109 ☈(☴) 市街地
咲九と同業者の虎猫ならぬ、結界の主と対決してやっと勝てた私は、どこからか情報を得たのか(もしくは見ていたのか)、終えてすぐにリュウ様が現れ、無事に結界の外に出ることが出来ていた。
結界の外に出ても、確かに町自体に強力そうな結界が張ってあった。
その結界は私や咲九のモノではないことに気付き、リュウ様に訊ねる。
「街のあの結界は誰が張っているんだ?」
「ん? あぁ、市長の雇ってる結界師だな。もっとも、数人で交代して守っているらしい。俺も詳しくはしらねーが」
そう答えたリュウ様は腕を頭の後ろで組んだ。
「で? 機種は何がご希望?」
そう言われて、思わず複雑な表情をリュウ様に向ける。
「……選べるのか?」
「いや、だってお前、金ねぇだろ?」
確かに持ち合わせは無い。むしろ携帯含め財布ごと家にある、が正しい。それすらも、今も無事に残されているのかすら怪しいが。
「大丈夫。静さんには俺が話しを付けてあるから」
リュウ様は勝手に他人の心に返答してくれていた。
「なっ?! お前から親父にオレのこと伝わってんのかよっ?! 聞いてねぇ!!」
そもそも、お前も咲九のように読心術を使えるのかよ!とツッコミを入れたかったが、そこは敢えて言わなかった。
リュウ様は平然と無表情のまま答える。
「咲九が、お前が結界の外に出られるようになるまで(色々と)言うな!って言ってたからなぁ。まぁ、そもそも自力で結界の外に出られないようじゃぁ、森の守護神としてどうなのよ?っていう意味でもあるんだが」
「確かにそうだけど! じゃぁオレが家に帰っても大丈夫なんじゃ……」
「それは無理だ」
リュウ様は言い切ってから、何故か溜め息をつく。
「お前……あんま理解してねぇだろ?」
「何をだよ?」
「良く考えてもみろ。家には結界が無いんだぞ? 自分で結界を張って生活出来るならそれでも良い。だが、お前のその雷属性の結界だと、お前自身が家に帰って来ていることを証明するようなもんだろうが。違うか?」
確かに違いない。なるほど……ということは、
「この事件が終わるまでは家に帰らない方が良いってことか……くっそー」
「その代わりの、俺らなんだけどな」
答えたリュウ様は少し失笑しているように思えた。
そういう会話をしながらも、早くも市民が多く見かけられるような場所に着いていた。
遅出のリーマン、ランドセルを背負った小学生、私らの脇を走り去る自転車、……そこはどの町でも大差無い朝の風景だった。
ただし、その一部には妖怪の証しを残している。耳だったり、尾だったり、異様な量のオーラだったり、……それは多種多様で。
「驚いたか?」
私の様子を見ていたらしいリュウ様はそう言った。
「結界の中でもここなら "普通" の生活が送ることが出来る。あの森の中が異質なだけで、本来は皆、妖怪も人間も関係なくこういう生活を送っている」
「じゃぁ、ここならテレビも携帯も……」
「今言った通りだよ。ちなみにこの街は、無名の神も結構な数が住んでいるとは咲九が言っていたな。俺は詳しくないが、咲九に聞けば紹介してくれるかもなぁ」
「無名の神……名前が無い神様?」
「名前はお前も持ってるだろ? 無名の神ってのは、誰もが持っている魂――まぁ心臓のことと思ってくれ――を核化、つまり球体にしたばかりの神ってことだ。一応は神なんだが、人間や妖怪からある程度の評価……俺らは信仰心とか呼んでいるんだが、それを集めなければ神として認めてもらえないらしい。お前のように神名……お前で言えば雷神のような、そういう固有の名前があればどこかで勝手に使われ、どこかで勝手に信仰されているから、まぁ自然と信仰心を集めていることになる、という訳」
「じゃぁ、もしかしたら、オレの他にも雷神を名乗っている無名の神が居る可能性も……」
