ー参拾壱ー「夏の終わり 其の壱」
ぎりぎり十一月中の投稿です。次もなんとか一か月以内に投稿したい所存です。
今回はノーサイドが多くあります。今後は増えていくかもしれません。
今回はベタなノリが大量です。
「…して、あの子等は如何しておるのじゃ?」
「はい。鵲殿、高砂殿の両名は其の実力を伸ばし、五の隊も其の実力を認め、此の頃は鍛錬に交ざる事も多い模様です。折霜殿も時雨殿を始めとして女性陣との手合わせも増え、就永殿と共に交流も深まっているそうです。日暮殿は…調べ物というものにはあまり著しい進歩は無いそうですが、彼の手伝いで文官の仕事も非常に捗っているようで、阿古辺殿を休憩させられる機会も増え、文官の中には彼を正式に文官として引き入れたいという声も上がっております」
「そうか…。して、あの子等は此の都に留まるかのう?」
「其れは…いえ、自分の口から不確実な事は言えません。近い内に彼等に御伺いを立てておきます」
「うむ。…儂としては、あの子等には此の都にいて欲しい心内なのじゃが…其れも、あの子次第。
………其れはそうとして」
「はい?」
「花火、楽しみじゃの」
「…そうですね」
※ ※
「は…花火、大会?」
「そう」
見上げると、真継さんは楽しそうだった。
銀家の誕生会でクラッカーを作ろうとした時にも、翁が言っていたのを思い出す。もうすぐ花火大会だから、火薬を無駄には出来ない、と。
「夏の最後に藤姫様へ献上する盛大な花火を、九・十二・十三の隊と鍛冶屋、更に人手として六の隊が協力して打ち上げるのさ。
酒の酔った鍛冶屋がふざけて作った花火を大通りの真ん中で打ち上げ、其れを見た当時の城主が大層お気に召したというのが始まりだと言われているけど、今じゃ、盛り上がりの少ない裏が表に勝てる数少ない重大な行事なんだよ」
へぇ、と興味を寄せながら焼き鳥を口に含む。
馴染みとなった大五郎茶屋で、さえちゃんと二人、外の長椅子で座っているところで真継さんと会った。
隣で白猫のシロと戯れているさえちゃんも気になる話なんだろう、ちらちらと目を上げていた。
「だ、だから、何時も…人の多い、ま、前の通りが、少ないん…ですね」
「此処じゃ、城が遮って花火は見れないからね。後ろの大通りは危ないって事で花火を見るのに留まるのは制限されているから、横に広がる大通りに人が集まっている筈だよ」
城の大きさで、此方の通りからは何も見えない事は見た事の無い僕にも予想出来た。まだ日も落ちていない時間でありながら、其の影響は目に見える形で出ていた。
しかし、通りには店ばかりで一日なれど、客を取られて黙っていられるものではない。少しでも客の気を引こうと夏祭りのような出店をしたり、一日だけの品を出している店もある。
大五郎茶屋も今日だけのメニューで客引きをするそうだ。
…と、僕は真継さんをじっと見て、おずおず訊ねた。
「…ま、真継さん……九の隊、の、た…隊長です、よね?」
「そうだね」
「…な、ぜ、此処に?」
真継さんはとても爽やかに答えてくれた。
「平気平気。俺の隊は優秀だから、俺がいなくても上手くやってくれるよ」
僕は悟った。
………あ、此の人、サボったな。
※ ※
ノーサイド
「ま゛ぁぁな゛継このや゛ろ゛おぉぉぉぉっ!」
ビリッ
「あ、破いた」
「如何する?」
所は変わって、花火の発射予定場。
真継の隊の優秀な隊員、梓 東人が怒りを爆発させ、其の勢いで花火大会用の計画書を破いてしまった。怒らせた当人が此処に居ないので彼の怒りは留まる事を知らない。
幾つかの隊による主催とはいえ、都に影響の大きい大会である故、殿より応援でやって来た他の梓きょうだい(遥良を除く)一同及び其の更に手伝いの夜明は離れた所でたった一つの計画書が破かれるのを止められなかった。
「兄者、其れを破かんでくれやー」
「はっ…しまった」
「兄者……作業に手が付かんというのなら、葛飾の兄者を追いかけては如何だ?」
「そうだな…ちょっくらあの馬鹿をひっ捕らえてくるわ」
