111 ▲ 図書館
「はーぁ」
学園の図書館の一角で、私は大きな溜め息をついていた。
結局、図書委員として登校したのは同級生では私ただ独りだけだった。
用事があるとか、旅行中とか、里帰り中とか、……誰もが予定があったらしい。
連絡したはずの紫も、早朝に再度送ったメールがまだ戻って来ていない。
「(こんなことをしている場合じゃないんだけどなぁ)」
私はそう思いながらも鞄の中から1枚の写真を取り出していた。
香穂里に双子の事実を暴露したことでやっと話せると思ったのか、香穂里の母親や香穂里自身が写っているアルバムを引っ張り出してきた母親は、何かを思い出したかのように2枚の写真を私達に渡してきた。
何だろうと思って眺めていた私は、香穂里の持っていた写真の裏を見て気付く。
「裏に、何か書いてある……?」
そう言いながらも自分の写真を裏返して香穂里と共に見れば、そこには間違いなく何かの文字が描かれてあった。
母親も知らなかったのか素直に驚いている。
「あれ? いつの間に……」
「……左手で持たないとダメみたい」
香穂里がそう言いながら写真を右手に持ち替えると、確かに文字は消えてしまっていた。
思えば母親は2枚とも左手で写真を持っていた気がする。つまりは、私達が左手で持たないと文字が浮かび上がらないようになっていたということ。
「でもこれ、魔法文字ね」
母親はそう答えながらも唸っていた。
「少しは勉強をしっかりやっておけば良かったかしらね……」
あの晩の話しを階段の途中で聞いていた私は思わず失笑していた。
勉強嫌いの点では私も同じか、何て思いながらも訊ねる。
「辞書か何か……ないの?」
「魔法文字は基本的に偉い人間しか解読出来ないことになっている挙句に、恐らくこの魔法文字は古代種だと思うわ。古代種は滅多なことでは使わないし、今では禁忌と言われている部類だから、所持しているだけでも国際規約違反で即刻逮捕されてしまうわよ」
「魔法文字も魔術文字も、言い方が違うだけで同じモノですか?」
「同じよ。でも、古代種は本当に特殊だから……」
こういう点では香穂里の方が勉強をしていたのか、文字をその目で追っているようだった。
が、しばらくして諦めたのか、あからさまに大きな溜め息を付いていた気がする。
「なぁに溜め息付いているのかなー?」
不意に背後から声がしたので、驚きのあまり振り返り様に立ち上がって硬直してしまっていた。
が、背後に居た司書さんが私の写真に気付いたらしい。
「あれ? それ――」
「きっ! 気にしないで下さい!! これは……」
「あの大々的に報道されていた記事の本物の写真じゃない!? 懐かしいわねー」
「……へ?」
意味が解らなくて更に硬直していれば、司書さんが写真をヒョイッと掴み、その写真をマジマジと眺め始めていた。
が、途中で何かに気付いたらしい。
「これ、どうしたの?」
「え? その、ボクの母親が、くれたもので……」
「ははーん。さては、この写真がどこで撮影されたのか、調べようとしていたのかな?」
私は思わず目を丸くしてしまっていた。
そうだ、肝心の写真側までは良く見て居なかった!