「あり得るだろうなぁ。だが天界の法則では、属性神や四大神などの神名を勝手に使うことは許されていないらしい。許可された分神って奴でも、神が転生して代が変わったら、その都度、その新しい神に申請をしなくちゃならねぇから、そうそう勝手に使う馬鹿はいねぇよ。居るとすれば悪神か、罪人か。どちらにしても大自然こと、精霊から天罰が下される」
「勝手に使いたがらない訳だな、それは」
そんな会話をしながらも、私らは携帯ショップの前までやって来ていた。
が、オープンは10時と書いてある。
「「あ」」
思わず2人で目を見合わせた。
リュウ様を含め、森の生活リズムで考えていた所為か、すっかり感覚を忘れてやって来てしまったらしい。リュウ様も予想外だったのか、黙って自身の携帯を取り出している。
「……仕方ない、ちょっと寄り道するか」
そう言ってさっさと歩き出すリュウ様に、私は思わず付いて行きながら訊ねる。
「どこに行くんだよ?」
そもそも朝が早過ぎた。
小学生が居るくらいだから、恐らくはまだ8時前。
こんな時間に開いているお店何てあるのか……。
「ほら、こう見えても俺、超有名人じゃん?」
――そう言えばそうでした。
気付いた何人かが振り返ってコソコソ話しをするくらいには見られていた気がする。
もっとも、今のリュウ様は写真と印象が異なる恰好をしていた。ダサイというよりは、サングラスにスーツにネクタイだからおっさんくさいというのが正しい。ご丁寧にコスプレ用の茶色いウィッグまで付けている。
「いざという時の隠れ家くらい自分で用意してあるんだよ。まぁ、付いて来るのが怖いなら独りでどこか散歩でもしていてくれ。あと咲九や蓮は呼ばないから」
「だから、どこに行くんだよ?」
「隠れ家」
リュウ様はそれだけ答えて後ろを返り見た。
私も釣られて後ろを見れば……なるほど。記者らしき人影がいくつか発見出来た。所謂、パパラッチという姑息な手段を厭わない記者達。親父とは異なる人種だと思ってしまうくらいの意地汚い奴ら。
『盗聴されていると困るからこっちで答えるが、カラオケ店だ』
リュウ様は答え、進行方向を向く。
『こういう時に良く匿ってもらってる場所で、店自体角にあるのに入口は通りの裏側だから、あいつらをかく乱させるのには好都合って訳』
『モデルも大変なんだな……』
『まー、金は必要だから仕方ない。短時間で高額だしな』
意外な答えに少し驚いたものの、リュウ様は気にも留めていないのか溜め息をついている。
『気配を極端に消して付いて来い。通行人にぶつかるな? 大怪我をさせることになっちまう』
そう言ったリュウ様は凄い勢いで走り出したので、私も黙って続くことにした。
カラオケ店はすぐに見えて来た。リュウ様がテレパシーで教えてくれたから間違いないだろう。
なお、私らが全力疾走してもパパラッチはすぐに追いついて来るほどに、彼らも手慣れた超能力者なのだろう。
そう思いながらも大通りを大ジャンプし、中央分離帯を利用して2歩程で渡り切り、リュウ様が急に左折した路地を曲がる。
と、急激に引っ張られて私は暗所に閉じ込められる。
目が慣れて来て少し上を向けば、そこにはリュウ様の顔がビックで置かれてあった。
『う、うわああぁぁぁぁっ?!』
ただでさえカッコイイのにそんなことされたら、何て勝手に頭が妄想世界にぶっ飛んでしまっていた。
が、リュウ様はひたすら、私の後ろの方向を気にしている。
そんなリュウ様が気付いたようで、体勢を少しズラしてくれる。首が曲がる限度のところでなんとか外を眺めることが出来た。
追ってきたパパラッチが見える。私らには気付いていないのか、彼らが会話を交わしながら右往左往、リュウ様を探している姿が見えた。
『ここは、何?』
私の問いにリュウ様が溜め息をついていた。
