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華 -ibara-  作者: 霧島葵
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16/20

第16話「武流の茨」

霧谷総合との一回戦は、

迷宮と影の底を経て、

ついに終盤へ差し掛かっていた。


紗佳は深度の揺れを抱えたまま、

震える指で牌を引いていた。


(揺れてる……

 でも……抱えられる……

 これが……私の影……)


だが、霧谷総合の変則は止まらない。

朔夜の影は一点に集まり、

揺れも散りもせず、

ただ静かに紗佳の深度を揺らし続けていた。


その時──

対局室の空気が変わった。


武流が、

控え席から立ち上がった。



武流は対局室の隅に立ち、

紗佳の打牌をじっと見つめていた。


その影は、

章仁の影とも、

京一郎の影とも違う。


重い。

痛い。

刺さるような影。


(……武流の影……

 痛い……

 胸の奥が……ざわつく……)


武流は紗佳の背後に歩み寄り、

静かに言った。


「霧島。

 お前……痛みを知らないまま打ってるだろ。」


紗佳は息を飲む。


「……痛み……?」


武流は紗佳の肩に手を置く。


「影は揺れだ。

 華は咲きだ。

 核は中心だ。

 だが──

 茨は“痛み”だ。」


紗佳の胸が締め付けられる。


(痛み……

 茨……

 武流……)


武流は卓の上の牌を一枚取る。


「霧島。

 茨は攻撃じゃない。

 茨は……“傷の麻雀”だ。」



武流は牌を置きながら言う。


「茨は、

 痛みを抱えたまま打つ麻雀だ。

 勝つためじゃない。

 守るためでもない。

 ただ……痛みを刻むために打つ。」


紗佳は震える。


「……痛みを……刻む……?」


武流は頷く。


「霧島。

 お前は影の揺れを抱えてる。

 深度も二層ある。

 それは強さだ。

 だが──

 痛みを知らない。」


紗佳は唇を噛む。


「……痛み……

 私……そんなに……」


武流は首を横に振る。


「違う。

 お前は“痛みを避けてきた”。

 影が揺れると怖がる。

 深度が震えると逃げる。

 迷宮に迷うと怯える。

 影の底に落ちると泣く。」


紗佳は胸が痛くなる。


(……私……

 逃げてた……

 痛みから……)


武流は静かに言う。


「霧島。

 痛みを抱えたまま打てる人間は……強い。」



武流は卓の端に座り、

遠くを見るような目で話し始めた。


「俺は……昔、

 大事な人を守れなかった。」


紗佳は息を飲む。


武流は続ける。


「その人は……

 俺の麻雀を信じてくれてた。

 俺の影を見て、

 俺の揺れを受け止めてくれてた。」


紗佳は胸が締め付けられる。


(武流……

 そんな過去が……)


武流は拳を握る。


「だが俺は……

 その人を守れなかった。

 勝てなかった。

 迷った。

 揺れた。

逃げた。」


紗佳は震える。


「……武流……」


武流は静かに言う。


「その時、

 俺の影は壊れた。

 深度も揺れも……全部壊れた。

 残ったのは……痛みだけだった。」


紗佳は涙が滲む。


(痛み……

 武流……

 そんな……)


武流は牌を一枚置く。


「それが……茨だ。」



武流は紗佳の目を見て言う。


「霧島。

 茨は“痛みの記録”だ。

 影の揺れじゃない。

 華の咲きじゃない。

 核の中心でもない。

 ただ……痛みだ。」


紗佳は震える声で言う。


「……痛みを……

 抱えたまま……打つの……?」


武流は頷く。


「そうだ。

 痛みを抱えたまま打つ。

 痛みを刻みながら打つ。

 痛みを忘れずに打つ。

 それが……茨だ。」


紗佳は胸の奥が熱くなる。


(痛み……

 私……

 痛みを……抱えたこと……あった……)


武流は静かに言う。


「霧島。

 お前は痛みを避けてきた。

 影の揺れを怖がり、

 深度の震えを拒み、

 迷宮の中心を恐れ、

 影の底で泣いた。」


紗佳は涙をこぼす。


「……怖かった……

 痛いの……嫌だった……

 揺れるの……怖かった……」


武流は優しく言う。


「それでいい。

 痛みを怖がるのは普通だ。

 だが──

 痛みを抱えたまま打てる人間は……強い。」


紗佳は胸の奥が震える。


(痛み……

 抱える……

 私……)



武流は紗佳の肩に手を置く。


「霧島。

 お前にも痛みがあるはずだ。」


紗佳は震える。


「……痛み……

 私……」


武流は静かに言う。


「影の揺れの奥にある痛み。

 深度の震えの奥にある痛み。

 迷宮で迷った時の痛み。

 影の底で泣いた時の痛み。

 全部……お前の茨だ。」


紗佳は涙を流す。


「……私……

 痛かった……

 怖かった……

 揺れて……

 迷って……

 逃げた……」


武流は頷く。


「それでいい。

 痛みを認めろ。

 痛みを抱えろ。

 痛みを刻め。

 それが……茨だ。」


紗佳は胸の奥が熱くなる。


(痛み……

 抱える……

 私……

 できる……?)



対局室に戻ると、

朔夜の影はまだ一点に集まっていた。


揺れない影。

読みの入口がない影。


だが紗佳は、

胸の奥の痛みを抱えたまま席についた。


(痛い……

 でも……逃げない……

 これが……私の茨……)


朔夜が静かに言う。


「霧島紗佳。

 影の底に落ちても……

 まだ打つのか。」


紗佳は牌を引き、

震える指で一打を置いた。


「……打つよ。

 痛くても……

 揺れてても……

 これが……私の麻雀だから。」


朔夜の目がわずかに揺れた。


迷宮の中心を抜け、

影の底に落ち、

深度の二層を抱え、

痛みを刻み、

それでも紗佳は打ち続けた。


揺れと痛みを抱えたまま。



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