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さくらは善か悪か(仮)・輪廻篇  作者: 葉月雷音
大襲撃からの焦燥感
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104 ☈ 未来の刃

 咲九の為にも、私は蓮に修行をつけてもらっていた。

 蓮が木々の合間を飛び回る中、私は手から飛ばせるようになった電撃を蓮に当てようと必死になって追い駆けている。


 そんな最中、急激に背筋に嫌な汗が伝い、私は迷わず前方に避けながら半回転して背後の存在に手の平を向けた。


『やー、やっぱり如月の血筋は一筋縄ではいかないですなー』


 黒いソレが呟いた。同時に、ソレは黒いアメーバ状の腕をこちらに伸ばしてくる。

 が、私は電撃を飛ばして一時の間を作り、その間に後方に逃げながらも森に叫ぶ。


『悪鬼らしき……奴が居る!』


 瞬時に、周囲に居た動物が私を中心にして逃げ出し始めた。

 蓮がオーラをこちらに飛ばしつつ周囲を警戒しながら近づいて来るのが解る。


『悪鬼とは酷い評価をされたものだなぁ』

『我々は悪神だ、如月の小娘!』


 ソレが先程の倍以上の速さで私に近寄って来る。


 最小限の結界を強固にしつつも、私は蓮の居る方角へと跳んだ。

 が、その足をソレの黒い腕が掴む。


「っ?!」


 一瞬にして足に痛みが走った。

 しかも、それを軸にしてソレが私に上って来る所が見えてしまった。


 恐怖から思い切り目を閉じる。

 しかし、急に足が解放され、ほぼ無意識に私は太い枝の1段上に登っていた。


 振り返って下を覗けば、蓮が銀色のナイフでソレの腕を切ってくれたことを理解する。


『姉さんを呼んで来て下さい』


 蓮が凄く冷静に私に言った。

 とはいえ、蓮も少し押されている気がしなくもない。先程までの疲れからか、足元が少しふらついている気がしなくもなかった。


『おい、だいじょ――』


 大丈夫ではなかった。

 むしろ最悪なことに、蓮が転んで尻もちをついた隙に、ソレが一気に蓮に圧し掛かっている。


 私は攻撃態勢を取ったものの、


『少しくらいなら大丈夫ですよ』


 蓮の声がした。


『むしろ絶好のチャンスです。姉さんを呼んで来て下さい』


 的確な指示をもらった。

 半ば祈る気持ちでその場を離れ、私は咲九の元へと急ぐ。




 ここ数日間の修行をつけてもらっても、木々の合間を抜けることは容易ではない。

 だけど、咲九がコツを教えてくれたことで、木の幹にぶつかるようなことは無くなった。


 蓮とリュウ様が交代で私の練習相手になってくれた。

 蓮曰く、森に関する雑学はほぼ一通り教えたことになっているらしい。不足しているところや新しいことに関しては咲九が教えてくれた。

 ちなみに、木々の合間を抜ける修行はほぼ後半の内容で、基礎の複合に近いらしい。


 だからこそ、急いだ。

 今までの恩をまだ返し切っていないのに、蓮に死なれる何て嫌だった。それに、まだ蓮が何者なのか聞き出せていないのに、死なれてしまったら困る。


『呼んだ?』


 咲九の声がしたと思えば、咲九が神社の結界を越えて私の目前にやって来てくれていた。


『咲九! 蓮が悪神に!!』

『蓮が? ……そう、とうとう来たのね』


 そう答えた咲九は、私の手を取って続ける。


『今から私が取る行動は、本来の雷神が半分の魔力を消費して出来ることだと思っておいて』

『え?――うわっ?!』


 理解する間も無く咲九が私の手を握ったまま走り出していた。


 ――速い!


 それは私の何倍にも感じられるほど、木々をなぎ倒しているかのように風を切っていた。


 目が追い付かない間にも、あっという間に先程の場所に戻って来たことは、悪神の気配で理解する。

 その間にも、咲九は私の手を離して悪神に何かを突き刺していた。



 ギャアアアァァァァァァ!!



 けたたましくも、あまりにも酷い悲鳴が森を突き抜けた。


 咲九は悪神に何度も何かを刺し、やがて蓮の姿が見えてくる。

 蓮を救い出す為にひっついていた悪神を引き剥していたのだと気付いた。


 悪神の気が緩んだのか、液体状のソレはあっさりと蓮から剥される。

 しかし、蓮はぐったりとしていてオーラを感じ取れなかった。


『おい、大丈夫なのかよ……?』

『大丈夫よ。それよりも、これを』


 そう言った咲九が何かを投げてよこす。

 とりあえず両手で受け取ってみれば、それは金色に輝く1本の綺麗な(かんざし)だった。


『小娘……キサマ……!』


 声が足元から聴こえた。

 恐る恐る足を見れば、先程絡まれた足に黒いソレがしっかりと巻き付いていた。


「ひぃぃぃぃっ」


 パニックになって、私は地面に降りてから地面に擦りつけてみる。だけど、自分の足が痛いだけでソレはゆっくりと上に登りつつあった。


『 "みらいのは" 』


 咲九がそう言った。


 私が頭の中でその単語を思い浮かべれば、簪はより一層の輝きを増していた。

 それと同時に、私の頭の中に様々な懐かしい記憶が飛び込んで来る。




「この世界は嘘で満ちておる」


 幼い私を膝の上に乗せたばあちゃんはそう言って、まだ軽かっただろう私を揺すった。


「この嘘こそが悪属性の魔力の源だが、消すことも隠すことも、結局は悪の源になっておる。つまりは、悪属性を持つモノは殺せない。死ぬことも容易ではない。恐らくは、転生もしておる――前世の記憶がないだけで」

