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さくらは善か悪か(仮)・輪廻篇  作者: 葉月雷音
大襲撃からの焦燥感
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107 ☴(⛩) 襲撃と交渉

 その日の朝は、いつも以上に早かった。


 殺気を感じて身構えれば、建物では無く外から応戦する声が上げられていることに気付かされた。

 慌ててカーテンの隙間から覗き込めば、里の門で交戦する門番の姿が見てとれる。


 しかしそれも一瞬の間で、私は慌てて千尋を起こし、窓から距離を置かせた。

 寸での所まで割れたガラスが吹き飛んで来る。


 その窓からは、狐とも狼ともつかない、半分妖怪、半分人間の姿の、どちらにしても見るからに妖怪が現れていた。

 一目見て敵が2人1組で行動していたことは理解したので、もう1人、私達の部屋に入って来ようとしている姿に戦慄する。


 その間にも、千尋は結界を張ってくれていた。

 千尋は恐らく寝ていた訳では無く、これから起きることへの恐怖で身を縮めていただけだと思われる。そうでもなければすぐに結界の準備は出来なかったと思う。


『何だ、こっちには竜族いねーぞ!?』


 目の前の妖怪はもう1人に言っていた。

 後から登って来たらしいもう1人は驚いた顔をこちらに向いている。


『じゃー、変に抵抗されても面倒だし、縛っておけば良いだろ』

『あいよ』


 そんな会話をする2人組からは、先程までの敵意は感じられなかった。

 むしろ、同情の眼差しを向けられてしまう。


『まだ若いのに……巻き込んじまって申し訳ねぇ』


 そんなことまで言われ、私達は唖然となってしまっていた。

 その隙に妖怪は抵抗しなかった私達を上手いこと、やんわりと1つの長い縄で縛りあげている。縛り方もどこか優しかった。


 これなら簡単にほどけそうだ、何て思いながらも、ここは抵抗するべきではないと考えて敢えて身を任せる。


「あ……貴方達は、」


 千尋が口を開いた。

 途端に妖怪が目を丸くしてこっちを見つめている。


「竜族を捕まえたら、どうするつもりなの……?」

『そんなの当たり前だろー?』


 服から塵を払いながら片方が答える。


『仲間に引き入れる。まぁ、ウチら "狼" は奴隷制度も無いし、そういう考えを貫いているけど』

『一緒に組んでる "クマ" の連中は解らねぇなぁ。何でも有り有りの自由な里だし』


 そう答えてくれている間にも千尋は私に訊ねる。


『艶さんが術を使わなくても、相手が "狼" なら……チャンス有る気がしない?』


 それは即ち、艶さんが命を削らなくても "狼" に捕まれば良いのではないか、ということだろうとすぐに理解した。だけど、一緒に組んでいると言っていた "クマ" という存在が引っ掛かる。

 目の前に居る妖怪は "狼" だと名乗っていた。となれば、この建物に来ているのは "狼" なのだろう。


 じゃぁ、艶さんの居る場所には何が向かっているのか。それは今ここに居ない種族と考えるのが一般的ではないか。


『ニノ!』


 急にそんな声がして、いつの間にか開いていた廊下側のドアから、2人とは異なる "狼" が覗き込んでいた。かなりの巨体――から察するに、2人の上司なのだろう。

 だが、予想外に入口が狭かったのか、銀色の甲冑をした大男が諦めた様子で廊下に戻って2人に話す。


『人間どもが一瞬にして消えやがった! そっちは――って、お前ら、何やってるんだ?』


 どうやら私達を見、大男は素直に驚いていたらしい。

 そのまま黙ってしまった。


『人間が消えたのは、オレの部屋だけか? いや、他の部屋も居なかった……が、気配だけは残っていた。ということは直前まで居たことは確かだが……』


 混乱していそうな大男を見て、私は即座に理解した。


 2人は黙ったまま大男の言葉を待っていた。つまりは、恐らくこの大男が "狼" のリーダー格。


 狼の目的は竜族である艶さんや美乃ちゃんを仲間に引き込むこと。

 そして一瞬で人間が消えたということは、艶さんが私達以外を元の場所に返す術を使った後。


 私達だけが残っているということは、術が失敗したか、中途半端になったのだろう。

 すなわち、この時点で艶さんの生存確率は低いと考えられる。


 当初の計画通りに美乃ちゃんは竜神となり、単独で逃亡を計るだろう。

 もっとも、ここまでは千尋も理解しているとは思う。


 ならば、こちら側には何も残っていないことを伝え、私達を解放してもらうべきかもしれない。いや、むしろ計画を話してしまうべきかもしれない。私達に同情して優しさを見せてくれているくらいの相手なのだから、もし美乃ちゃんが狼の彼らに捕まっても、そう悪い扱いはされないと思う。