東人は信頼の厚い自らのきょうだいに手を一度振り、走り去る。
其の跡には、破かれた計画書。弦作とみこは地面に散らばった其の破片を摘まんだ。
「此れは此れで、見れなくはないですけど…」
「みっともないから、紐で括るか、糊ではっ付けましょ」
傍らでは、夜明が緒と共に東人の去った方向を眺めていた。
「真継さん…って他じゃ真面なのに、なんで自分の隊に関してだけだらけるんだろうね…」
「ううむ…兄者を信頼して頂いてる事は昔から感謝しているのだがな…」
「ほんと…お兄が御免なさい…」
関係の無い真継の妹、駒は不甲斐無い兄の代わりに辟易とした面々へと頭を下げた。
花火の準備の間、様々に問題は付き纏った。
「お~こっから火の御花が空に打ち上がるのか~」
と、十二の隊隊長の大河は花火を打ち上げる筒を覗き込む…込み過ぎて頭から筒が外れなくなった。
「誰よ!?大河から目を離した馬鹿は!?」
「ごっ御免なさいっ!」
嵌まった事に気が付いた大河は顔を上げる。首の筋力でも強いのか、持ち上がりそうにない筒がじめんから浮き上がった。
「取って~」という感じの声が筒越しに「もご~」と変換される。何を言いたいのかも分からず、筒もぶんぶん振り回しているので、誰もが遠巻きにする。
「大河さん、取ってあげるから其処から動かないでっ!」
すかさず、みこが弦作を伴って筒を外しに掛かる。中からは「ありがと~」らしい声がしたが、外からは「うごご~」としか聞こえなかった。
「緒、此れを見てみろっ!!」
呼ばれた緒は声の方向に振り返り、そして顔を引き攣った。
「どうだ、俺の此の渾身の一作!!」
声を掛けた十三の隊隊長の渡の後ろには、ドドンと大きな、半径が二メートル以上は有りそうな花火の玉があった。
「此れを打ち上げて爆発させりゃあ、更に中に仕込んだ玉が散らばって爆発する寸法だ。
思いっ切りド派手な花火になるぞ!!」
「馬鹿を言うなっそんな大玉を打ち上げられる発射台なんぞある訳が無かろうがっ!此処等一帯を火の海にでも沈めるつもりか!?」
緒が思いっ切り突っ込んだところで、追いかけてきたらしい鍛冶場の翁が大玉の後ろから現れ、渡の頭をぶっ叩いた。
「こぉんの愚か者が!此のような使いようのないものを作り寄ったからに。火薬を無駄にするなと何度も言ったじゃろっ」
心底怒った様子の翁を前に、渡はぶっ叩かれた頭を労わるように擦る。
「痛って~…あんたは俺の爺かよ。無駄にゃあしてねぇって。中を裂けば、大量に小玉が入ってるってば」
なら早く解体せんかと言う翁に此れ以上御怒り言葉を募られないように、しぶしぶといった動きで大玉に手を掛けた渡。
中身を包む大玉の外の殻はパッカリ二つに分かれており、粘着な紙を用いてくっ付けているので、此れを取れば簡単に解体出来る。
其の紙の端が大玉の頂上にあったので、渡は側面から登ろうとした。
「お?」 「ん?」
渡は自分の身を預けている大玉が傾いている事に気が付いた。だがしかし、もう遅い。
大玉は渡の体重が加わった事により、前に転がり始めたのだ。
「大馬鹿もんがぁ!!」
「わっわっわわっ」
翁が叫んでも止まる事はない。押し潰されないように渡は表面を必死に這い、此れが転がる大玉のスピードを上げた。
大玉は緒の方へ迫ってくる。
避ける事も出来るが、緒は敢えて避けようとはせず、足の幅を広げて腰を落とし、重心を下げた。
大玉との距離はもう五歩も無い。
「…ふんぬっ!」
一歩も無い距離の大玉に両手を添えて、押し返す。
地面には足を引き摺った跡が残ったが、やがて大玉は静止した。
「ふぉ~あーぶなかった~…」
大玉の上から渡が顔を出す。今は緒が抑えているので、大玉の上でも渡は自由に動いても転がる事はない。
「なぁ緒、やっぱ侍に成って、俺の隊入ってくんね?」
「入らん。俺は文官一筋だ」
ぶれねぇなぁとぼやきながら、渡は紙を剥がし始めた。
夜明は作業を手伝いながら、俯瞰していた。
