第4話「影の輪郭」
昼休みの教室。
紗佳は窓際で弁当を食べながら、昨日の京一郎の言葉を思い返していた。
「華が広がるほど……影も濃くなる。」
その言葉は、褒められた嬉しさと、胸の奥の痛みを同時に残した。
(影って……なんだろう。
私の中にある“茨”のこと……?)
考えれば考えるほど、胸の奥がざわつく。
でも、そのざわつきは嫌なものではなく、
どこか“前に進むための痛み”のようにも感じられた。
部室に入ると、部員たちが自然と紗佳に視線を向ける。
「紗佳、今日も対局お願いしていい?」
「昨日のアドバイス、めっちゃ役に立った!」
紗佳は少し驚きながらも笑顔で頷いた。
(私……こんなふうに頼られるようになったんだ。)
卓につくと、紗佳の指先は自然と落ち着く。
昨日よりも深く、静かに。
部員たちの対局を見ながら、紗佳は気づく。
(読みが……前より見える。
なんでだろう……京一郎くんと打ったから?)
華が広がる感覚。
胸の奥がふわっと温かくなる。
「紗佳、これどう思う?」
「この形、攻めるべき?」
部員たちの質問が続く。
紗佳は嬉しそうに答えていく。
その様子を、京一郎は卓の向こうから静かに見ていた。
紗佳がふと気づき、京一郎と目が合う。
京一郎は何も言わず、視線を逸らした。
(また……昨日みたいな顔。
どうしてそんなに静かなんだろう。)
胸の奥に、小さなざらつきが生まれる。
華が広がるほど、
その影に茨が伸びるような感覚。
「……打つぞ。」
京一郎が静かに言った。
紗佳は頷き、卓につく。
配牌を整えると、京一郎の指先がわずかに止まった。
「昨日より……さらに落ち着いてるな。」
「うん。なんか、読みが前より見える気がする。」
対局が始まる。
紗佳の読みは冴え、京一郎の手を何度も揺らす。
しかし──
京一郎は紗佳の一打を見て、静かに言った。
「……そこ、危ない。」
「え……?」
「読みが深くなった分、見える範囲が広がった。
でも、その広がりに飲まれかけてる。」
紗佳は息を呑む。
「飲まれ……かけてる?」
「強くなると、見える景色が増える。
その分、迷いも増える。
それが“影”だ。」
紗佳の胸がチクリと痛む。
(影……私の中にある、もう一つの何か。)
京一郎は続けた。
「お前は華だ。
でも、華の根元には必ず茨がある。
それを見ないまま強くなると……折れる。」
紗佳は唇を噛む。
(京一郎くん……そんなことまで考えてくれてるんだ。)
胸の奥が痛いのに、どこか温かい。
対局が終わると、紗佳は静かに息を吐いた。
昨日より強くなった自分を感じる。
でも同時に、胸の奥に小さな痛みが残る。
(影……茨……
私の中にある“もう一つの何か”。
それを見つけなきゃいけないんだ。)
部室を出ると、夕陽が校舎を赤く染めていた。
紗佳は空を見上げる。
華は広がり始めた。
でも、その影には──
確かに“茨の輪郭”が見え始めていた。
紗佳はその影を見つめ、そっと呟く。
「……強くなる。
影も、茨も……全部抱えて。」
その声は、夕陽に溶けて消えた。
こうして──
紗佳の華は揺れながらも、影と共に前へ進み始めた。
第4話を読んでくださり、ありがとうございます。
霧島紗佳という少女は、光と影の境界に立つ存在です。
彼女が初めて卓に向かう瞬間の“揺れ”を、
どうしても丁寧に描きたいと思いました。
麻雀という勝負の世界は、
牌の音よりも、心の音のほうがずっと大きい。
紗佳の影が揺れ、京一郎の影が寄り添い、
二人の距離が静かに動き始める──
その最初の一歩が、この第1話です。
ここから紗佳の“華”と“茨”がどう育つのか、
見守っていただければ嬉しいです。
霧島葵




