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歌奏和伝  作者: 自由のメガネ
進歩の夏
34/65

ー参拾ー「痛み消えぬ因縁」

レポートを生贄に最新話を召喚!!

世間はHalloweenだの、渋谷大混乱だの色々あるようですが、私は十月以内に新しい話が書けて満足です。

たとえ見てる人がいなくともっ!!

前回きれそうなところで切りましたが、今となっては切るところを間違えたような気がします。長い。

「丁度良いさ!おまい等も手伝うさ!」




 ある山賊の頭領が子分の手により逃げ出したとの事で、其の逃走も子分が手助けをし、至る所で行く手を阻

む子分と侍の抗争の音が聞こえる。幸いというべきか、僕達はまだ道を遮られる事無く走り続けていた。

 とはいえ、其の逃走者とやらは、一向に其の姿が見えない。


「ほんっとに、こ、こっちで合ってる…の?!」


「知らんさっ!でも奴等とぶつかってる音はこっちに近付いて来てるさ、だから近い所にはいる筈さ!とにかく走るさ!!」


 小路を走りきり、少し広めの通りに躍り出ると、見える所向こうの方に大の男が走っているのが見えた。


「あいつさ!」


 目標を見つけて、足早に近付く。距離か縮まれば、流石に気付かれてしまった。


「ちっくそっっ…お前等っ!!」

「「「「「へい親分!!」」」」」


 逃走車の男は走る速度を速めて、男の通った道を、何処に隠れていたのか、五人の柄の悪い男は遮った。

 邪魔な彼等に、時雨さんは刀に手を掛けるが、東さんが其れを制した。


「おまい等!」


 東さんの言葉に反応して、「「はっ」」と力強い返事を返し、同行していた二人の侍が前に出る。

 五人の男はそれぞれの得物を頭上から振り被るが、侍達はそれぞれが持つたった二振りの刀で、其の行く手を阻んだ。


「此処は俺達に任せて下さいっ!」


「ありがとうございますっ!!」


 空いた間を通り抜けて、僕達は男を追った。




 男は割かし、足は速くないようだ。手下の妨害は手強かったけど、今男を追っている僕達を止める手下が現れない辺り、其の手も尽きたと言っても良いだろう。

 捕まえるのも時間の問題…だと思ったんだけど。


「向こう、なんか騒がしくない?」


 走る最中で、白菊さんが気が付いた。

男の少し先に人が多く集まっているのが見える。まだ大通りにも出ていないから人が多い筈がないんだけど。


「おい、また《右降守》の隊長がやらかしたらしいぞ」

「なんでも刀を思いっ切り建造物の柱にぶつけたら、勢い余って其の儘倒しちまったらしい」

「子供達に剣舞をせがまれたんだと。倒れる時、子供達は逃がして、巻き込まれたのは隊長殿だけのようだ」


「「「ま、あの人なら大丈夫だろっ!」」」


 《右降守》とは十二の隊の別称。其の隊長は五月雨さんだ。

近づくと、大きい声の会話なら耳に届くようになり、大体の事は把握出来た。


「「何やってんの、あの人!?」」


 

 おおっと、叫ぶという事は、白菊さんも何時の間にか五月雨さんと知り合っていたんだな。うん、叫びたくもなる。

そうこうしている内に、男は人の集まる中に入り込み、姿が見えなくなった。


「まずいさ…!俺等も入るしかないけど、こりゃあ見失うかもさ」


 悪気が一切無いのは知っているけど、余計な事を仕出かしてくれた五月雨さんを恨めしく思った。




 大分傍に来た頃には、もう此の中に突入する事は決定していたんだけど、


「ひ、東さん」


集まる大衆の頭上に目を向けて、僕は別の道に賭けをしようと考えた。


「何さ?」


「少し…跳びます(・・・・)っ」


「え、ちょ!?」


 説明を一切せずに、僕は地面を蹴り、近くの壁を更に蹴って其の屋根に乗った。

屋根を伝い、其のギリギリまで。上からは何の障害も無く、大勢の人に囲まれる中で倒壊した建物から這い出てきた五月雨さんも、人を退かしながら進む逃走者の男の姿もよく見えた。