てんやわんやと騒ぎが起き、走る梓きょうだいの、なんと面倒見の良い事か。
また一つ、低い、緒だろう叫びを夜明は耳にした。次から次へと、色々な事が起きる所為で、主である筈の準備は時間の割に進んでいないのは気の所為とは思えなかった。其れもまた、自分の感性を飽きさせないから良いと感じる事に、己の難儀さを夜明は内心感じていた。
「はいはい、きびきび働けー」
特に仕事が捗っているように見えるのは、何故か、主催の隊ではない六の隊。
確かに六の隊は侍だけでなく罪人も動員し人手は多く、隊長の百済が比喩では収まらないくらいに目を光らせ、問題も今の今迄怒っていない為、順調とは言える。
ただし、隊長は地面に敷いた人の上に乗って、隊員及び罪人は総じて青白い顔色で身体は絶え間無く震えているが。
首を突っ込んではいけない。隊には隊毎の事情があるのだと自分に言い聞かせ、眼を逸らそうとした夜明の眼中で今、一人の罪人が手の荷物を落として中の物を全部散らしてしまった。
待ってましたとばかりに、百済は笑みを深めた。
「…君は何をやっているのかね?そう云えば最近、釜茹で地獄というものを知ってだね…」
問題の無かった其の隊までも不穏な雰囲気を纏い始める。今迄順調に進んでいたなら其の儘進めてくれよと夜明は思った。
面倒見の良い梓きょうだいは出張らっている。此処であの隊を止めないと、作業そっちのけで口にされた〈釜茹で地獄〉とやらを実行されそうな予感が六の隊をよく知らぬ夜明にも漂った。
此れは僕が止めなきゃならない、使命感を感じた夜明は六の隊へ走りながら思った。
此れ、間に合うのかなぁ……。
ノーサイド エンド
※ ※
ノーサイド
自分と向かい合った人物を想定し、構えを取る。
白夜は息を整えると、距離を詰め、顎を手の腹で打ち抜き、相手が思考を取り戻すよりも早く腹に蹴りを入れる。
想定の中で吹っ飛んだ相手は地面の転がった先で体勢を立て直し、即座に低い姿勢で飛び込んでくる。
安易に足を出せば相手の攻め手を増やし相手も予想しているだろうからハイリスク、手を出せば後々に優位を相手に譲る事になる。既に優位は相手にあるかもしれない。
此処は一度引くか、それとも相手の動き迄待つか。しかし、後者ではこうして相手取っている事に意味が無くなってしまう。
此処はやはり、と、白夜は少し足を浮かせた。
「お~?白夜、一人で組手してんのか?精が出るな~」
自分の思考に更けていた白夜は思ってもいなかった飛び込んだ声に、思わずよろける。
目の前にいたような気がした相手は消え、傍を通る廊下には五の隊の隊員の瓜助が汗を拭いて立っていた。
「瓜助か…驚かせないでくれよ…」
「そりゃあ気を配れていない証拠だな。一人の敵ばっか注意してると、後ろから別の敵で御陀仏だぜ」
何も言い返せないので、白夜は頭を掻く。
次からは乱入パターンでも検討してみるかと考えを巡らせた白夜に瓜助は何かを投げた。ふわりと手に渡ったのは手拭いである。
「汗掻いたろ。其れで拭けよ」
「…其の頭の手拭いは何なんだ?二枚も持つ必要ないだろ…」
「此れは俺専用。其れは貸し出しても良いやつ。俺もさっき迄先人に相手してもらってたから少し汗っぽいが、拭う程度なら丁度良いだろうよ」
確かに湿り気はあるが、白夜は其れに構わないでありがたく使わせてもらう。
「で、御前自身は如何なんだ?俺にしたら良い動きだと思ったけど」
「いや、今みたく人がいないなら理想通りに動ける。が、実際となると…躊躇がやっぱ出て、一歩遅れる。致命的……だろうな」
侍が主に対峙するのは鬼であり、其処に人相手の問題点は介在しない。都では悪漢やただ飯屋、山賊など人間を相手にする案件がないわけではないものの、相手から攻撃されたのであれば白夜の土俵で負ける事はない。此の二つを踏まえて、誰が見ても白夜の悩みはさして問題がないように感じられるものだ。
しかし、一度は鬼にやられた白夜にとって、自分からの攻撃した時本来の力が発揮出来ない事は死活な問題であった。
