第85話 過去の夢 その2
「……カラス」
「カラス?」
「……俺に付けられたあだ名。……クラスでそう呼ばれてるんだ……」
目の前で燃える焚き火を見ながら、俺はそう切り出した。
マリーはじっと俺の顔を見ている。
「最初はほんとに些細な事で……。俺のクラスに虐められてた奴がいて、そいつを助けたら今度は俺がターゲットになっちまって……。そこから“カラス”呼びだよ、こいつといると不幸になるぞってね……」
俺は火の中に小枝を投げ入れた。
「……いろんな嫌がらせをされたし、時々暴力を振るわれたりもしたよ。……やられっぱなしは癪に障るから、少しやり返したりもしたけど……結局数倍になって返ってくるから、最近は無視してたんだ……」
俺はもう一本、小枝を投げ入れた。
「でも昨日……授業が終わってから、俺をターゲットにしてるグループのリーダーに捕まって、私刑されちまったんだけど……」
俺は投げ入れようとした小枝を、片手で握って折ってしまった。
「そこにあいつがいたんだ!俺が助けた奴が……!あいつは俺に〝お前のお陰で助かったんだよ、ありがとう〟って言って、俺の腹にパンチをくれやがった……!」
俺は折った枝を乱暴に火の中へ投げ入れた。
「ショックだったよ……どうしてあいつがそっち側にいるんだ……って!……んで、むしゃくしゃして……気付いたらここに来てた……」
俺は俯いて地面を見つめていた。
「……魔物と戦ってたら、いつか死ねるんじゃないかと思って……」
気付くと、マリーが目の前に立っていた。 怖い顔をしている。
「やっぱりあんたも殴るのか……?……そうだよな、魔物には俺の事情は関係ない……」
そこで突然、マリーから抱きしめられた。
「く、苦し……」
胸が当たって……。
「あんたの言う通り、魔物にはあんたの事情なんて関係ないよ。だからそれは悪いことだ。……だけど、あんたも苦しんでたんだね……自らの死を願うほどに。……何もかもうまくいかなくて、自棄になる人も確かにいるけど……あんたはまだ若いんだ。全てを投げ出すのはまだ早いよ」
マリーは俺の頭を優しく撫でた。
「けど、ずっと独りで抱えてきたんだろう、辛かったね……」
分かってくれる人がいた……。
そう思ったら不意に一粒、涙が零れた。
そこからはもう、涙が止まらなかった。
マリーは俺が泣き止むまで、抱きしめたままずっと頭を撫でてくれていた。
「……俺はどこで間違えたんだろう……?あいつに対して……どうすれば良かったんだ……?」
ひとしきり泣いた後、俺はぽつりと漏らした。
「あんたは間違っちゃいないよ。ちゃんとできることをやったんだから。精霊竜の裁きが下るのは、あんたが助けてやった奴だろうさ。あたしの信仰するサラマンダーなら、間違いなく焼き尽くしてるね」
マリーは少し力を緩めて、俺の頭をぽんぽんっと軽く叩いた。
「……ありがとう……聞いてくれて。……あんたのお陰でちょっと楽になったよ」
「どういたしまして」
そう言って微笑んだマリーの顔は、とてもきれいで眩しかった。
「う……」
考えないようにしてたのに、夢で見てしまうなんて。
「……師匠……」
俺はベヒモスの毛に顔を埋めた。
〝どうした?怖い夢でも見たか?〟
「怖い……そうかもしれない……。ベヒモスは、紅い機神を覚えてる?ルフトカイザーでリナベルとコーディが相手してたやつ」
〝ああ、覚えている〟
「それ……俺に戦い方を教えてくれた、師匠かもしれなくて……。いや、十中八九、師匠だと思う……俺の呼びかけに反応してたから……」
俺は顔を上げ、上体を起こした。
「師匠を助けたい……、けど、どうしたらいいんだろう……」
〝そうだな……、まずはヒルダとやらに聞いてみるがよい。昔の技術に詳しいのだろう?〟
「そっか……うん、わかった。ありがとう、ベヒモス」
〝助ける糸口が見付かればいいがな〟
それから少しして、奥の部屋からリナベルとヒルダが出てきた。
「コーディは……?」
俺はベヒモスから下りて、二人のもとに駆け寄った。
「大丈夫、ちゃんと治療できたよ。けど、まさか循環機をやられるとはね」
「それって……?」
「人間でいうところの心臓に近い働きをする機関でね。結構頑丈にガードしてあるんだけど、大剣を折った上に、あそこまで達する傷をつけられるなんて、いったいどんな奴と戦りあったんだい?」
「天のヴァルドファードだよ」
「なんだって!? ……復活したのかい!?」
「うん、俺たち丁度目撃してしまって……」
ヒルダにその時の出来事を話した。
「よく無事に……じゃないけど戻って来れたね」
「ほんとにな」
「まぁともかく、コーディは少し様子を見る必要があるから、あんたたちもその間ゆっくりすればいいさ。……ああ疲れた。あたいもちょっと休んでくるよ」
ヒルダはひらひらと手を振りながら部屋から出ていった。
そっか、ずっとコーディの治療をしてたからな……。
「じゃあ私も休むわね。……久しぶりに慣れないことやったら疲れちゃった」
部屋を出て行きかけたリナベルに、声をかけた。
「コーディに会ってもいいか?」
リナベルはにっこり笑った。
「いいわよ。……寝てるからそっとしておいてあげてね」
「わかった」
部屋を出て行くリナベルを見送ったあと、俺は隣の部屋のコーディの様子を見に行ったのだった。