 僕は男の方へ足に力を強く入れて、力の限りに大衆の真上へ身を放り出した。


「跳んださ!」


「友何やってんの!?あれじゃ、沢山の人の上に落ちて迷惑を掛けるだけじゃないっ」


 東さんと白菊さんの声が聞こえる。僕に気が付いた人の驚いた顔が見える。

 二ヶ月くらいの間、特に鍛え続けた脚力を以ってしても、人の集まりの幅の半分より少し先までしか届かなかった。此の儘なら白菊さんの言う通り、大衆ダイブ確定だ。


 されど、脚力を鍛える修行と共に試し続けて、先日御披露目した、僕のとっておきに全てを賭けた。

 僕は落ち往く自分の前を見据えた。其れは大衆の誰かを見ていたのではない。其の何も無い空間を。


其処には空気が存在する。其処には物、否、概念が存在する。其処には質量が存在する。


ならば、踏む事だって可能な筈だ……!



「跳べっっ!」



 僕は其の何も無い空間を踏みつけた。通り過ぎる筈の場所で、確かな感触を感じた。僕を見ていた人の更に驚いた顔が見える。

 僕は足に感じた感触に知らず知らずの内に笑みを浮かべ、其処には存在しない地面を使って飛び上がった。


「もっかい跳んださ!!」


「え、え…?人を踏んだわけじゃないのよね…友、どうやって…」


 後ろから驚きの声が届くけど、僕はまだ此れ以上空中を蹴る事は出来ない。しかし、逃げる男の背中に届いた。

飛び込むように体を傾かせた。そして手を伸ばし、あと少しで触れていたのに、男は何を感じたのか、後ろを振り返ってしまった。


「あ」


 時既に遅し。

振り返った拍子に体の方向も変わっており、僕は男の直ぐ横の空間を通って、ずさっと地面を体全体でスライディングした。


「っつ、っぶねぇ間一髪だったぜ」


 逃走者の男は俯せの僕を鼻で笑い、前方に逃げた。

 あれで捕まえられたら恰好良かったのにと服に付いた土を払いながら心の中でごちて、後ろを見る。白菊さん達と一緒に走って此処まで追ってきたけど、今三人共待っていたら男を見失いそうだった。

 僕は多分誰も聞いてないだろうに、「先に行きます」と一言置いていって、たった一人で男を追う事にした。





 前にも一度、食逃げ犯をとっ捕まえようと追った事があった。あの時は差も埋めるに埋めれず、最後は鬼に喰われた。

 今は鬼の心配はない、地面にダイブして一度離れた距離も、もう詰まった。あの時のようにならないという心の余裕のある僕に対し、


「っどけっっ」


後ろを見た男は舌打ちをし、前に立っていて邪魔だった男の肩を押した。


 肩を押された男は素直に退いた。其の口を小さく開いて。


「『天地の 別れし時ゆ 神さびて

              高く貴き駿河なる 富士の高嶺』」


 僕の耳に歌が届いて、彼を退かして逃げていた男が倒れたのだ。





 すっ転ばされたのではないのは、あの人が足を出していないのを僕自身見ていたから知っている。男が独りでに転び、起き上がらないでずっと地面でもがいている。


「如何した?捕まえないのか?」


 声に、はっとして、立つ其の人の顔をまじまじと見た。深海のような深い蒼の波立つ、天パだろう髪は時雨さん程ではないが目元に掛かり、暗い印象を受ける。

 更に、何となく見える目の色は元は違いそうな、淀んだ黒に染まり、失礼ながら死人のような男だった。

 腰には刀がある。侍のようだ。


「…あの」


 僕が其の人に話し掛けようとした其の時に、隣を疾風が渦巻いた。何だ?と僕は彼から目を離した。


ガ キ ン ッ


 高く響く二つの金属がぶつかる音。そして其の直ぐに、


「駿河ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!」


憎しみに溢れた、そんな叫び声が空気を震わせる。


 刀に刀がぶつかる。片やの刀が荒だたしく振り下ろされる。



「死んで…死んで!死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死んでっ死んでよおぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 死人のような男を本当に殺そうと刀で何度も斬りつける。見た事の無かった其の姿に僕は呆然としてしまった。



