第5話「静かな練習台」
放課後の空は、少しだけ曇っていた。
紗佳は鞄を肩にかけながら、校門を出る。
向かう先は──学校とは反対方向。
(もっと強くなりたい。
京一郎くんに言われた“影”の意味を知るためにも。)
胸の奥にある小さな痛みが、紗佳を前へ押した。
商店街の奥にある古いゲームセンター。
外観は少し色あせているけれど、
中からは電子音が絶えず聞こえてくる。
紗佳は扉を押し、静かに入った。
「いらっしゃいませー」
店員の声が遠くに響く。
照明は少し暗く、空気は独特の熱を帯びている。
(ここ……なんか落ち着く。)
奥の方にある麻雀ゲームの筐体。
画面には青白い光で牌が並び、
上部にはタイトルが輝いていた。
星雀ONLINE
紗佳はその前に立ち、
横のカード販売機に目を向けた。
カード販売機の画面には
「星雀PASS」
の文字が光っていた。
(これ……買わないとデータが残らないんだよね。)
紗佳は財布から千円を取り出し、
ゆっくりと投入した。
機械が低い音を立て、
一枚のカードがゆっくりと排出される。
紺色のカードに、
星の模様が散りばめられている。
(これが……私のカード。)
胸の奥がふわっと熱くなる。
紗佳は筐体の前に座り、
星雀PASSを挿入口にそっと差し込んだ。
「カードを読み込みました」
機械の声が響く。
画面に名前入力の画面が出る。
紗佳は指でタッチしながら、
ゆっくりと名前を入力した。
“さやっち★”
決定ボタンを押すと、
画面が明るくなり、メニューが開いた。
(これで……私のデータで打てるんだ。)
胸の奥が少し震えた。
◆ 初めての“外の麻雀”
対局が始まる。
紗佳は指先を画面に触れながら、
ゆっくりと牌を選んでいく。
(学校の卓と違う……
でも、読みは同じ。
河を見て、手を見て……)
CPUの打牌は淡々としている。
けれど、その淡々さが逆に紗佳の読みを試す。
「……この形なら、こっち。」
紗佳は静かに牌を切る。
画面の向こうで、CPUがわずかに手を変えた。
(揺れた……?
読みが通ったんだ。)
胸の奥がふわっと温かくなる。
何局か進めるうちに、
紗佳は自分の中の“迷い”に気づき始めた。
(この一打……昨日なら切ってた。
でも今は……違う気がする。)
読みが広がった分、選択肢も増える。
増えた選択肢は、紗佳の心に影を落とす。
京一郎の言葉がよみがえる。
「見える景色が増えるほど、迷いも増える。
それが影だ。」
紗佳は唇を噛む。
(影……これがそうなんだ。)
画面の向こうのCPUは、
紗佳の迷いを見透かすように手を進めてくる。
「……負けない。」
紗佳は指先を強く画面に置いた。
終盤。
紗佳は迷いながらも、最後の一打を選んだ。
「……これ。」
CPUの手が止まり、画面に文字が浮かぶ。
ロン
紗佳の勝ちだった。
「……っ!」
思わず小さく声が漏れる。
胸の奥が熱くなる。
(私……一人でも勝てた。)
誰もいないゲーセンの片隅で、
紗佳は静かに拳を握った。
筐体から離れ、外に出ると、
夕方の風が頬を撫でた。
紗佳は空を見上げる。
(影が見えるようになった。
でも……それを抱えて前に進めばいい。)
京一郎の言葉が胸の奥で静かに響く。
紗佳はそっと呟く。
「……もっと強くなる。
華も、影も、茨も……全部抱えて。」
その声は、夕暮れの風に溶けて消えた。
こうして──
紗佳の華は、学校の外でも静かに育ち始めた。
第5話を読んでくださり、ありがとうございます。
霧島紗佳という少女は、光と影の境界に立つ存在です。
彼女が初めて卓に向かう瞬間の“揺れ”を、
どうしても丁寧に描きたいと思いました。
麻雀という勝負の世界は、
牌の音よりも、心の音のほうがずっと大きい。
紗佳の影が揺れ、京一郎の影が寄り添い、
二人の距離が静かに動き始める──
その最初の一歩が、この第1話です。
ここから紗佳の“華”と“茨”がどう育つのか、
見守っていただければ嬉しいです。
霧島葵