その息が(思いたくもなかったが)予想外に臭くて私まで溜め息をついてしまう。
『建物の構造上、ここに若干の凸凹がある。が、店主が見た目に悪いからと結界を張って、さも普通の四角い建物のように見せているらしい。もっとも、店主はどこにでも居る普通の結界師だから完全な壁を作ることは出来ないみたいだが、代わりに建物にかけられた結界の存在を薄くすることで、"結界がかけられている" という事実を見抜かれないようにしてあるらしい』
『それ……部屋数も結界の力で増えているように見せているんじゃねーのか?』
――咲九の家のように。
『それは俺も認知済みだ』
あっさり答えられたかと思えば、話し合っていた彼らが一斉に走り去って行った。
ちなみに、売り上げに直接影響する部屋数を増やす行為は国連の法律に引っかかる。
『建物に隠れてやり過ごそうとしている、という推測までは褒めてやりたいが……そう簡単にそんな罠に引っ掛かるかよ?って話だな』
そう呟いたリュウ様は右手を動かす。
が、その右手が私の胸元をかすった。
『ひぃっ』
『ん?』
私の悲鳴を理解していないのか、リュウ様は不思議そうに私を見ながらも右手を上に伸ばしてパチンと指を鳴らす。
すると、どこからともなく彼らが一斉に先程も場所まで戻って来た。誰もが不思議そうに周囲を見回している。
『全く以って、今日はツイてないなぁ』
そう答えたリュウ様は頭を掻いた。
『仕方ない。ここから店の中に入るか』
『……はい?』
訳の解らない言葉の後に、リュウ様は私のすぐ後ろにあった壁をあっさりと破壊してしまう。
凄まじい破壊音がしていた。
唖然としていた私は慌てて彼らを振り返ったものの、先程の音でも気付かれてはいない様子。
一方、リュウ様はさっさと私を押し退けてその壁の大穴から店内に侵入している。
『ちょ……え? 理解が出来ないンデスケドっ?!』
『早くしねぇとその壁、直しちまうぞ?』
リュウ様はそう答えながら私を放置する。かと思えば、壁の欠片を拾い上げ、更に上に放り投げて遊んでいた。
理解は出来なかったものの言われた通りに店内に入れば、リュウ様は早くもその壁があった場所に手を宛てている。
良く見ればその壁もまた、人1人分くらい入れるほど厚かった。
『直すって……え?』
見る見る内に壁が直されている。それは、まるで破壊した時の逆再生を見ているかのようだった。
数秒ほどで完璧に壁を直したリュウ様は叩いて強度を確認している。
「うん、完璧」
「いや……完璧って……」
半信半疑で私も壁を叩いてみる。が、うんともすんとも言わなかった。
「今の、どうやったんだよ……?」
「またお前か?!」
急に後方からどなり声がし、男性が走ってこちらに向かって来ていた。
男性と言っても、良く見れば同じような年頃の男子のようで、その男子は私らの前で停止してから壁を擦る。
「強度が弱くなっちまうだろーが!!」
「だから元通りにしてやってるんだろ?」
「完璧じゃねーだろーが! お前、コンクリ内の鉄筋までぶち抜いちまうんだから……」
「それも今は完璧に直してやってるって。まぁ、文句言うなよ」
「言うわ!」
そんな掛け合いの後に、その男子がやっと私に気付いたらしい。
私を見て凄く目を丸くしている。
「そしてお前のツレが巫女さんじゃない……だと……!?」
「いつも咲九と居ると思ってんのかよ。殺すぞテメー」
「巫女さんのこと、嫌いなのか……」
「お前は馬鹿か? 誰が好きで自分の伴侶とデートするかってことだよ」
「伴侶って!!」
怒っていた男子は腹を押さえて今度はゲラゲラと笑い出す。
「結婚してねーだろ……ぷぷっ……」
「一々説明が面倒な奴だ」
呆れながらもリュウ様はどこかに向かって歩き出す。