「時雨………さん…?」









「千草さんはね。とっても綺麗な声をしてるのよ!」


 何時かに白菊さんが自慢するように言っていた。僕自身、白菊さんか二三さん経由でしか会わない人で、そんなに繋がりは無かったけど、時雨さんが人前で声を出す姿に立ち会った事がなかったから、ちょっと羨ましくて、聞いてみたいと思っていた。

だけど、


「殺してやる…殺してやるぅぅぅぅぅっっ!」


だからって、こんな姿を見たかったわけではなかったんだ。

 髪の毛で見えない目も、乱れた髪の間から覗くが、血走って目の前の敵を射抜き、決して本来の彼女の目ではない気がした。


「千草さんっ!?」


「あっ天地!?なんでこんな所にいるんさ!?」


 剣戟は激しさを増し、僕が横入りする隙間は無い。やっと追いついた二人も其れは同じだった。

 しかし、激しくとも仕掛けるのは時雨さんからのみで、相対する男は全ての刃に対応しても、一切りとして攻撃には転じなかった。


「すまない。…すまない。でも、俺はまだ…死ねないんだ」


 男が苦しそうに紡いだ。

 

 男の言葉は、時雨さんに届きはしない。

 其れ処か、時雨さんは全く相手の皮一枚も斬りつけられない事に歯軋りし、後退する。此れで終わったとほっとしかけた僕達にとって、時雨さんが地面の傍で刃の向きを変えた事は、嫌な方への予感をさせた。

 彼女は息を吸い込んだ。


「『時雨とは 千草の花ぞ ちりまがふ

                何ふる里の 袖ぬら「はーい、そ・こ・ま・で」』」


 上方からの質量に負け、時雨さんの刀は地面にめり込む。

 彼女の詠おうとした歌は、あと少しの所で途切れた事により其の歌意を現す事はなかった。


「…!」


 時雨さんは自分の刀から手を離し、下がって警戒心を露わにする。新たに現れた男は素足で刀の峰に立ち、仏のような顔で微笑んでいた。


「時雨 千草隊員、そして駿河 天地(するがあまち)隊長。一体、此処で、何をやっている、のかね?」


 一言一句を聞かせるような問い掛けに、二人は返さない。向こうの男は質問がなかったように無言で、時雨さんは気まず気に俯いた。

 代わりに、背後でずさっと、地面に足を滑らせる音がする。

片足下がった東さんが顔を青褪めていた。


「………た、たた、隊長………………」



                     ※        ※



ノーサイド


「おや、御暇そうですねぇ」


 普段、友が自主修行というか、自主練というかに励んでいる場所で、何時もと同じように扇子で風も無く扇いでいた二三の下に鶴はやってきた。


「おっ鶴ちゃんじゃあないか。あぁそうなんだ、友ちゃんはいないし、何もやる事がぁない。此れこそ、巷で〈城固〉との名が知れた隊の隊長の理想の姿だとおいちゃん思うのよ。

其れはそうと、鶴ちゃん外出てたって聞いたけど、何時戻って来てたのよ?」


 十四の隊の隊舎は城の直ぐ傍に構えている為、城の中にやってくる事は別段特別な事でもなかった。しかし、二三の知っている事としては、鶴は南環の地に属する街、もしくは町と呼ばれる規模の大きな人の居住地域へ其の地域の長と意見を交わす為に都を離れていた筈だ。


「今日の朝方に」


「そうだったの。御疲れ様だったねぇ。じゃあ今は休養中かな?」


「本当は此の儘、都の仕事で缶詰だったんだけどねぇ…」


 鶴は一人の、自分を慕う一人の青年、稲見を思い浮かべた。

 都を出る前、支度をしていた鶴に稲見は言った。「帰ってきたら、また稽古のお相手をして下さい」というようなそんな事を。

 彼の口から何度も聞いた其の頼み事は、自分を慕う気持ち、そして向上心を感じられて嬉しいものであったけれど、都から離れるという事は都の仕事を置いていくという事、先に出来る事はやったものの、出向き中の仕事に手出しは出来ない。

