片方の隣町の妖怪が居たとしてもスルーすること。例え大怪我をしていても手助けしたらダメだからね」
「何で?」
「そういうルールで戦争をしているからよ。私達が手助けしてあげたとしても、その子は仲間に殺される運命なの。違反して里で隠せば、その里が滅びる。人間だって信頼があるから関係や規律があるのでしょう? 可哀そうだけど、そこは解ってあげて頂戴」
咲九の言葉を理解しつつも、気になって訊ねてしまう。
「声をかけて、里には戻らないって奴がいたら……?」
「まぁ、それなら有りじゃないかしら。尤も、そういう発言をする者達かどうかは解らないけど」
山神のように宗教色が濃く残る場所ならば、もしかしたらそういう規律に忠実な者達が多いのかもしれない。そう思えば、そういう発言をする可能性は確かに低くなる。
「うん、まぁ、注意点はそのくらい」
「じゃぁ、ちょっと行ってくるわ」
私はパッと駆け出す。
とりあえず私の敷地内、結界の境界線近くまで走って行ってしまおうと考えた。
―― だから、咲九が最後に何かを言っていたことには全く気付けなかった。
川沿いの崖上までショートカットした私は、そこから美島市側の広大な森を見渡した。
化猫の一件でお世話になってからも、ここには毎日のように通い続けた。景色があまりに綺麗だったので。
あれからもう何ヶ月経っているか解らない。だけど、今でもしっかりとこの目に焼き付いている。
あの時のリュウ様は、咲九の行為によって内に秘める封印を解いていた。でも、あれはどう考えても堕転……悪に落ちた者の "悪魔の部屋" そのものだったような気がする。
あまり2人に関する探索はしたくないものの、もしかしたら、咲九とリュウ様は音神や堕転のこと以外にも何か隠していることがあるのかもしれない。
――『だから、完全には信用したらダメですってば』
訓練中に言われた蓮の言葉が蘇る。
2人の間には、長年一緒に居る蓮でも知らないことがかなりあるらしい。
山田も似たようなことを言っていたし。
「まぁ、考えても進めなくなるし、な」
思考を止めて、私は先を急ぐことにした。