綺麗事にも、幾ら其の為の理由があっても何であれ傷付ける事は白夜の心にはきつい事だった。優しく思う事、其れが鬱陶しく感じる日が来るとは思っていなかっただろう。
「ま、焦りなさんなよ。必要だったら俺も相手になるからよ」
「あぁ、其の時は頼むぜ」
「瓜の、白の」
彼等を呼び掛ける声が一つ。
其の声の主は見ずとも二人には直ぐに行き着いた。瓜助は然も呼ばれた事が嬉しいという風に声の方向に顔を向けた。
「春人たいちょっ…」
「う」が出ない、いたのは確かに彼の隊の隊長である春人であるし、其処にいる事も間違いではないのだが、姿を見た瞬間に言葉が吹っ飛んだ。
「花火の場所取りだ。行こう」
表情は普段通りだ。(  ̄ ∪  ̄ )から表情の変わらない十二の隊の隊長よりは動くにしろ、日々余裕ある洗練とした表情だというのに彼を見た二人は思った。
なんだあの、溢れ出るわくわくとした気配は。
こころなしか、花火の御供らしい徳利も一回り大きい。
「凄く…楽しみ、なんですね…隊長」
「ああ、楽しみだ。早く見たいと思っている」
「場所取り、早くないすか…?」
「場所取りは早ければ早い程良い。良い場所を取られては花火の味が薄くなるからな。行くぞ」
此れ以上の問答は時間の浪費だと、春人はせっつく。
白夜は瓜助を見た。瓜助も白夜を見た。
「春人隊長が此処迄の花火好きだとは…初めて知ったよ」
向かった先でも多少は体を動かせるだろうと、白夜は切り上げて廊下に上がる。見届けた春人が背を向け、すたすた先へ行ってしまう。
其の背中には変わらずわくわくが付き纏い、足取りも軽いので、付き添う事になった二人の表情も柔らかくした。
ノーサイド エンド
※ ※
城の西にある大通りは前に来た時よりも断然に人が多かった。其れはもう、圧倒される程に。
「うわ、す、凄い…」
「反対側の通りと分け合っているとはいえ、北の、大通り一個分の人が押しかけてるから、溢れかえるのも無理はないさ」
見る限りに人、人、人。話す話題の花火の事である人が殆どを占め、北の大通りと異なり出店をしている事はなくても、御祭りらしい楽しいムードで満ちていた。
しかし、人が多すぎて花火もよくは見れないだろう。特に僕やさえちゃんの身長だと。
「さて、何処かに見るに良い場所はあるかな?」
人を避けて、人が少なく花火のよく見えそうな場所を探す。しかしそんな場所簡単に見つからなら先に誰かが取っているものなので、此れには骨が折れそうだなと思っていると、足元でもふっと何かが掠った。毛のような、
「よっと。捕まえた」
〈うわっ捕まった!〉
しゃがんだらしい真継さんが、抱え込んだ様子で立ち上がった。腕の中には…狐。
其れで喋るという事は。
「…ま、守さん?」
〈おっ正解正解!よく分かったね!ととも君!!〉
大きく開けた口からは、狐の鳴き声ではなく、少年の声が発せられる。彼は変わらず、間違った儘の僕の名前を呼ぶ。此処まで自然に呼ばれてしまえば、此れも仇名というものなのだろうけど、こうなった経緯は未だに恥ずかしくある。
「こ、こんな処でき…狐になって、あ…危ない、ですよ。蹴…られたり、ふ、踏まれたりとか…もしもって事が…」
〈だいじょーぶ。避けるのは大の得意だからね!其れに小さくなっていた方が見つかり辛いんだよ~〉
「み、見つかり辛いって…」
何に?と訊く前に、
「クッソ狐ぇーーーーーーっ!どーーこ行きやがったーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
と、デカい声が聞こえ、其処等の人は皆声の方向に顔を向けた。
何やら、怒りが爆発した侍達が足元を重点的に何かを探しているようだった。
「…成程。場所を変えようか」
〈うん、そうしよう!〉
真継さんは守さんを抱えた状態で、人の合間を縫って進み、僕達も其の背中に続いた。
「幸ちゃん一緒に花火見よ~!」
〈…って、幸ちゃんに言ったらこんな状態〉