とかいう私も、流石に "伴侶" という単語には笑いを堪えられてはいなかったのだが、怒られたくないのでリュウ様の後を追うように小走りする。
「いつもの地下室、勝手に使わせてもらうわー」
「え? あぁ、自由にどうぞ」
笑い終えた男子はあっさりと返答する。
「というか、あの部屋はお前が月額でお前が買い取ってる部屋だし、鍵もお前が持ってるんだから勝手も何もねぇだろ」
「でもお前、合い鍵で機械のメンテナンス、きちんとやってくれてるよな?」
「そりゃまぁ、管理費用も支払ってくれている株主だしな」
「俺から自立出来るくらいに他の部屋もしっかりやれよ」
リュウ様はそう言いながらも、スタッフオンリーと書かれてある扉の鍵を開けていた。
カラオケ店を出たのは、それから3時間くらい経ってからだった。
その頃にはもう彼らの気配も無く、通勤通学者の姿も無かった。
あるのは車とご老体ばかりで、先程駆け抜けてしまった駅方面に歩いて向かっても、稀に私らに軽く頭を下げて挨拶を交わされる程度だった。
駅前の携帯ショップで(リュウ様が先に話しをつけていてくれたらしく)あっさりと機種変更は終わった。
引き継がれたのはサーバーに保存されていた分の連絡先と画像だけで、それ以外は全て初期化されている。
早速、私は親父に電話をかけてみた。
が、いつも通り留守電だったのでメールを送る。
「しっかし……お前の金銭感覚はどうなってるんだ?」
リュウ様には、携帯は誕生日プレゼントだと言われた。
確かに誕生日はもうすぐだったとはいえ、選んだ機種は最新の夏モデル。前の携帯だってそこまで高くはなかった。なので、こんな高額なプレゼント、両親にもされたことがない。
「ふつーだよ」
そう答えたリュウ様はさっさと現金をトレーの上に置いて店主をレジに下げさせている。
「俺よりも咲九の方が桁違いの額を持ってるぜ? それに咲九はここの市長や、更に上の総理大臣とも繋がっているらしい。詳しくは俺も知らんが」
「普通の中学生が聞いたらビックリだな」
何て答えながらも、私は違和感を覚えていた。
何かが急速にこちらに近づいて来る……が、嫌な感じはしない。
しかし、リュウ様はまだ気付いていないようだった。
携帯ショップを後にして歩いていても、私の違和感は消えることが無かった。
それどころか、益々ソレが近付いて来ることに、内心ワクワク、ドキドキしているようだった。
「何が来てるか、探れ」
急に小声でリュウ様が私に命じた。
「恐らく森側から来る。森の近くに居るなら守護神のお前でも解るはずだ」
私はゆっくりと目を閉じた。周囲の音を排除し、森や結界を頭の中に思い描く。
しばらくして、小さな光が輝いた。
『薄い緑色……金色の流れ星のような……』
しかし、不意に胸元が痛んだ。
魔力を使いすぎた訳ではない。急に痛いと感じて自然と胸を押さえていた。
「……止めておけ」
リュウ様に肩を叩かれれば、私の痛みは治まっていた。
だけど、その直前に気付く。
「あれは、風見のオーラだった気がする。そして……遭難信号?」
山での遭難信号は咲九に教わっていた。
ピーと長く1回吹いたら10秒休んでまた吹く、を繰り返す。集中して聴こえた幽かな音は、正しくそれのように思えた。が、山では無く、結界の少し上の空を飛んでいた気がするが……。
どちらにしても、助けを求めていることには違いなさそうだった。
周囲にあまり人が居ないことを確認し、ちょっと強めに雷光を上空に向けて放つ。
すると、違和感は急激に確信へと変化した。
間違いなく風見だ、と理解したところにそれはやって来る。
『永瀬……さん?』
私らの前方の上空に風見は風を纏って停止していた。
オーラで風の流れをコントロールして宙に浮いているらしい。飛んでいたのも風の力を使っていたと思って良いだろう。
『山で使う遭難信号を出していたみたいだから呼び止めた。どうした?』
