106 ⛩(☴) 襲撃前夜
美乃ちゃんとの会話から2日後の夜。
私は何故か違和感を覚えて、大浴場だというのに結界を強くさせていた。
その所為か、普段なら声をかけて来てくれる仲間が私から離れていく。
違和感は、お風呂を終えた後でも続いていた。
何がおかしいのか、解らない。
それは自室に戻って来てからも同じだった。
「先に戻って来ている何て珍しい」
同室の純がそう言いながら窓際に近付いて来る。
そして、一緒に窓の外を見た。
「何だか……嫌な予感がしていてね」
私は嫌な汗を背中に流しながらも続ける。
お風呂の所為だと思いたかった。
「当たらないことを願いたくて」
「だからといって、一番表側の結界を部屋に張らなくても良いと思うわ」
純はそう答えながらも、あっさりと私の近くにあった2番目の結界を割ってしまった。
が、それだけで更なる恐怖を感じた私は部屋の結界を強くさせている。
すると、純が溜め息をついて窓に手を当てた。
「下手に結界を強くして――感づかれていると敵に思われた方が危険だと言っているの」
「っ?!」
驚いて私は純を見た。
純がカーテンを閉めながらも私に頷く。
「明日の早朝、多分、来る」
「皆に……皆に言わなくちゃ!!」
そう叫んで走ろうとした私の服を純が掴んで引き止める。
「無理。私達ではこの陣形を逃げ切れないから」
「陣形って……」
「敵は既に里の周囲に配置されている。里から出ようとしても、数は圧倒的に敵の方が多いし、恐らくは段違いに強者が待ち構えているはず。……私達の里では、部外者が囚われたら死刑は確定。殺され方が異なるだけで――どうなるのかは解らない」
「まだ、逃げられないって、確定じゃ無いでしょ?!」
「確定、です」
気配も無く声がして2人で振り返れば、部屋の内側、ドアの傍に美乃ちゃんがぬいぐるみを抱いて立っていた。
「そこまで純おねーちゃんが読めているとは思わなかった、です」
「……思い出したから」
純はそう答えて、近くにあった椅子に座る。
「過去にも同じ経験をしたことがあった気がして。その時も、美乃ちゃんと同じくらいの小さい子と、私と同じくらいの女子が傍に居たことは、しっかりと覚えているの。でも、あの時は私……」
そう言いながら純は頭を軽く押さえていた。
それを見ていた美乃ちゃんは答える。
「それ以上は、無理に思い出したらダメ、です。……でも、それだけで十分なのですよ」
私にはさっぱり理解出来なかった。
だけど、今の美乃ちゃんの発言だと、純のその話しを知っていたかのようにも思える。
「千尋おねーちゃんは誰よりも 日が浅い から解らないことです。でも、日が深い 私達は知っていることなのです。その中間に居るのが純おねーちゃん。思い出せないのが普通なので、思い出しただけでも奇跡に近いのですよ」
「でも、私は、最も大事なことを忘れているような……」
「それならば、咲九おねーちゃんに言われたことを思い出して下さい」
急に咲九の名前が出て来たことに、私達は素直に驚いて目を丸くさせていた。
美乃ちゃんは笑顔で続ける。
「咲九おねーちゃん、その思い出す切欠になる単語を、ヒントを言ったはずですよ?」
「何でこんな時に咲九の名前が……」
と答えながら私は気付く。
咲九が住むのは美島舟山という、美島市側の舟山。
一方、この里があるのは隣町の "舟山" と言われる地域の一角。
つまりは、ここは同じ山脈の中だということ。山の名称が異なるのは県境が山の頂付近にある為。
「そっか、咲九もこの山の人間……」
「でも咲九おねーちゃんはお隣だから、この戦争には巻き込まれないです。それに、お隣はそんなに神様が数多くは居ないせいか、きちんと神主さん1人で十分に整理されている、みたいです。移り住む妖怪を快く受け入れてくれる代わりに、憑依されて悪鬼や悪神に成り果てる可能性も高いからか、どの妖怪も恐れ戦いて移住しないことが、この山で戦争が起きやすい大元の原因だと、おばーちゃんは言っていた、です」
「如月さんは、手帳がヒントだと言っていたわ」
不意に純がそう言い切った。
「でも、手帳が、何でヒントなのかまでは……」
「私達は、過去を忘れない為に日誌をつけています、です」
忽然と美乃ちゃんは答える。
「日誌と言っても、特殊な方法で消えないように、自分にしか読み返せないように、様々な工夫をしていますです。だから、他の誰がその日誌を発見して持ち逃げしたとしても読むことはかなり困難です」
「日誌……そうか、純の手帳にそういう内容が、思い出す手掛かりが書いてある可能性が高いということね?」
「ですです」
「そこに私の過去が書かれているということかしら」
「ですです。咲九おねーちゃんは、竜族の間では "読心術" の持ち主だと伝わっているから、間違いねーと思うです」
「 "読心術"? 音神だから、心音が読めるのではなくて?」
私は迷わず訊ねていた。
美乃ちゃんは首を傾げている。
「音神は咲九おねーちゃんじゃないですよ? 咲九おねーちゃんは――」
言おうとして、
『馬鹿娘がどこにおるんじゃ、バカたれが!!』
何ていう酷い罵声が飛んで来た。その所為で、美乃ちゃんの言葉が聴こえなかった挙句、驚いて目を閉じてしまったので何と言ったのか解らなかった。
が、美乃ちゃんは平然とこちらに軽く舌を出している。
「怒られちゃったから、帰るね!」
「み、美乃ちゃん……っ」
そう言えば、純と美乃ちゃんの予測では、翌朝に敵襲されるということだった。
しかし、思い出したのは少し遅くて。
「バイバイ。おねーちゃん達、いつまでも元気でね」
振り返った美乃ちゃんは、最後に満面の笑顔を見せてから部屋を去ってしまった。
気になっていたのか、私は夜中に目が覚めてしまっていた。
夜中の里は凄く静かで、何も物音1つ聴こえては来ない。
なのに、窓に触れたら解る。
このピリピリとした空気は敵が外に居ることを私達に静かに伝えていた。
軽く身震いして、布団の中に戻る。
夏だと言うのに山の夜は少し肌寒いくらいにまで気温は落ちる。
だけど、その寒さよりも恐怖の身震いなのではないかと思うくらいに、私の中の警鐘は鳴り止むことはなさそうだった。
その所為か、私は思わずこちらを向いている純に向きを変えた。
「(あれっ……)」
あの純が、涙を流していた。
ポロリ、ポロリと目から枕に落ちて行っている。
これが悪夢なら魘されている……のだろうけど、そういう感じでも無い。
こんな時に良くぐっすり眠れるな、何て思いながらも、少しだけ純を気遣って手を握ってあげた。
――何だろう。
私は私のことも、純のことも、良く解らなかった。
だけど、咲九のような得体の知れない恐怖では無くて、純の純粋過ぎることからくる恐怖が私に襲い掛かっていた。だから、何度も無視をした。
それに、家族と仲良くやっている様子を見て、どこか嫉妬に近いモノを感じていた。
そんな自分の気持ちに気付いて、どう接して良いか解らなかったから、私は更に家の中での純の無視を続けていた。
でも、こうして一緒に居て解った。
純は独りであれば強い代わりに、仲間が傍に居てしまうと弱くなってしまうのだと。仲間を思うあまりに、純自身が仲間に引っ張られてしまうのだということが解った。
だから、純は仲間を作ろうとしなかった。
きっと、引っ張られてしまうことが怖かったのだと思う。
そんなことを考えていたら、私にも次第に眠気がやってきていた。




