第17話「華が咲く瞬間」
武流の「茨」を受け取った紗佳は、
控え室から対局室へ戻る途中、
胸の奥がずっと痛んでいた。
影の揺れではない。
深度の震えでもない。
(……痛い……
武流の言った“茨の痛み”……
これが……私の中にある……)
痛みは、
迷宮で迷った時の恐怖。
影の底に落ちた時の孤独。
深度が震えた時の不安。
読みが崩れた時の焦り。
全部が胸の奥に残っている。
(痛い……
でも……逃げない……
痛みを抱えるって……
こういうことなんだ……)
紗佳は拳を握り、
対局室の扉を押した。
対局室に戻ると、
朔夜の影はまだ一点に集まっていた。
揺れない影。
散らない影。
重くも軽くもない影。
ただ静かに、
紗佳の深度を揺らすためだけに存在している影。
(……影が……止まってる……
読みの入口が……ない……)
京一郎が紗佳の背後に立ち、
静かに言った。
「紗佳。
痛みを抱えたまま打て。」
紗佳は頷く。
(痛い……
でも……抱える……
これが……私の茨……)
朔夜が牌を引き、
無音のような静かさで一打を置いた。
その瞬間──
紗佳の深度が震えた。
(っ……!
揺れた……
深度の第二層……
痛みと揺れが……重なってる……)
だが紗佳は逃げなかった。
朔夜の打牌は、
紗佳の影の浅い層を揺らし、
深度の第二層を震わせ、
胸の奥の痛みを刺激した。
揺れと痛みが重なり、
紗佳の指先が震える。
(揺れてる……
痛い……
でも……逃げない……
抱える……)
章仁が静かに言う。
「霧島。
揺れと痛みが重なる時……
影は“咲き”に変わる。」
紗佳は息を飲む。
(咲き……
華……
私の……)
朔夜が紗佳を見つめる。
「霧島紗佳。
痛みを抱えたまま打つのか。」
紗佳は震える指で牌を引いた。
「……打つよ。
痛くても……
揺れてても……
これが……私の麻雀だから。」
朔夜の目がわずかに揺れた。
終盤に差し掛かると、
紗佳の胸の奥で、
揺れと痛みが一つにまとまり始めた。
(揺れてる……
痛い……
でも……
なんだろ……
胸の奥が……少しだけ……軽い……?)
痛みを抱えたまま打つことで、
揺れが“逃げ場”を失い、
深度の震えが“形”を持ち始める。
京一郎が静かに言う。
「紗佳。
揺れと痛みが重なると……
影は“咲き”に変わる。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(咲き……
華……
私……)
朔夜が牌を引き、
静かに一打を置いた。
その瞬間──
紗佳の胸の奥で、
揺れと痛みが一つの“線”になった。
(……見える……
朔夜さんの……影の底……
深度の揺れ……
痛みの形……
全部……)
紗佳は息を飲む。
(これ……
華の……兆し……)
紗佳は牌を引いた。
胸の奥が震える。
影が揺れる。
深度が震える。
痛みが刺す。
だが──
逃げない。
(揺れてる……
痛い……
でも……
これが……私の影……
私の茨……
私の深度……)
紗佳は静かに一打を置いた。
その瞬間──
朔夜の影が揺れた。
揺れないはずの影が、
一点に集まっていたはずの影が、
わずかに震えた。
朔夜が目を見開く。
「……華の一打……!」
京一郎が息を飲む。
「紗佳……咲いた……」
章仁が静かに頷く。
「霧島。
揺れと痛みを抱えたまま打つことで……
影が咲いたな。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(咲いた……
私の……華……)
朔夜は紗佳の打牌を見つめ、
静かに言った。
「霧島紗佳。
迷宮を抜け、
影の底に落ち、
深度の二層を抱え、
痛みを刻み……
それでも打ち続けた。
だから……咲いたんだ。」
紗佳は震える声で言う。
「……私……
痛かった……
怖かった……
揺れて……
迷って……
でも……
逃げなかった……」
朔夜は微笑む。
「それが……華だ。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(華……
咲き……
私の……)
華の一打を咲かせた紗佳は、
胸の奥の痛みが少しだけ軽くなったのを感じた。
揺れはある。
深度は震える。
痛みは残っている。
だが──
逃げない。
(揺れてる……
痛い……
でも……
咲ける……
私……)
朔夜の影は揺れ、
迷宮の中心がわずかに崩れ始めた。
章仁が静かに言う。
「霧島。
華は“揺れの出口”だ。
揺れを抱えたまま咲かせろ。」
紗佳は頷く。
(咲く……
揺れを抱えて……
痛みを抱えて……
咲く……)
紗佳は次の一打を置いた。
朔夜の影がさらに揺れた。
終局が近づくと、
京一郎が紗佳の背後に立ち、
静かに言った。
「紗佳。
華は……
お前の“選択”だ。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
「……選択……?」
京一郎は頷く。
「揺れを抱えるか。
痛みを抱えるか。
深度を抱えるか。
迷宮を抜けるか。
影の底で泣くか。
全部……選択だ。」
紗佳は震える声で言う。
「……私……
選んだんだ……
逃げないって……
揺れを抱えるって……
痛みを抱えるって……
だから……咲いたんだ……」
京一郎は優しく微笑む。
「紗佳。
咲いた華は……
もう消えない。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(咲いた……
私の華……
消えない……)
終局直前。
紗佳は最後の一打を引いた。
胸の奥が震える。
影が揺れる。
深度が震える。
痛みが刺す。
だが──
逃げない。
(揺れてる……
痛い……
でも……
咲ける……
私……)
紗佳は静かに一打を置いた。
朔夜の影が大きく揺れた。
朔夜が静かに言う。
「……見事だ。
霧島紗佳。
華の咲き……
完全な形だ。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(咲いた……
私の華……
完全に……)