『水を……』
まだ完全には私のことを信用していないのか半ば睨みつけてきているものの、風見はそう答えながらも背負った何かを私に見せてくれた。
それがぐったりと風見に体を預けているのが解る。
その顔を見て、私は目を丸くした。
『宮本?! 一体どんな繋がりが……』
『それよりも、そいつの魂のオーラがどんどん消えているようだが?』
リュウ様の一言に風見は頷いた。
『私の代わりに攻撃を受けてくれたの。それで魔力を使い果たして……だから、沢山の水を』
『宮本は水神だから、水が有れば良いのか』
とまでは気付いたものの、私も人里の地形に詳しい訳ではなかった。
それに今は咲九が森の結界を強くしている為に、下手に森の川辺に連れて行けば宮本や風見を狙っているらしい襲撃者に森が狙われてしまうことになる。
私は迷わずリュウ様を見た。
『この近くに水辺は無いのか?』
『水辺……それも多量に、か』
リュウ様は悩みながらも、先程自販機で買っていた水のペットボトルを思い切り宮本の頭からぶっかけている。一緒に水を被った風見がリュウ様を思い切り睨みつけていた。
『有るのは有るが――行ってみるか』
そう答えたリュウ様はどこからか笛を取り出し、吹き始める。そして吹きながらタンッタタンッと音を立てて走り始めていた。
が、風見の魔力が限界だったのか、風見は地面に降り立つ前にふら付いて地面に着地。そのまま倒れてしまう。
『お、おいっ?!』
慌てて駆け寄って起き上がらせたものの、風見の顔は既に真っ青だった。
リュウ様が言っていた魂のオーラとやらが風見自身も微量で、すぐにも消えてしまいそうな程。
――仕方ない。
やったことは無かったものの、私は宮本と風見の両腕を掴んだ。そして自身の魔力を2人に注ぎ込む。
これも前に咲九がやってくれたことだった。
宮本の場合は命繋ぎに、風見の場合は走るくらいの魔力は取り戻せるだろうと考えてのことだった。
風見が不安そうに顔を上げる。
『永瀬さん、私よりも千尋を助けて……!』
『何を言っているんだか。風見が死んだらオレが宮本に恨まれるだろ』
何となくだったものの、私は呆れながらもそう思ったからそう答えてやる。
2人の関係は解らない。むしろ趣向は正反対にさえ思う。
が、それを言ったら私と咲九の関係にも似たようなことが言えたので聞かないことにした。きっと私らのように深い事情があったのだろう、と言い聞かせてから真面目に答える。
『そもそも目の前で死なれてたまるかっての。宮本はオレが背負うから』
そう言ったものの、風見は宮本をロープか何かで背中にきつく縛っていたらしく、解くのには時間がかかりそうだった。しかも両手を離せば魔力が送れなくなる。
その為か、しばらくそんな私の顔色を見ていた風見はそのままゆっくりと、しかしふら付きながらも立ち上がる。
『大丈夫……まだがんばれそうだから』
正直、(不器用で)申し訳ないと心からそう思っていた。
リュウ様の笛の音を追って着いた場所は、巨大な屋敷の塀だった。
本当は急ぎだったので敷居を乗り越えて入りたかったが、強力な結界が張られていて容易に弾かれてしまったのでどうしようもなく門まで大回りをする。
が、事情はリュウ様から聞いていたのか、執事のような人が門の隅にあった扉から中に入れてくれる。
そしてその人も超能力者なのか、軽く走って林のような場所の中にあった池まで案内してくれた。
そこにリュウ様は立って待っている。
そして私らを黙認するなり吹くのを止めた。
「そいつごと、池に入れてやれ。水神なら溺れることはない」
リュウ様に言われるがまま、風見はロープを素手で千切って宮本を池の中に下ろしている。
そんな様子を、リュウ様の斜め後ろから眺めている少年が居た。
私と目が合うなり、目を逸らされてしまう。
