第94話 攫われ役
あいつら、人を物のように扱いやがって。けど、貴族に何されても、俺たち平民は文句も言えないから嫌になる。貴族がみんな女王様みたいな人だったらいいのにな。
そこではたと気が付いた。
「あの視線って、まさか……」
「そうだな、アーウィンからの報告にもあった。奇妙な視線を感じたと。恐らく本人に違いないだろう」
アーウィンは気付かないふりをしていたのか。
「そこでだ。君にはこれから夜の散歩を楽しんでもらいたい」
夜の散歩……。まぁ、向こうからすれば襲いやすいだろうからな。
「我が城のお勧めスポットをいくつか紹介しよう。そこを一人で巡ってくれ。腕の立つ者たちを配置するから、どこで手を出してこようと追跡できるだろう。ああ、すまないがちゃんと攫われてくれよ?恐らく本人が君の顔を見に来るだろうから、その時に捕縛するからな」
ええー……。何されるか分からないから気乗りしないんだけど……。
しかも聞いたリナベルじゃなくて、俺に実害があるなんて。でも聞いちゃったし、仕方がないよな……。
「……わかりました」
「うむ、よろしく頼む。これがおすすめスポットだ」
女王様は袖の下から1枚の紙を取り出し、俺にくれた。
「さっそく今日の夜から始めてもらおうか。何か質問はあるか?」
「ええと、質問というか……気になってることがあるんですが……」
「よい、申してみよ」
「ありがとうございます。……謁見している時に、竜の宝玉の力を開放していましたよね?もしかして、女王様も……」
「ああ、公にはしていないが、アーイディオンポース王家にもだいぶ薄くはなっているが、精霊竜に仕えていた巫女様の血が流れているのだよ。大巫女様とまではいかないが、かなり力のある方だったと聞いている。竜の宝玉の力を開放した時に使った呪文は、その方から伝わったものだ」
「そうだったんですね」
「うむ。他に何かあるか?」
「いえ、特にないです」
「分かった。……では、頼んだぞ」
そう言って女王様は椅子から立ち上がり、そのまま部屋から退出していった。
その日の夜、俺はさっそく城内のお勧めスポット巡りを開始した。
ほんとに城内なんだよな?これ……広すぎるだろ、テレポーターが欲しいな……。
リナベルは遠くから見守ってくれているらしい。
完全に気配を消しているから、どこにいるか分からないんだよな。
「さて、次はどこに行ってみようかな……よし、噴水の庭園、ここにしよう」
さすが王城だけあって、緑に溢れてる。
外はほぼ荒野なのに、ここだけ別世界だ。
地面に敷かれたレンガの道を辿り、噴水の前に辿り着いた。
建物の三階ぐらいの高さがある巨大な噴水だ。様々な竜が彫られており、一番上の竜が口から勢いよく水を噴き出していた。
「これ、もしかして精霊竜か……?」
下の方に説明が書いてあるプレートを見付けた。
『偉大なる彫刻家、アトレー・ヴァルカヌス作。精霊竜の司祭の説法に感銘を受け、制作したとされる。頂上部で水を噴き出しているのが、大穴に住まうといわれる原初の精霊竜をイメージしたもの。それを支える様々な精霊竜のダイナミックな動きの表現には目を見張るものがある』
「確かに、今にも動き出しそうだよな」
見たことのない精霊竜が結構いるなと確認して、再び原初の精霊竜に目を向けた時だった。
「う……!」
後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。同時に首筋に冷たいものが当たっている。
全く気配を感じなかった。
「動くな」
低く冷たい声が聞こえたと思ったら、目の前にもう一人、黒頭巾に黒装束の人物が現れた。
あの出で立ち……まさかニンジャ!? 初めて見た……!
そのニンジャが目にも留まらぬ速さで、俺に当て身を喰らわせた。
意識が途切れる前、生垣の向こうに紅い双眸を見付けた。
良かった、そんな所にいたのか……。
俺は少し安心できたのだった。




