第18話「影の崩壊」
華の一打を咲かせた紗佳は、
胸の奥が少しだけ軽くなったのを感じていた。
揺れはある。
深度は震える。
痛みは残っている。
だが──
逃げない。
(咲いた……
私の華……
でも……
まだ終わってない……)
朔夜は紗佳の華を見て、
わずかに目を細めた。
「霧島紗佳。
華を咲かせるとは……
見事だ。」
紗佳は震える声で言う。
「……痛くても……
揺れてても……
咲ける……
それが……私の麻雀だから。」
朔夜は静かに頷いた。
だが──
その目は、まだ勝負を終わらせる気がなかった。
朔夜は牌を引いた。
その手つきは柔らかい。
だが、切り順は──
迷宮とは違う“歪み”を持っていた。
字牌 → 中張牌 → 端牌 → 字牌
鳴き → 手出し → 鳴き → 手出し
(……迷宮じゃない……
でも……読めない……
影が……揺れない……)
朔夜の影は一点に集まったまま、
揺れも散りもせず、
ただ静かに紗佳の深度を揺らす。
章仁が静かに言う。
「霧島。
霧谷総合には“第二迷宮”がある。
迷宮の中心を抜けた者だけが見る……
もう一つの迷宮だ。」
紗佳は息を飲む。
(第二迷宮……
そんな……)
朔夜は静かに言う。
「霧島紗佳。
華を咲かせたのは見事だ。
だが……
第二迷宮は、華を折るためにある。」
紗佳の胸がざわつく。
(華を……折る……
そんな……)
朔夜の打牌が続くと、
紗佳の胸の奥で、
揺れが逆流し始めた。
(っ……!
揺れが……逆流してる……
深度の第二層が……
痛みと混ざって……
暴れてる……)
揺れは痛みを刺激し、
痛みは深度を震わせ、
深度は影を揺らし、
影は読みを崩す。
紗佳の指先が震える。
(読めない……
痛い……
揺れる……
咲いた華が……
揺れてる……)
京一郎が背後から言う。
「紗佳!
揺れを抱えろ!
痛みを抱えろ!
華を守れ!」
紗佳は深呼吸し、
胸の奥の揺れを抱えようとする。
だが──
第二迷宮は容赦なく紗佳を飲み込んだ。
朔夜の影が一点に集まり、
揺れが完全に消えた。
揺れない影。
読みの入口がない影。
紗佳は影を読むことも、
影を軽くすることもできなくなった。
(影が……止まってる……
揺れが……ない……
華が……揺れてる……
崩れる……)
朔夜が静かに言う。
「霧島紗佳。
華は……揺れの出口だ。
揺れが消えれば……
華は崩れる。」
紗佳の胸が締め付けられる。
(華が……崩れる……
私の……咲き……
消える……)
武流が控え席から叫ぶ。
「霧島!
痛みを抱えろ!
痛みを刻め!
茨を忘れるな!」
紗佳は震える指で牌を引く。
(痛い……
揺れる……
でも……
抱える……
私……)
だが、第二迷宮は紗佳の痛みをも飲み込んだ。
朔夜の打牌が続くと、
紗佳の深度が崩れ始めた。
浅い層が揺れ、
深い層が震え、
痛みが刺し、
華が揺れ、
影が崩れる。
(深度が……崩れる……
影が……壊れる……
私……)
章仁が静かに言う。
「霧島。
深度が崩れる時……
影は“底”に落ちる。」
紗佳は息を飲む。
(影の底……
また……落ちる……)
朔夜は静かに言う。
「霧島紗佳。
華を咲かせた者だけが……
影の底に落ちる。」
紗佳の胸が痛む。
(咲いたから……
落ちる……
そんな……)
紗佳の胸の奥が、
深度の第二層ごと落ちていく感覚がした。
(落ちる……
深い……
暗い……
痛い……
怖い……)
影の底は、
迷宮より深く、
痛みより重く、
華より脆い。
紗佳は震える。
「……怖い……
影の底……
また……落ちる……」
京一郎が背後から言う。
「紗佳!
影の底は……
お前の“記録”だ!
逃げるな!」
紗佳は涙をこぼす。
(逃げない……
逃げない……
でも……
怖い……)
朔夜が静かに言う。
「霧島紗佳。
影の底で泣くのは……
悪いことじゃない。」
紗佳は震える声で言う。
「……泣いてる……
怖くて……
痛くて……
揺れて……
華が……崩れて……」
朔夜は優しく言う。
「それでいい。
影の底は……
泣く場所だ。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(泣いていい……
影の底で……
泣いていい……)
深度が崩れ、
痛みが刺し、
揺れが逆流し、
華が揺れ、
影が底に落ちる。
紗佳は震える指で牌を引いた。
(崩れてる……
全部……崩れてる……
でも……
打つ……
私……)
朔夜が静かに言う。
「霧島紗佳。
崩れても……
打つのか。」
紗佳は涙を流しながら言った。
「……打つよ。
崩れてても……
痛くても……
揺れてても……
華が折れても……
影が底に落ちても……
打つよ……
これが……私の麻雀だから……」
朔夜の目が揺れた。
章仁が静かに言う。
「霧島。
崩壊の中で打つ者だけが……
核に辿り着く。」
紗佳は息を飲む。
(核……
私の……)
◆
終局直前。
紗佳は最後の一打を引いた。
胸の奥が震える。
影が揺れる。
深度が崩れる。
痛みが刺す。
華が折れる。
だが──
逃げない。
(崩れてる……
でも……
打つ……
私……)
紗佳は静かに一打を置いた。
朔夜の影がわずかに揺れた。
朔夜が静かに言う。
「……霧島紗佳。
崩壊の中で打つ者は……
強い。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(崩れても……
打てる……
私……)




