112 ☉ キサキ
―― "境界"。
私は、無意識の自分が言っていたらしいその漢字を頭の中で繰り返していた。
境界は、この地界とも、神々が住む天界とも異なる次元の世界。天界の気候に類似し、地界の裏側にあるという事実までは、何故か思い出していた。
恐らくは、そこに神器が保管されてあるのだと思う。
しかし、この境界への行き方は本当に一握りの神様にしか教えられていないということも、地界に住む神様では誰も知らないということも、ほぼ同時に思い出している。
だからこそ、紗穂里には敢えて言わなかった。
言ったところで、写真のことについて調べている紗穂里に負担をかけてしまうことになると思ったから。
それよりも、私には少し気になっていることがあった。絶対安静を言われていても、有り余る魔力で出来ることもある。
大元の身体には2種類の属性しか宿っていない。代わりに、術式を使えばある程度の属性を補うことが出来る。
そして結界にもそれは当て嵌めることが出来た。ならば、同時に2つの属性を使うことは出来ないのか。
――それが私の疑問だった。
「出来なくはないのだけど……」
昨晩、紗穂里のママはそう答えてくれた。ただし、決して良い顔はしていない。
「同時に2つ以上の属性を操るためにはいくつか方法があるの。でも、どれが向いているのかはやってみなければ解らないし、そもそも魔力も半端無く消費されるわ」
それでも教えてもらったのは、これから始まるだろう戦いに向けての練習だった。
相手はきっと、自分の弱点になる属性を突いて来る。攻撃で相殺出来れば結界の必要は無くなるものの、もしも被弾した時に結界が壊れたとして、それを張り直す余裕があるかまでは解らない。
だから少しでも策を練っておこうと思った。
「1つ目は、2つの属性を1つの術にまとめる方法……」
私が持っている炎に魔術式の光を混ぜてみる。が、やはりそう簡単には混ざらない。光を使い始めた途端に炎は消えてしまっていた。
「2つ目は、属性の傍に属性を出現させる方法……。3つ目は、属性の中に属性を入れる方法……。4つ目は……」
しかし、どれもやはり上手くは行かない。
そうこうしている間にも、言われた通りに魔力の底が見え始めていたので休憩することにした。
「うーん……」
紗穂里のベッドに倒れた私は、紗穂里のお気に入りの抱き枕を抱いた。紗穂里の良い匂いがして急激に疲れが抜けていく気がしていた。
紗穂里は今日も委員の仕事ではないのに図書館に行ってしまった。
何でも写真は有名で記事にもされていたらしく、その写真に写された場所を先に探しているらしい。その方法は教えてもらっていなかったものの、昔の記事になっているのであれば、写真家の写真集あたりに載っている可能性が無い訳ではないだろうと思った。
「(……そういえば、)」
私は起き上がって紗穂里の机の上にある私の携帯を見た。
「(画像検索ってあったような気が……)」
思い立った私は、速かった。
紗穂里の部屋を出て、少し前まで使わせてもらっていた書斎に行く。そしてその書斎のパソコンとプリンターを起動させた。
最新鋭のパソコンはすぐに立ち上がる。そのプリンターのスキャナー部分に写真を載せてパソコンに取り込む。そして、その画像を検索にかけてみた。
一瞬にして一覧表示されたものの大半に、その記事の内容が載っていた。
【怪盗ホーリーの素顔とは?!】
先日、怪盗ホーリーの素顔が岸間家から正式に公開された。名前までは明らかになっていないが、この右側に立っている女性が怪盗ホーリーである。神器を盗み、封印して返されるという謎の行為にも意味があったことが、怪盗ホーリーの相方を名乗る人物の口から明らかになった。
記者:まず、貴方は何者なのですか? また、どうして今になって話される気になったのでしょうか?
相方:怪盗ホーリーと契約を結んでいた実の妹です。その姉が先日、ある事故で亡くなったのでお話ししようと思いました。
記者:ある事故とは?