 残る隊員に可能な限り昇華して貰えるように御願いはしたが、其れでも帰ってきた時に彼の相手をする暇は当分得られないだろうと、其の時にはやんわり、曖昧に返した。

 すると如何だろう。都に帰還してからしようとしていた仕事の大方が片付いていたのだ。


「話を聞いてみれば、稲見君が僕が都を出てから帰る迄ずっと、寝ずに自分のと私の、両方ともやってくれていたみたいでねぇ」


「あらあら…」


 隊長の仕事は隊員の比ではない。中には隊長しか見てはいけない文書や直筆でなければいけないものもある。そういうのは抜いて、後は片付いていた。

 尤も、全てを全て一人で終わらせるのはずっと起きていても時間が足りない。其処は他の隊員も手伝ったのだが、城や都中を駆け巡るような作業が終わってる事には鶴も苦笑いした。


「帰って来て直ぐに出迎えてくれたのは、文句なしの文書の類に目元に真っ黒な隈を作って倒れている稲見君だよぉ。慌てたねぇ。

あれじゃあ、稲見君が楽しみにしていた稽古も出来やしない。

まぁ其の御陰で、仕事を積極的にやってくれるありがたみと仕事にのめり込み過ぎる人を心配する気持ちが一挙に分かったよぉ。もう、万君を如何にか寝かせようとする文官諸君の事を笑えないねぇ」


「随分と健気で可愛らしいみたいだ。君の傍付き君は」


「そりゃあもう稲見君だからねぇ。可愛いもんだよぉ。あぁそうだ、隊員といえば二三さんはお聴きになったかなぁ?」


「何をだい?」


「二三さんのところの現隊員君と、元隊員君、またぶつかったらしいよぉ」


 二三の現隊員とは、時雨の事。そして元隊員というのは、駿河 天地という現在は八の隊に身を置く隊長の事、ついさっきあったという侍同士の切り合い、其の片翼であった男だ。

 其の二人が揃ったら何が起こるのか。事情をよく知る二三には簡単に想像の付く事だった。

 

「まったく、ちーちゃんもあーちゃんも相変わらずだなぁ。というより、鶴ちゃん情報速くない?ついさっきなんだよねぇ?」


「そりゃあもう、十四の隊ですからねぇ」


 蕾の綻ぶような満面の笑みに二三は引き下がった。永らく侍をやってきた二三にも踏み込んではいけないものはあるみたいだ。


「あの二人が対面したのは、何時ぶりだろうねぇ」


「前は…二ヶ月くらい前かな。城の中で」


「そうかぁ……なぁ二三さん、あの二人はあとどれくらいの年月が経てば、刃を交わらせず話が出来るんだい…?」


 二三は口を開かない。鶴は回答を待って、夏の終わりの命果てかけた蝉の声が五月蠅かった。扇ぐ扇子を止めて、パチンと閉じる。


「ちーちゃんが罪の在処を探した。あーちゃんが罪を受け入れた。二人はそうやって完結させてしまったんだ。有りもしない罪を。

全ては、あーちゃんの歌によってちーちゃんの目の前で飛鳥(あすか)姫様が無惨に殺された、から」


 二三は自分の口で言った、飛鳥姫様、其の名前に懐かしさを感じた。最近は口にする事も少ない名前だったのだ。

藤姫の母親である彼女はとても気丈な女性だった。そういう所が娘に似たんだろう。彼女の事を千草は慕っていた。其れはもう、刷り込みでもされた小鳥のように。


 よく晴れた青空を見上げた。理由は二三自身も分からない。少し、解放されきったものでも目にしたかったのかもしれない。


「彼女は本来、おいちゃんを責めるべきだった。おいちゃん一人の命で蹴りが付けられるなら、そうであるべきだった」


「……二三さん迄そんな事を言わんでくれないかねぇ」


「ははっ、悪いね。あの子達の手前、気持ちは強く持つ気はあるんだけど、こうも直ぐに感傷に浸っちまうのは、おいちゃんが老けた証拠かな」


そう言う二三の姿は痛々しく、鶴は目線を外す。


「…都にいた私には、知らぬ事だねぇ」


「自慢の隊を使えば分かるかもしれないよ」


 二三は軽く笑って、自分の手にある扇子に目を向けた。


「……長閑(ながやす)、御前が死んでから八年経ったよ。五年よりも長く、十年よりも短い。…まだ八年しか経っていないんだね。時間が解決するには、まだ…遠そうだ」


ノーサイド エンド



                    ※       ※




「折霜客人、高砂客人。此度の盗賊頭領再捕縛の御協力、真に感謝する」


ゴスッ


「は…はぁ」


ゴスッ


「まさか客人等も、来て早々に協力に駆り出されるとは思っていなかったのではないかね?」


ゴスッ


「そ、れは…良いんですけど…あの……」


 僕は何度も下方向を見やる。白菊さんも困惑気味に彼の足元を見ている。

……………何で此の人、東さんの上に立ってんの…?


