113 ⛩(☴) オルゴール
過去に怪盗ホーリーが侵入してきた夏祭りの日から、数週間経った晩のこと。
怪盗ホーリーの侵入によって結界に穴が空いてしまったらしい。その穴から他の悪鬼が侵入してしまったらしく、その所為で地域の家の1軒が全焼し、その家族が1名を除いて悪鬼諸共焼死した。
その1名は未だに行方不明のままになっていることからも、悪鬼に捕り憑かれてしまったのではないかと父は言っていた。
そしてあの事件以来、外部者が紛れ込む可能性の高い神社の夏祭りは廃止になった。
とはいっても、死霊を鎮める儀式は神社の中だけで続けられてはいる。
魔力が完全には戻っていない私は、今回だけは母が代理で執り行うその儀式を、横になった状態でも布団の中から見られるようにしてあげた純と共に眺めていた。
既に白髪と化している母の綺麗な長い髪が風に靡いている。そのためか、普段から身に着けている巫女の衣装が更に白く見えるような気がした。
純から話しは聞いた。
否、皆と一緒に聞かされた。
そして純は、皆の前で祖父の大切にしていたオルゴールを開けていた。
その底板をゆっくりと外せば、確かにそこには球体の半分が――風神の緑色の核が大きさギリギリに納まっていた。更にその脇にあった木目調のシールを離せば、風神の指輪型の神器が現れた。
これはもう、純の話しを信じるしか無かった。
でも、それだけだった。
それ以上のことはあまり記憶に残っていないらしく、疑問に思って訊ねても純も首を傾げるばかりだった。
何より、風神も神様であるという自覚があるのに、前世の神様からの記憶が途絶えてしまっていた。
これには流石に、私達でも黙るしか無かった。
「多分、属性神の全員の記憶が無いのだと思うわ」
純はそう呟いて大きく溜め息をついていた。
私も頷いて返答する。
「でしょうね。永瀬さんは……どうなんだろう?」
あの時。雷の気配を感じて、遠音のオーラを感じ取っていた。
だから、遠音が雷神だということは純から聞かされていなくても何となく解っていた。
「解らないけど、(記憶は戻って)無い気はする。でも……」
「……でも?」
「永瀬さん、明らかに強くなっていたわ。私よりも遥かに強い力を感じ取れたから。それに、あの場所にリュウ様と居たということは、今はリュウ様の家にお世話になっているのではないかしら。そのリュウ様と如月さんは一緒に住んでいるのでしょ?」
全て当たっていた。
そう言われてから、私は気付く。
「そうだ。咲九に頼んでおけば、美乃ちゃんがどうなったのか教えてもらえるんじゃない?」
と言っている傍からポケットから出した携帯でメールを打ち始める私。
しばらくして純が話し出す。
「如月さんに会えば、詳しいことが聞けるのかしら」
「でも、今は無理だと思う」
私は先程の父の話しを思い出しながら答える。
「美島駅に降りられないって凄いニュースになっているみたいだから。私達が入れたのは大回りして逆側から入ったからであって……こちらから入れるとは思えないのだけど。その唯一の山は今、戦争中でしょ?」
「そうね。千尋の父上も先程そのようにおっしゃられていたことは、良く覚えているわ」
ちなみに父は美島市に用事があって入ろうとして失敗している。だから市長に電話で申し出て、市外でその相手と会わせてもらったらしい。
私達もその手段を使いたいが、相手は山奥の有名人。そもそも友達という理由だけで連絡を取ってもらえるかどうかも怪しい。
「そう言えば、美乃ちゃんも言っていた純の手帳は、一体どこに保管してあるの?」
「それが解れば既に向かっているわ」
純は即答していた。
ただし、悔しがっているような表情をしながら自身の手を交互にグーパーさせ、眺めている。
「本調子でも無いし、場所が解らないから、今は回復が先だと思っているだけで……。本当は今すぐにでも探し出したい気持ちで一杯なの」
「心当たりは無いの?」
「無いわ。むしろ、手帳とか日誌とか、そういう類は付けた記憶が全く残っていないもの。可能性があるとすれば、私の前世の風神が残したモノ……なのかもしれない。でも、それでも本来なら記憶に残ると思うの」
「じゃぁ、オルゴールに入れていた記憶では無く、お兄さんに盗まれた方の記憶に含まれていた……という可能性も高い訳ね」
純がビクッとして表情を固まらせていた。私に言われるまでもなく気付いていたらしく、凄く嫌そうな表情をしている。
恐らくは、恐怖過ぎて考えたくは無かったのかもしれない。
しかし、実は純にはまだ言っていなかったものの、数日前から黒い仮面による自宅周辺の結界への襲撃は増えつつあった。
襲撃される心当たりは無い。
それに、純は過去に神社の周囲に広がっていた悪森に住んでいたらしい。
このことからも死神は純の覚醒に気付き、純を取り戻す為に襲撃しているのではないかというのがお父さんの見解だった。更に、その手帳の存在する可能性があるとすればこの結界の中、という見解で間違いは無い気がする。
恐らくは、純も気付いているのだろう。だからこそ、周囲には心当たりが無いという優しい嘘をついた。
『それで? 本当は心当たり、あるんでしょ?』
私の質問に黙った純は、しばらくしてからボソッと答える。
『昔住んでいた家……だと思うわ。又は、その近くにあった小屋が、良く友達と出会っていた場所だから……どんなに考えても、そのどちらかしか思いつかないの』
『場所は解る?』
『解らないわ。昔と変わり過ぎているから……目印にしていたモノが地形と木と獣道だったから、残っていれば別だけど……』
それはかなり難しい答えだった。
畦道であれば道として残っている可能性は高かったが、点在していた獣道だと今は家が建ってしまっていてもおかしくは無い。
まして、今や当時の木は幾度もの襲撃や火事の所為で殆ど残されてはいない。地形の方も削った場所は多い。
『当時の地図なら探せばありそうだけど……見てみる?』
『そうね。何もしないよりは、マシかもしれないわ』
そう言われたものの、会話はしていても今は儀式の途中。
とりあえず儀式が終わるのを待つことにした。