相方:詳しいことはお話し出来ません。ですが、あの○○病院に関わること、例の薬物に関わること、とだけ言わせて下さい。それ以上は個人情報に関わってしまうので……すいません。
記者:そういう関係ですか……いえ、それだけで十分だと思います。それでは、本題に移りましょう。怪盗ホーリーはどうして神器を封印していたのでしょうか?
相方:本物の神器の中に紛れて、偽物の神器が数多く存在する為です。その偽物の神器では、魔力を持たない人間が使用すれば命を落とします。なので実際には、封印せずに返却した神器も少なからずございます。もしもそのような経験をした方がいらっしゃいましたら、どうぞその神器は大切になさって下さい。ですが、くれぐれも悪用しないで下さい。悪用された神器も、超能力者と同じように堕転、暴走することがありますので。
※専門用語が多いようですので読者の皆様の為に説明しておきます。堕転とは、悪の道に染まった者のことを指します。住み着いた悪はなかなか離れず、その悪行を繰り返すことで超能力者が黒い結界を作って多量の死者を生み出すことが判明しています。(詳しくは→ "悪魔の部屋"、"南海一国消滅事件" )
記者:神器にも偽物が存在していたとは驚きです。見分ける方法などはあるのでしょうか?
相方:あります。神器には "核" と呼ばれる宝石のような綺麗な球体が存在します。それがあるのが本物の神器で、偽物の神器にはありません。しかし、核自体が神器の中に組み込まれている種類も存在しますので、見た目だけでの判断は出来ません。ですが、魔力の流れを見ることが出来る超能力者であればその核が発する魔力を見ることが出来ますので、一度そういう方に見てもらうのが一番だと思いますね。
記者:なるほど、魔力ですか。それでは確かに、非能力者が判断することは難しいですね。ですがそれだけでは、偽物の神器を封印する必要性を感じられないのですが。
相方:偽物の神器は使用者を必ず堕転に導きます。例え神の核を持っていたとしても例外ではないので、神器を入手したからと言ってすぐに使用はしないで下さい。中には一度でも使用しただけで暴走を起こさせる凶悪な偽物の神器も存在します。
記者:それを聞いて恐ろしく感じました。では、私が持つこの神器はどちらなのでしょうか。
相方:それは、今の私でも解りません。姉は既に亡くなってしまったので契約も切れてしまっています。○○さん(記者の名前)と同じで私も非能力者ですので、契約をしていないと見る目を持っていないのです。
こうして記者は相方に一方的に謝られる。
【以下、省略】
載っていた1枚目の写真は、確かに私が持つ写真と殆ど同じように思えた。2枚目の写真は記者に応じた相方――女性の写真で、私はそれを見て目を丸くした。
それはどう見ても、あの時にアンクを渡してくれた女性だった。つまりは、私のママを知っている唯一のおばさんということ。
私はその女性を調べようとして、その記事の最後にブログ管理者が付け加えた内容に目を止める。
そこには、その女性のハンドルネームらしき "后" という文字が書かれてあった。
今度はその名前で調べてみる。すると、写真集を出していることが解った。
だが、どれも廃版していて且つ、中古商品であったとしてもプレミアが付いていて高額。入手は難しそうだった。
なので写真に戻り、虱潰しに全てのページを見てゆく。
すると、その中の1つに似たような雰囲気の場所を発見していた。
「(”日本最古の悪森")」
古い神社の、しかし異様に綺麗な赤い鳥居が写されていた。神主らしき人物が一緒に写っているものの、写真が小さくて良くは解らない。また、場所も詳しくは書かれていなかった。
なので、今度はその単語で調べてみる。
「フナヤマ……?」
一番上に出てきた単語を、私は思わず口に出していた。
何でも3市1町1村に跨る大きく深い森らしく、その森の奥に踏み入れた者は必ず妖怪に会うというほどの雄大な自然を残しているらしい。その森には一定の間隔で神社が建っているらしく、その神社には必ず有名な神様が1柱は住んでいるらしい。(ちなみに、神様を数える時は "柱" を使う場合もある、とも書かれてあった。)
更にその山のことを検索する。そして、私の目に飛び込んで来た新事実。
――その市の1つが美島市……そうか、如月が隠れ住んでいるのは……!