その目には、恐怖の色が浮かんでいるようだった。
「リュウ様、その子に何をしたし……」
「あ……いえ、あの、」
「俺は何もしてねぇよ」
呆れながら答えたリュウ様は腰に手を当てる。
「こいつは他人が苦手なんだよ。同じ神だってのに騙されやすくて困る」
「ご、ごめん……」
「で、すぐ謝る」
「ご、ご、ごめん……」
「智恵の神?」
不意に風見が呟いた。
「ということは、ここは首相の家、ということかしら」
「大正解です」
その少年の代わりに、何故か近くのウッドテーブルで茶の準備をしていた執事が返答していた。
「ここは首相の屋敷ですが、代々の首相が幼少期を過ごす大切な聖域でもあります。故に、例え神様であられる貴方がたであっても本来は踏み入れて良い所ではありません」
「同じ神が良く言うぜ」
リュウ様は答えながらも執事の方へと歩み出すが、風見の傍で止まる。
「水神が死んだら困るのはお前もだと思うが?」
「……何のことでしょうか」
「だから助けてくれたんだろ?ってことだよ」
やんわりと答えたリュウ様は、その場で座り込んでいた風見の頭をくしゃくしゃと撫でていた。
が、そうしながら魔力を送り込んでいる事には間違いないようだった。
また、恐らくは執事がこの敷地の守護神なのか、私やリュウ様から敷地に注ぎ込んでしまっている魔力をそのまま宮本と風見に流してくれている。
「私とて、瀕死の相手に手荒な真似はしませんよ」
執事はそう答えながらも紅茶を用意してくれていたらしい。
近くに置かれているテーブルの上には高そうなカップが4人分用意されてある。
「それにカナメ様が気づいて下さらなければ、私達はこうして出会うことも無かったでしょう」
「何を言っているんだか」
リュウ様は答えながら風見から手を離す。
風見はどこか寂しそうにリュウ様を見上げていたものの、そんな風見には気付かない様子でリュウ様が執事に近寄って行く。
「下手な演技をしやがって」
「本物の音神でも私を怒らせない方が良いと思いますが?」
「……え?」 「やっぱり……」
私の驚きを他所に、風見は解っていたのかリュウ様を睨みつけていた。
「さっきの笛は音神専用の神器……あれは "音" という属性を守護している神、つまり音神ではないと音が鳴らせない代物。音楽を奏でることで様々な効果を生み出せる」
「先程の曲で人払いをして道を作っていらしたのですよ」
「まぁ、咲九が音神を名乗っているお陰で魔力何てすぐに回復するけどな」
執事の説明の後にあっさりと全てを認めたリュウ様はカップの1つを手にする。
「飲んだら俺らは帰るぞ」
「え……」
「それが宜しいですね」
何故か執事もそう答えながら、リュウ様と一緒に空を見上げていた。
つられて眺めるものの、解らない。
だから目を閉じて集中してみた。
すると、こちらに黒い仮面の集団が向かって来ている気配が感じ取れた。
だが、まだ遠い気はする。
「貴方が本物の音神であることは薄々気付いてはおりましたが、今の発言によって情報が相手に漏れたら大変なことになるのは間違いありませんね」
「おい、カナメ!」
急にリュウ様が怒鳴ったことで、カナメと呼ばれた少年が解りやすく動揺した。
思い切り目を閉じたらしく、ゆっくりと目を開けてリュウ様を見つめる。
「この2人に傷1つ負わせたら許さねぇからな!」
「わわわ、解ってるよぅ!!」
カナメはそう答えながらも近くにあった木の裏側に隠れようとしている。
が、その木は細く、細身のカナメであっても完全に隠れられてはいなかった。
それが滑稽で少し吹き出すものの、カナメはゆっくりと、はっきりと答える。
「……約束は、守るよ。ここは、大丈夫。安心、して」
「頼んだぞ」
リュウ様はそう言ってカップを置いて執事に軽く頭を下げる。
執事は軽く頷いて答えていた。