「駄目じゃないか。日頃から言っているだろう。こういう行事の間の十一の隊の人達を煽るような事言ってはいけないと。
彼等は幸t…幸の事が大好きだからね。今日なんかは事前に血で血を洗うような戦いの末に幸と花火を見る人員を決めたそうだから、守のやっている事は、其れを無駄にする横入り行為に相違無いんだよ」
〈ぼ~くは、友達を誘っただけだも~ん〉
守さんを追う侍達から離れた所で落ち着き、抱えた守さんを下ろして真継さんは小言を募らせるも、守さんはコーンと外方を向く。何を言っても耳に念仏な様子に真継さんも肩を落とした。
「…俺だって、…たんと花……られたら…思…けど」
俯いた真継さんが何か言っていたようだけど、小声で聞こえなかった。気にもなったけど、本能らしいものが、聞いてはいけないと警鐘を鳴らした。
「あー!守君、こんなとこにいたの!?」
僕達の方に向かって叫ばれる声に一瞬ドキッとした。でも其れは女性の声だ。
人混みを掻き分け顔を出したのは、十一の隊の隊長である幸さんだった。
「やぁ、幸た……幸」
「…真継。あんたが此処に居る時点で、物凄く今日の花火大会が不安になったんだけど」
「俺の隊員は優秀だから、心配はいらないよ」
幸さんのジト目も、真継さんは飄々と流した。其れ処か、口調は浮ついて頬の赤みが増したようにも見える。
〈もー!幸ちゃん大声出さないでよぉ!!君のところの隊員君達に見つかっちゃうじゃないか!〉
「守君、あんたも五月蠅いわよ。そんな事言っていると、ほら」
幸さんが指差した方向から誰かが先程の幸さんのように人を掻き分けこっちに向かっているような気がした。守さんは器用に狐の前足で口を押さえるが、進む人影に迷いは無さそうだ。
此れはまた逃げる準備をした方が良いかと考えている内に、彼は姿を現した。
「まぁなぁつぅぐぅ~~~~~」
「あ、此れは俺の案件だね」
鬼のような角でも生えそうな程に緑混じりの茶髪の頭に血の上った其の人は梓きょうだいの長男で、真継さんの所の曰く優秀な隊員の東人さんで。
言葉を交わして冷静に話し合うなんて無しで、東人さんは真継さんに向かっていく。しかし捕まえようとした手は空振り、勢いで真継さんの背後にあった壁にぶつかった。
「一緒に花火を見たかったけど、此れじゃ其れ処じゃないね。俺は此処で御暇させてもらうよ。其れじゃ」
片手を建物の一階部分の屋根に引っ掛けて、軽やかに屋根の上によじ登った真継さんは僕達にそんな事を言い残して、屋根を伝い此の場を離れていく。
「真継っ待てやごらぁっ!」
東人さんも、まるで壁にぶつかった事実がなかったように赤くなった顔を無視して屋根に登り、真継さんを追って行った。
そうやって彼等が離れていくのに口を挟まず見送っていたのだけど、彼等の姿が見えなくなってから、僕はある事を思いついた。
「そっか、屋根だ…!」
唐突に言い出した僕に守さん、幸さん、さえちゃん、ついでに白猫の注目が集まる中、構わずに先程真継さんが登った辺りの屋根へ飛び乗り、そして更に跳び、其の建物の二階部の屋根へ着地する。
其処から周りを見渡し、思った通りだと口元が緩んで口角が上がってしまう。
一度下に降りると、着地した傍にいたさえちゃんが首を傾げた。
「…友…?」
僕の名前を呟く彼女に、僕は笑い掛けて、
「ちょっと…ごめんね」
と断りを入れてから、返しが来る前に僕はさえちゃんを抱えて、再度屋根へと跳んだ。其の一歩で僕は一階部の屋根に乗ろうとしたのだが、若干高さが足りなかったようだ。
其れもそうかと思う。
女性を重いというのは、世間的には御法度というものだが、正直、十や二十で済む重さではないのだ。決して軽いとも言えない。高度が足りないのだって無い話では無いのだ。
さえちゃんを抱えている以上、手は使えないし、使える足場は無い。ので、仕様が無いから空中を踏んで高く跳ぶ。
此れで僕は一階の屋根に足をつける事無く、二階の屋根の上に到着した。