 男は腹を下にして寝そべる東さんの背中に乗っている。目線を上げれば入らないけど、時節聞こえる男に頭を踏まれて荒い砂利にぶつかる音が其の存在を気の所為にさせてくれない。


「あ、の…東さんが…」


 僕は彼の下を指差す。しかし、立つ男は足元に目を向けず、仏のような顔で優しく笑った。


「ん?あぁ、此の床かね。中々に良いだろう?何処にでも敷けるし、此のように踏んであげると、とてもとてもイイ音がして気分が良くなるのだよ」


ゴスッゴスッゴスッ


 三度、連続で頭を踏まれる。「たいっちょ…もうっだめっ…さ……」と下の方から呻き声と一緒に聞こえたが上の人は構わず踏みつける。寧ろ早くなってる。

 僕達はなんてマニアックな場面を見せられているんだ…?自分の顔が青ざめていくのを感じる。


 音を鳴らして人がいる事を知らせる真っ白な玉砂利がじわり赤く染まっていく。









 少し前………

東さんの上に立つ(物理)此の男の事を隊長といった東さんは、踵を返した。


「たっ隊長が来たなら、俺は必要ないさっ他に行くさー…がふっ」


 多分其の儘退散するつもりだった東さんの狙いは一歩目で潰えた。

潰えたというより、刀の上に立っていた男が跳んで、東さん自身が潰れた。


「矢張り、何時もの床の方が心地が良いね。浮気はするもんじゃあない」


 其の足元で「出来れば…浮気……して欲しいさ…」という声が聞こえた。直ぐに頭を地面に押し付けられたけど。

 其れとは別に、刀を地面から引き抜く音が聞こえ、此の場に緊張感が戻ってくる。

 刀を引き抜いた時雨さんは静かであったけど、身に纏う気配にはまだ怒気が混じっていた。


「時雨隊員、我の前でもまだ、其の行いを止めないというのかね?」


 男は寝ているのではないかという細目で、時雨さんの一挙一動を見逃さない気迫を持っていた。時雨さんは暫く剥き出しの刀を持って立っていたが、此れ以上は無理だろうと判断したんだろう、刀を鞘に戻した。

彼女は白菊さんの傍に寄って、耳元に口を寄せる。


「"先に城へ戻ります。最後迄同行出来ず、申し訳ありません。"…って、えぇっ!?」


 白菊さんが驚いている間に、時雨さんは立ち去ってしまう。刀を向けた男の事は一切見なかった。

其れを見送って、東さんの上にまだ立ってる男がもう一人の駿河と呼ばれた男を見る。


「駿河隊長、御前は如何する?」


在立(あらだち)隊長…」


 駿河という男(面倒くさいからもう駿河さんと呼ぼう)は既に刀を納めていた。

声では男の名前を口にしているが(名前判明、こっちは在立さんだな)、目線は下に行く。決してのされている東さんにドン引きしているとかじゃない。

防いでいたとはいえ、殺す気で切られていた状況から逃れたのだからほっとしても良い筈なのに、彼の残念そうな顔はまるで切られたかったとでも言いたいような顔だ。気持ちに釣られて、目線も下に、地面を射抜く。


「何故、俺を裁いてはくれないんですか…!」


 手を刀に這わせる。

指が刀の鍔に触れると、駿河さんは其の鍔をぎゅっと握り、在立さんに疑問を投げた。心の奥底からの声に聞こえた。


「?…御前は何か、罪を犯していたかね?」


「っ!」


 されど、在立さんは微笑みを崩さず首を傾げて、すっとぼけた。

疑問は答えられず、捨てられた。駿河という男は直ぐに理解して、苦虫を嚙み潰したような表情で、其れ以上言いたかった言葉も口の奥に押し込んで在立さんの背を向け、駆けて小路に消えていった。


