第11話「影の深度」
支部大会前日。
蒼陵南高校の部室は、いつもより静かだった。
窓から差し込む光が卓を照らし、
その上で霧島紗佳の指がゆっくりと牌を滑らせていた。
(影を軽くする……
深呼吸して……
指の震えを抑えて……)
だが、牌を触るたびに胸の奥がざワつく。
影が揺れる。
軽くしたはずなのに、奥のほうが波打っている。
(なんで……
軽くしてるのに……
揺れが止まらない……)
扉が開く音がした。
章仁が入ってきた。
いつもの落ち着いた目で紗佳を見つめる。
「霧島。
影を軽くするだけじゃ勝てないぞ。」
紗佳は手を止めた。
「……軽くするだけじゃ、ダメなんですか?」
章仁は卓の向かいに座り、
牌を一つ手に取って言った。
「影には“深度”がある。
浅い影は軽くできるが、深い影は揺れ続ける。
お前の影は……深い。」
紗佳は息を飲む。
(深い影……
だから揺れるんだ……)
章仁は続ける。
「影が深いほど、揺れは大きい。
だが深い影は、強さにもなる。
揺れの記録が深いほど、読みの幅が広がる。」
紗佳は胸の奥が熱くなる。
(影は弱さじゃない……
私の記録……)
その時、京一郎が部室に入ってきた。
「紗佳。
影を軽くするのは大事だ。
でも深度を理解しないと、支部大会では崩れる。」
紗佳は拳を握った。
「……影の深度、か。」
章仁が卓に牌を並べる。
「霧島。
影の深度を試してみろ。」
紗佳は頷き、牌を引く。
影を軽くする。
呼吸を整える。
だが──
牌を置いた瞬間、胸の奥が揺れた。
(……揺れた。
軽くしたのに……)
章仁は静かに言う。
「深度が揺れている。
浅い影は軽くできるが、深い影は揺れを抱えたままだ。」
紗佳は唇を噛む。
「じゃあ……どうすれば……」
章仁は牌を置く。
「深度を“知る”ことだ。
影の揺れを否定するな。
揺れを感じて、受け入れろ。」
紗佳は目を閉じた。
(揺れを……受け入れる……
怖い……
でも……)
ゆっくりと牌を引く。
影が揺れる。
だが逃げずに、その揺れを感じる。
(揺れてる……
でも……前より……怖くない……)
章仁が頷く。
「それが深度だ。」
練習が終わると、京一郎が紗佳の隣に座った。
「紗佳。
影の深度は、弱さじゃない。
お前の影は……俺がずっと見てきた影だ。」
紗佳は京一郎を見る。
「……京ちゃん、私の影……わかるの?」
京一郎は少し照れたように笑う。
「紗佳が影を軽くした時、
指の震えが止まる瞬間がある。
あれが深度の“浅い層”。
でも奥の揺れは……ずっと前から知ってる。」
紗佳の胸が熱くなる。
(京ちゃん……
そんなふうに……見てくれてたんだ……)
京一郎は続ける。
「支部大会では、影の深度が試される。
霧谷総合も、無音寺も、蒼陵中央も……
影を揺らす打ち方をしてくる。」
紗佳は拳を握る。
「……揺れても、負けない。」
京一郎が微笑む。
「それでいい。
揺れた影を抱えたまま打てるのが……紗佳だ。」
部室を出る前、紗佳はもう一度卓に触れた。
影が揺れる。
深度が震える。
だが──
逃げない。
(揺れてる……
でも……これが私の影……
私の麻雀……)
支部大会前日。
紗佳は初めて、
自分の影の“深さ”を受け入れた。




