第106話 決着
遠くの空が白み始めた。
もうすぐ夜が明ける。
俺は荒い息を吐きながら、その場に立ちつくしていた。
脱力感が半端ない……「身体強化」と「継続回復」の効果も切れてしまった。
どうやら俺も、魔力切れを起こしているようだ。
「師匠は……どうなった……?」
目を凝らして辺りを見回すと、少し離れた所に紅い機神が倒れていた。
……また起き上がってこないだろうか?
しばらく待ってみたが、紅い機神は沈黙していた。
俺はゆっくりと近付いていく。
側まで行くと、その理由が分かった。
アーマーがほぼ破壊されており、身体に深いダメージを負っている。
動こうとしても、動けなかったのだ。
「師匠……」
その有り様を見て、また涙が溢れてきた。
俺は紅い機神の側に膝をつき、身を屈めた。
「……ごめん……ほんと、ごめんな……」
やっとそれだけ呟き、嗚咽を堪えていると、背中にそっと触れるものがあった。
「それは……あたしの台詞……だよ……」
紅い機神の手が、俺の背に回されていた。
「……ごめんね……あたしが……ドジ踏まなきゃ……、あんたに……辛い思いをさせずに……済んだのに……」
師匠……意識が元に戻ったのか……!
俺はゆるゆると首を振った。
「……クラウストルムの女の子は……無事に両親と再会できたよ」
「そうか……良かった……」
紅い機神……師匠は、ほっと息を吐いた。
「……女の子を……助けたことは……後悔してない……けど……、結果的に……あんたに……迷惑を……かけることになって……しまった……。そこについては……ほんと悪かったよ……ごめんね……」
全くだ、師匠……!
俺の目から再び涙が溢れた。
「……奴……グラナギアに……捕まってから……随分と酷い目に……遭わされたよ……。この身体にされた時……、あたしはもう……世界の敵に……なったんだって……絶望して……。精神洗浄を……受けてからも……時々……意識が戻る……ことがあって……。あたしは……そのたびに……ずっと、ライト……あんたを探してた……。誰かに……倒されなきゃ……いけない存在なら……、あんたが……良かった……。ライト……あたしは……あんたに……倒されたかったんだ……」
俺はぼろぼろと大粒の涙を零していた。
そんな俺を見た師匠は、ふっと微笑んだ様だった。
「あたしのために……泣いて……くれるのかい?……いい男になったね……ライト……」
師匠は俺の背をそっと撫でた。
その時湧き上がった感情が何かは分からない。
一瞬でいろんな感情とごちゃまぜになって、消えていった。
「……そういえば……あんた……左手は……どうしたんだい?……あたしと……戦ってた時……使えてなかった……いや、……あの感触は……」
俺は呼吸を整えてから答えた。
「……師匠の感じた通り、ここだけ奴らと同じ構造にされてしまって……」
「あたし……だけじゃなく……あんたまで……!」
「大丈夫、動かせないのは侵食を防いでる影響で、治療できるなんとかってのが完成したら、動かせるようになるはずだから……」
「……そうか……なら……いいんだけど……」
師匠はそれでも心配そうに俺の左手を見ていた。
だんだん空が明るくなってきた。
程なく朝日が昇ってくるだろう。
「……ライト……最後に……お願いがある……。あたしの心臓を……完全に止めて……欲しいんだ……」
なんとなく分かっていた。こうして話ができるってことは……まだ倒しきれてないってことで……。
「その前に……俺から師匠に、感謝を伝えたいんだけど……いいかな?」
師匠は首を傾げている。
きっと、何するつもりなんだって思ってるだろうな。
俺はだるい手を持ち上げて、髪の毛の間に隠れている竜の宝玉をつついた。
「力を……貸してほしいんだ」
「わかった」
師匠が、突然聞こえた声に驚いているようだ。
それには構わず、俺は地面に右手をつき、目を閉じた。
そして大地に眠る種子に力を送り、イメージする。
そこに広がるは、赤い野草の花咲く草原。
竜の宝玉から力が流れこんでくる。
……目覚めよ。
俺が目を開けると、そこはイメージ通りの花畑になっていた。
「ライト……あんた……」
師匠は首を動かして、辺りを見回した。
「……ありがとう……あんたの……気持ち、確かに……受け取った……。いい……土産になったよ……」
俺はうなずいた。その拍子にまた、涙が溢れ落ちた。
そろそろ……師匠を送ってあげないと。
……俺が侵食された手を切り落とそうとしたように、この世界を害する存在となってしまった自分を……師匠は許せないだろうから……。
俺は首から下げている、透き通った水色の牙に手を当てて願った。
「来てくれ、サラマンダー」
俺の正面に、炎の翼を持った赤い竜が現れた。
今度こそ、師匠は驚愕していた。
「サラマンダー……、本当に……」
丁度その時、朝日が差し込んできた。
陽の光を受けて、サラマンダーの炎の翼が輝く。
赤い花畑が絨毯のように見え、その上に佇むサラマンダー共々、それは美しい光景だった。
師匠は声も出ないほど、感激している様子だ。
〝どうした?ライトよ〟
「サラマンダー、お願いがあるんだ。俺の……刃になってくれないか?」
サラマンダーはじっと俺を見ている。
やがてロを開いた。
〝いいだろう。我がイメージを送ろう、その通りに想像するがいい〟
サラマンダーから送られてきたのは、美しい両刃の赤色の剣。
それをイメージすると、辺りが光に包まれ、俺の手に赤色の剣が握られていた。
これは……長くは保たない。
「いくよ……師匠」
師匠は微かにうなずいた。
俺は迷わず、胸部のアーマーに精霊竜の剣を埋めた。
そして、静かに引き抜いた。
サラマンダーは即座に元の姿に戻った。
「……ありがとう、ライト……。まさか……サラマンダーの……精霊竜の剣で……送ってくれる……なんて……」
急速に師匠の身体から生気が失われていく。
「師匠……!」
俺はたまらず叫んでいた。
「最後に……もう一度だけ……マリーって……呼んで……くれないかい……?」
「もちろんだよ……!ありがとう、マリー……!俺を救ってくれて……!」
師匠……、マリーは満足そうだった。
「……ライト……あんたに会えて……良かった……よ……」
それだけ言うと、マリーは静かに息を引き取った。
〝その者は……我が加護を得ているな。よかろう、我が送ってやろう〟
そう言うと、サラマンダーはマリーを白い炎で包み込んだ。
あっと思ったが、熱くない……。
〝我が葬送の炎は生者を焼かぬ。心配するな〟
しばらくそうしていると、マリーの身体は光の粒子となって、消えていった。
「……ありがとう、サラマンダー」
〝礼には及ばん〟
そう言うと、サラマンダーは空気に溶けるように消えていった。
俺はそのまま後ろに倒れ、大の字に寝転がった。
驚いた竜の宝玉が、空へ飛び立っていく。
昇ってきた朝日は優しく、全てを照らしていた。




