第14話「揺れる影」
迷宮の中心に辿り着いた紗佳は、
静かに息を吐いた。
(揺れてる……
でも……怖くない……
迷宮は抜けた……)
だが、迷宮を抜けたからといって、
霧谷総合が止まるわけではなかった。
朔夜は、迷宮の中心を見せた直後、
まるで別人のように打ち筋を変えた。
切り順が整い、
鳴きが止まり、
影が一点に集まる。
(……迷宮じゃない……
これは……)
章仁が後ろから静かに言う。
「霧島。
迷宮は“入口”だ。
霧谷総合の本質は……ここからだ。」
紗佳は息を飲む。
朔夜の影が、
一点に集まったまま動かない。
揺れない。
散らない。
軽くも重くもならない。
(……影が……止まってる……
こんなの……初めて……)
影が止まるということは、
読みの“揺れ”が一切発生しないということ。
影を読む紗佳にとって、
これは迷宮よりも恐ろしい。
朔夜が静かに言う。
「霧島紗佳。
迷宮を抜けたのは見事だ。
だが……影の底は、もっと深い。」
紗佳の胸がざわつく。
(影の……底……?
深度の……さらに下……?)
朔夜は牌を引き、
まるで“無音”のように牌を置いた。
その瞬間──
紗佳の影が大きく揺れた。
(っ……!
揺れた……
深度が……震えてる……)
浅い層ではない。
深度の“第二層”が揺れている。
章仁が低く言う。
「霧島。
影の深度は一層じゃない。
お前の影は……二層ある。」
紗佳は目を見開く。
(二層……
私の影……そんなに深いの……?)
朔夜の打牌は、
紗佳の影の第二層を揺らし続けた。
揺れは波のように広がり、
胸の奥がざワつき、
指先が震え始める。
(読めない……
迷宮より……読めない……
影が……揺れすぎて……)
影を軽くしようとするが、
第二層の揺れは軽くできない。
浅い層は軽くできる。
だが深い層は揺れ続ける。
(軽くしても……
奥が揺れる……
どうすれば……)
朔夜が静かに言う。
「影を読む人は、
影の底に落ちると……迷う。」
紗佳は唇を噛む。
(迷ってる……
影が……揺れすぎて……
読みが……崩れる……)
京一郎が声を張る。
「紗佳!
影を軽くするんじゃない!
“揺れを抱えろ”!」
紗佳は震える指で牌を引く。
(抱える……
揺れを……抱える……
怖い……
でも……)
胸の奥の揺れを感じる。
逃げずに、受け止める。
(揺れてる……
でも……逃げない……
これが……私の影……)
だが揺れは止まらない。
終盤に近づくにつれ、
朔夜の影はさらに深くなった。
影が一点に集まり、
揺れが消え、
静寂が卓を支配する。
(影が……止まってる……
揺れが……ない……
読めない……)
影が揺れないということは、
読みの“入口”が消えるということ。
紗佳は影を読むことも、
影を軽くすることもできなくなった。
(影が……崩れる……
深度が……壊れる……)
朔夜が静かに言う。
「影を読む人は、
影が止まると……崩れる。」
紗佳の胸が締め付けられる。
(崩れる……
私の影……
私の読み……
全部……)
京一郎が叫ぶ。
「紗佳!
影を読むな!
影を軽くするな!
深度を抱えるんだ!」
紗佳は震える指で牌を引く。
(抱える……
揺れを……
深度を……
怖い……
でも……)
影が揺れる。
深度が震える。
読みが崩れる。
だが──紗佳は逃げなかった。
休憩時間。
紗佳は控え室で膝を抱えていた。
影が揺れすぎて、
胸の奥が痛い。
京一郎が隣に座る。
「紗佳。
影が揺れるのは……悪いことじゃない。」
紗佳は顔を上げる。
「……揺れすぎて……
読めなくて……
怖いよ……」
京一郎は紗佳の手をそっと握る。
「紗佳の影は……深い。
二層ある。
揺れが大きいのは……
それだけ“記録”があるってことだ。」
紗佳の胸が熱くなる。
「……記録……?」
京一郎は頷く。
「紗佳の影は、
今までの全部を抱えてる。
負けた時の揺れも、
勝った時の揺れも、
迷った時の揺れも……
全部、影の深度になってる。」
紗佳は涙が滲む。
「……そんなふうに……
見てくれてたんだ……」
京一郎は優しく微笑む。
「紗佳。
揺れていい。
揺れた影を抱えたまま打てるのが……
お前の麻雀だ。」
紗佳は静かに頷いた。
(揺れてる……
でも……抱える……
これが……私の影……)
対局室に戻ると、
朔夜の影はまだ一点に集まっていた。
揺れない影。
読みの入口がない影。
だが紗佳は、
胸の奥の揺れを抱えたまま席についた。
(揺れてる……
でも……逃げない……
これが……私の影……)
朔夜が静かに言う。
「霧島紗佳。
影の底に落ちても……
まだ打つのか。」
紗佳は牌を引き、
震える指で一打を置いた。
「……打つよ。
揺れてても……
これが……私の麻雀だから。」
朔夜の目がわずかに揺れた。
迷宮の中心を抜け、
影の底に落ち、
それでも紗佳は打ち続けた。
揺れを抱えたまま。
長編疲れる~