 それに、何度かこの里が襲撃される前に交渉を持ちかけていたのは狼だと言っていた気がする。もしかしたら、狼は他の種族と上手く手を組んでいるのではないのだろうか。

 そうでもしなければ、今回のような ”クマ” との共闘は(私達の里のように)避けるはず。


 ――それに、私の直感は良く当たると、兄上も母上も褒めてくれた。


『(むしろ……)反応次第では交渉しても良いかもしれない』

『……え?』


 千尋に伝える間も無く、私は深呼吸をしてから答える。


 兄上と違って、交渉は好きじゃない。上手いと思ったこともない。

 でも、今はそんな時間も惜しい。


 楽しい修行の時間を与えてくれた千尋のためにも、せめて幼い美乃ちゃんだけは助けてあげたかった。


『そう言えば昨晩から、外に違和感があるとか、竜神様が言っていましたよ』


 驚いた様子で振り向いた千尋が程度に暴れてくれた。

 が、そのことで事実だと思ったのか、大男も狼の2人も私の言葉に耳を傾けてくれたようだった。


 だから続ける。


『いざという時は修行している者を術で家に帰さなくてはいけない、しかしそういう大規模な術だと命が持たない、とも言っていましたね』

『ちょっと?! 何でそれを――』

『そういや、竜族のちっこい娘が居たっすね』


 私達を縛った1人が声を出せば、大男は顔を曇らせていた。


『ってこたぁ、こっちには誰もいねぇって訳だ。"クマ" 族め……解っていてオレらをこっちに寄こしたな?!』

『 "狼" の貴方達が竜族のその子を助けてくれるなら、私達がその "クマ" を引き付けても良いですよ』


 その発言に3人がほぼ同時に驚いていた。

 恐らくは(表情までは見えないが)千尋も驚いていたのだと思う。


 だから私は敢えて袖に隠していた小刀で縄を斬り、両手を上げながら続ける。


 千尋もやっと私の意図を理解したのか、ただ黙って3人の返答を待ってくれていた。


『貴様ら……竜族を知っているのか?』


 大男の問いに頷いてから答える。


『しかし同じこの里に居たというだけで、詳しいことは知りません。でも貴方達からは、あんな子供を無碍に扱うほどの敵意は感じられないから、貴方達だったら託しても良いかもしれないと、そう思っただけです』


『確かに、熊族の奴隷ほど酷い扱いはしねぇな。人間じゃぁしらねぇかもしれないが、そもそも竜族は珍しくも強靭な種族……味方に出来るなら越したことはねぇ』

『それに、ずっと交渉を持ちかけていたのはリーダーっすからね』

『こう見えてリーダー、熊族の奴隷区出身で、今は狼族交渉班のリーダーだからなぁ。酷いことできないんですよねぇ?』

『お前ら、うっさいわ』


 赤面して答えた大男は、少しだけ可愛らしくも思えた。

 それくらいに、狼族の3人は優しい心を持っているようだった。


 大男は少し悩んだ末に答える。


『その話し、乗ってやらんこともないぞ』


 私は千尋の残りの縄を解いてあげながらも、その返答にかなり驚いていた。


 正直、乗ってもらえるとは思っていなかった。しかも、"交渉" という手段は兄上の部屋にあった本を読んだだけで、身内同士では何度かあったものの、こういう場での実践は初めてなのだから。


『しかし、そうなると貴様らが危険に犯されるぞ。こちらがこの状況……人間の味方をしてくれるらしい、隣山の巫女が受け入れてくれるとは限らない』


 如月さんのことだろうと瞬時に察した。


『どこまで逃げれば手を出せなくなりますか?』


 これには千尋が訪ねていた。

 大男は唸る。


『町ではなく、人間が多く住む市くらいまでは行かないと厳しいだろうなぁ』

『そのくらいなら……』

『しかし手数が多い分、分散して人気の無い海辺に追い詰められる可能性も高いっす』

『空飛べるなら逃げ切れるけどなー』

『そりゃお前、朱雀族でもなきゃ無理だろ』


 大男が笑う2人に睨みを飛ばしても、私達は黙って大男を見つめた。

 2人を静かにさせた大男が頷く。


『くそう! しかしその覚悟……気に入った!!』


 そう言った大男は入り口から私達に毛むくじゃらの手を伸ばす。

 私達は驚いて大男を見つめていた。


『竜族の娘のことは任せろ。今この時にも熊族が先に捕えていたとしても、必ず狼族で助けてやる。代わりと言っては何だが、追い駆ける熊族の数を減らしてやろう。ニノ、ゴノ!』

『『はっ』』


 どうやらそれは名前らしい。大男は2人に向かって言う。


『この建物の人間の臭いがするモノ、全部を使って周囲にばらまいて来い!』

『『了解!』』


 2人は早くも、この部屋にある布団や枕を両手に持ち始めていた。それらを結界で包み込んで狼族の臭いが付かないよう気を使っているようだった。


『ほら、さっさとリーダーと握手しろ!』


 内1人に怒られ、私は慌てて大男の手を握りに向かった。

 その手は大きくて、凄く温かい。が、すぐに離されてしまった。


『あんまり長くやっちまうと臭いが移っちまうからな。野郎ども、聞いていたな? サン、ヨンは熊族にバレん程度に竜族の娘を追え! ナナは……お前は殺しちまうからダメだ、ニノとゴノを手伝え。ロクは熊族に報告に行くオレの警護を頼む。ハチとクノ、お前らは引き続き熊族の動きをオレに報告しろ』


 そう言って指示している間にも、2人はベランダから隣の部屋へと移動をしていた。

 と、大男が私をじぃっと見つめる視線に気付く。


『風神、か。度胸があって当然な訳だ』


 その呟きに私は過剰反応した。大男は続ける。


『戦争が無事に終わったら狼族の里に遊びに来ると良い。風神を奉る儀式が残っているような里だから、本物が来たと大騒ぎになるだろうが、手厚い歓迎を受けるだろう。何より、このオレが良い奴だったと広めておくし、な』


 大男は私に下手なウィンクをすると、近くに居たらしいお伴の狼族と一緒に駆けて行ってしまった。


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