「…あんまり屋根の上から花火を見ようって考える人が少ない事が幸いだ。…此処なら、ゆったりと花火を見ていられるよ。向こうの道から見ようって人はいないから、迷惑にもならない。花火を見るには…最高の場所、だと…思うんだ」
普段じゃ有り得ないくらい口を回して、彼女に屋根の上からの景色を見て貰えるようにゆっくりと回った。
最初は戸惑っていたさえちゃんも遠く迄見える此処からの景色に顔を綻ばせてくれた。
「…うん…此処なら……花火も…よく見れて……良い…と思う………でも…」
「でも?」
さえちゃんは言い辛いのか、口籠る。
僕はほんの少し不安になりながら、次の言葉を待つ。
さえちゃんは少し落ち着かない様子で目線を彷徨わせながら、口を開いた。
「…………此の状態は…ちょっと……恥ずかしい……………」
「此の状態………!!?」
言葉の意味が分からず下を向いて、分かってしまった。
僕が無意識にさえちゃんにやってしまったのは御姫様抱っこ…男性はやる側として、女性はやられる側として、憧れる人も多いあの、かの有名な横抱きである。
気づいてからは沸騰するように顔の辺りの温度が急激に上がり、思考も彼方此方へ散らかっていく。
僕はただ、花火をよく見えそうな処にさえちゃんを連れてきたかっただけなのに、なんでこんなに顔の辺りが熱くなるんだろう。
横抱きなんてしなけりゃ良かったのにと思っても、おんぶをするのはさえちゃんが白猫を抱いているので無理だし、じゃあ猫みたく脇から抱えればいいのかといえば、其れで跳ぶのは流石に無理だ!俵みたいに抱えるのはさえちゃんに失礼だし、じゃあやっぱ御姫様抱っこ…!?ぁああああああ、やっぱり考えが纏らないっ!!
「ご、ごご、ごめ、、い、今下ろす…から、あ、足元ty、ちゅ、注〈に゛ゃーーー!〉わっ……シロちゃんもごめ〈に゛ゃに゛ゃーーーーーー!!〉痛っ痛いっっシ、シロさん!?」
てめぇさえちゃんに何やっとんじゃーとでも言うように暴れる白猫さんに、さえちゃんを下ろしてさえいない僕は手を出せず、諫めようと名前を呼べば、此れが逆効果。
鋭く出された爪が当たらないようにするのに必死で、ニヤニヤ顔で見上げてる二人に、其の顔止めてくれという余裕は一切なかった。
※ ※
ノーサイド
一方で、白菊はとても困っていた。
「むぅ…今日が花火大会だったなんて」
道理で、祭りのように店は出てるし、妙に品は安いし、何時もより人が少ないわけだと納得した。と、同時に、一人で花火を見るのもどうか、という気持ちが白菊の中で湧き上がった。だから誰か一緒に見れないかなと思ったのだけど、当日ではどんな事でも既に遅いという事は経験則においても白菊は分かっていた。
此れなら一人で城を出ずに友とさえと一緒に居ればよかったと、白菊は自分の行動に二人を振り回すのはちょっと…なんて考えていた過去の自分を叱りたくなった。
一縷の望みを賭けて大五郎茶屋を訪ねてみたものの、二人はおらず、琴も店の事があり断られたしまった。きっと、此の都で二人を探し出すのは至難の所業だろうと、合流を諦めた。
こうなれば、多少気に喰わないが殿にいるだろう白夜を誘ってやると殿に戻る道の最中、白菊はぼんやり空を見ながら昔を思い出していた。
元々の世界では、花火は幼馴染としか見ていなかった。
物静かでマイペースな少年とお母さんのように怒っては世話を焼く少年。そんな二人と見るのが普通で、こんな風に人を誘うなんてなかったと思うと、花火の下、おかんな幼馴染をマイペースな幼馴染と困らせていたことさえ懐かしく感じる。
其れを思い出したからなんだろう、目と鼻の先の小路から出てきた人影にマイペースな方の幼馴染の姿を幻視してしまったのは。
「っ!し…」
「ん?あれ、其処にいるのは白菊さん…っすか?」
「…ぜ、蝉さん」
振り返った彼は、マイペースな"静"によく似た姿の、しかし其の性質は"動"である、幼馴染でも何でもない自分より年が上の青年であった。
ノーサイド エンド
後半に続き、其の次から秋となります。其処迄いけば話も大分動く…と思いたい…!