「そそそ、そーなのですよ!! もう気になって、気になって。そもそもこの写真、そんなに有名な写真なの……デショ?」
「うん……そうだなぁ、有名と言えば有名かなぁ。何せ、その写真1枚を残して怪盗ホーリーが突如失踪しているからねぇ。だから私、今の怪盗ホーリーはきっと2代目だと思うの。しかも、その写真に一緒に写っている人、今や写真家として有名な "キサキ" さんだからね! ドラマで女優デビューも果たしている、もうファンの間じゃぁ有名な話しだよ!!」
半ば興奮気味に声を荒立てて答えていた司書さんは我に返ったのか、ゲホンと大きな咳払いをしている。
尤も、今のこの広過ぎる図書館に居るのは私とこの司書さんの2人だけで、先輩方は早めの昼食で出払ってしまっている。そして他の部活動の夏季合宿真っ只中の、更に今日は最悪の晴天真夏日よりだから生徒もまず居ないので、どんなに大声を上げても問題はないのだが。
「でももう、流石に当時の雑誌は、ここにも残っていないかなぁ」
「で、ですよね……」
「いや、待てよ」
司書さんは私に写真を返しながらも、何故か私のその手を握って来る。
しばらく待っていたら、司書さんが満面の笑みを浮かべた。
「本谷さん、木属性持ち?」
「へっ?!」
急に魔術系の、しかも属性の話し何てされると思わなかった私は驚愕する。
が、司書さんは気にしない様子で私の手を放してくれる。
「自覚無いかもしれないけど、本谷さん、木属性持っているみたいね。なら! 話しはあの部屋に行ってからしますかね」
ついて着て、とばかりに合図して嬉しそうに先陣を切り始める司書さんに唖然としながらも、どこに行くのだろうと思いながらも荷物をまとめてついて行ってみることにした。
司書さんだけが入れるスペースに連れて来られた私は、更にその奥にある部屋へと足を踏み入れていた。
が、そこはまるで別室のような空間になっていた。
「な、何だここはっ?!」
思わず警戒しながらも部屋を見回してしまった。
部屋は4畳ほどの広さの円形で決して広くは無かった。むしろかなり狭いと思って良い。
が、その代わりに壁一面が本で埋め尽くされている。更に天井が見えないほど高い。
こんな部屋が学園のどの位置にあり、どんな建物をしているのか想像すら出来なかった。
「ここは代々、木属性を持った学園の司書だけに伝わる書庫みたいでね」
そう言いながらも、司書さんは私に1本の、アンティーク調の黄土色の鍵を渡してくれた。
「私も詳しくは知らないのだけど、様々な古い書籍が集まる図書館みたい。で、ここの管理人がこの子猿」
そう言って司書さんが足元を見れば、そこには本当に小さな子猿が司書さんの足を掴んで私を見上げていた。
「この子のこと調べたら、大昔に呪術をかけられた子供ということまでは解っているのだけど……あ、だからか日本語も通じるのよ。この会話だって理解していると思うし。ね?」
「キキッ」
子猿はそう鳴いて答えていた。
比較的、動物は苦手の私でも、その子猿は毛並みもフサフサで綺麗で……まるでモップのように見える。その所為か、私も安心してしゃがんで子猿に手を伸ばすことが出来た。
子猿を撫でると、嬉しそうに顔を綻ばしてくれる。
「宜しくね」
「キキッ」
「でまぁ、本題。ここなら多分、その当時の記事も残っていると思うわ」
そう言った司書さんは子猿に訊ねる。
「初代の "怪盗ホーリー" の変身前の姿が載った雑誌が数十年前に発行されていると思ったのだけど、それを持って来てくれるかしら? もしくは、その背景が写されている雑誌か、本を」
子猿はピクッと司書さんを振り返って動きを止め、しばらく首を傾げていたかと思えば、一気に端まで進んで器用に本棚をよじ登って行ってしまう。しかも、姿を確認しようにも高過ぎて良く解らない。
「当時の記事が沢山あると思う。けど、その中に写真に似たような場所の写真があると良いのだけど。何せ背景があまり写されていないからなぁ」
「だ、大丈夫だと思います!!」
私はそう答えながらも、ここなら魔法文字に関する辞書もあるのではないかと密かに思っていた。
司書さんはそう?とばかりに、しかしどこか嬉しそうに頷く。
「まぁ、今日も生徒はあまり来ないだろうし仕事も少ないから、図書館が閉館になるまではここに居てくれて構わないわ。ただし、先輩達にこの部屋のことは内緒よ? この部屋の鍵は渡しておくし、出入りは自由だけど、出入りを他の生徒に見られないように気を付けてね? 皆には、中で司書のお手伝いをしてもらっていることにしておくから」
注意事項だけ真面目に伝えると、司書さんはまた笑顔に戻っていた。
「じゃ、私はすぐ外の部屋に居るか、図書館のカウンターに戻るから、ごゆっくり」
そう言うだけ言って、司書さんは部屋を後にしてくれた。
その後、しばらく手頃な本を読んで待っていたら頭上から多量の雑誌と子猿が降って来たのは――気のせいではなかったが。