「じゃぁ、どうしたら殺せる?」


 私の向かいに座っていた、同じく幼い咲九がそう訊ねていた。

 真っ白の着物が白装束のようで、まるで死人のようにも見える。


「転生をしないようにするには、雷神の持つ神器 "未来の刃" を使えば良い。だが、これだけでは殺せない。代わりに、どの術師にも1つだけ悪を殺す術がある。しかし、それを使えば自身も転生は出来なくなる」

「でも、転生したら大半は記憶は無くなるんだし、別に良いんじゃない?」


 そう言ったのは幼いリュウ様だった。

 咲九の背中に寄り掛かって何かやっているらしい。


「転生の時の記憶があったら、嫌だけどさ。転生って、死んでからのことだからわかんないじゃん」

「まぁそう思える者もおる。兎にも角にも、1回でも使えば転生は出来なくなる。だから何度も使うことが出来るようになったと喜ぶ者も多い。しかし、」

「その分、悪属性を付加されやすくなってしまう」


 咲九は冷静に答えていた。

 ばあちゃんが頷く。


「そして徐々に堕転し、世界を嘘と悪で染めてゆく――本人らが気付かぬだけで、な」


 嘘と悪で染まった世界は、やがて世界の真実さえも悪だと思わせていった。

 そのせいで、世界の真実を知る者は悪だと、その者に最も近しい者が超能力者で悪だと、超能力者は悪だと、そんな悪を絶滅させなくてはならないという文化が生まれた。


 こうして世界は更なる悪に染まっていった。




 ――しかし、悪にも弱点はある。




 私は "未来の刃" を――雷神の神器を思い切り自分の足に突き刺した。

 筋肉に神器が刺さるような痛みに耐えながらも何度も刺す。


『お前は何がしたかったんだ?! 私を悪に染めたい訳じゃないだろう?!』


 そう訊ねながらも、そのアメーバ状の悪神を足の上から何度も刺してやった。

 悪神が小刻みにブルブルと震えだすのが解る。


『本当は――もっとやりたいことがあったんじゃないのかっ?!』


 私の声に答えるかのように、周囲まで様子を窺いに来たらしい数匹の妖怪が顔を覗かせていた。

 私を気にかける心配そうな、しかし、どこか悪神に同情のような眼差しを向けているようにも思える。


 そんな想いが、悪属性の弱点なのだと今なら思えた。


 ずっと孤独だった私を咲九が助けてくれた。

 私が記憶を失くして孤独だった時は母さんが助けてくれた。


 今思えば、私だって孤独という寂しさから他人を恨んだり、妬んだりしていた。

 それを助けてくれたのは、咲九や紗穂が私を想ってくれるという安堵感だった。


 だからこそ、解る。

 だからこそ、付け込まれやすくもなる。

 だからこそ、咲九やばあちゃんのような強い意志が必要だということも、良く理解出来た。


『そんなものは、無い! 私には、最初から小娘を――』

『遊びたいよ……もっと、遊びたかったよぉ……!』

『何で……死ななきゃ……いけなかったの……?』


 悪神から様々な声が漏れて来た。

 足に走っていた悪神による痛みも次第に弱まってゆく。


『もう大丈夫ね』


 近くに居た咲九がそう呟いていた。

 周囲に居た妖怪も一斉にどこかへと消え去ってしまう。


 しかし、私の足に絡みついた悪神の細い触手は上に登って来ないまでも、まだ完全に取れた訳ではない。


『遠音の思っているように、"悪" は元々、人間の "悪い想い" が集まったモノだから、それを人間の "優しい想い" で解いてやればある程度の弱体化はさせることが出来る。でもね、それをし続けることは凄く難しいの』

『そう……だろうな』


 この世界には何割の人間が悪に染まっているのか解らない。その中の一握りが悪鬼に変わり果ててしまっているのであったとしても、相当な数が居ることになる。

 ましてや、悪霊による憑依や悪属性の付加による堕転の数を合わせたら切りが無い。


 今の言葉だって過去の自分を思い出せたから出て来ただけであって、次にまた同じ言葉を吐き出せるかどうかは解らなかった。魔力だってほぼ空で無いに等しい。


『それに、"根源" は結局残ってしまう』


 咲九の言った根源こそ、私の足に最後まで絡みついている奴だということは解った。

 今なら摘んでポイッと捨てることも出来るだろうが、それをしないのは、捨てた所で他の者に憑依するだけという仕組みを理解してしまったからかもしれない。


『根源の核をその神器で刺せば死ぬわ。でも、それをすれば二度とその者は転生出来なくなる。()()()()()()()()()()()


 ――しかし、これ以上悪神に増えられても困る。


『ごめんな』


 私はそう言いながら簪を根源の頭に刺した。

 半ば悪神として核化していただろう小さな球体は割れ、やがて腐臭を放っていた黒いソレは塵と化していた。


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