「………あ、男」


 二人が消えて、久しく転がっている男の存在を思い出した。

地面から顔を上げた男は目を白黒とさせており、でも意識を切り替えて逃走しようと起き上がろうとしていた。


「はい、ざ・ん・ね・ん」


ゲシッ


「がっ…」


 立ち上がり掛けた男の顔を裸しの足が踏み抜く。男は後ろに仰け反り、再度地面に倒れた。痙攣して、気絶したようだ。

 男の顔に足を御見舞いした在立さんは其の反発力で空中に一回転して、僕達の隣に立つ建物の上に着地して、


「一騒動も終わったし、我は先に戻るとしようかね。其処の罪人は頼んだよ」


僕達を見下ろした彼は一言残し、また跳んだ。何処に跳んだのかは目で追えない。咄嗟に彼のいた所に行くが、周りを見てもあの仏顔は見当たらなかった。


「東さん、もしかしてあの人が…」


 下で白菊さんの声がした。上から覗き込むと、東さんが腰を叩いてゆっくり立ち上がっているところだった。白菊さんは彼の横で補助してる。介護だ。


「うぅ…獄に帰りたくないさー……そうさ、あんの恐ろしい恐ろしい御人が、


我等が隊長、在立 百済(あらだち くだら)さぁ…」








 改めて、真正面の仏顔を見る。…此の人が、仏の顔をした悪魔の六の隊隊長。

獄に帰って来るなり、周りを気にしていた東さんを踏み潰して上から登場した。


うん。現状が悪魔だよ。


「何だね?人の顔を見るなり頷くとは。御前も刑罰を受けたいのかね…」


 周りは、静かだった光景が一変、地獄が広がっている。

許してくださいという声が、幾つも上がる、石抱きの刑が行われる光景。

しかも、受けている側が六の隊の侍の方々。罪人一人を逃がして、騒ぎを大きく広げ過ぎたからこうなるのも当然…なのかなぁ。


 では、する側は誰なのか。此れがまさかの罪人達である。今回関与していない、比較的大人しく過ごしていた方の人達らしい。

普段見張ってる侍達に報復出来るから、さぞ嬉しいかといえばそうでもない。

在立さんによって、無駄な動き一つやったら二回り大きめの石を抱いてもらう、と散々脅されている為、此れから自分が受けるかもしれない罰に触れながら顔を青くして震えながら石を運んでいた。


 端っこの方では今回の騒動に関与した一味が固まっている。次の刑迄の待ち時間であり、前に広がる光景に自分達の未来を幻視し、皆で固まって小動物のように震えている。其の首魁たる男は其処にはいない。しかし、真ん中の塔の下から野太い叫びが聞こえる。あれ、なんだろう。


「…いえ、結構です」


「そう、ざ・ん・ね・ん」


 見て聞いてるだけで、気分が悪くなる。

此の場で楽しそうなのは在立さんだけ。玉砂利の上で順調に赤い液体を広げている東さんは如何して隊長を信頼しているんだろうとつい数刻前に思ったところだけど、今度は違う意味合いで思う。東さん、そして他の侍の方々、よく付いて行こうと思えるなっ!






「…隊長、そういえば千草さんと斬り合ってた人も隊長だったわよね…?」


 周りを気にしなくなった白菊さんが、駿河さんの事を口にした。彼女にしたら、時雨さんが帰った原因だ。


「そうだね、彼は駿河 天地(するが あまち)。八の隊の隊長だとも。彼は陰気で、彼の隊も陰気臭いと評判のようだ」


 八の隊は城の前の地域の管理を任されている隊だ。一度其の隊舎に御邪魔して、あまりの空気の重さに直ぐに出たのを覚えている。九の隊の真継さんも彼を陰気だと言っていた。


「彼には、ほとほと困ったもんだよ。有りもしない罪を裁いて欲しいというのだからね」


「あ…あの人の歌意、って何なん、ですか?と、つぜん男が倒、れて…起き上がれなく、なって…」


と僕が言うと、在立さんは俯いてふつふつと笑い、次第に大きな笑いに変わっていく。仏顔から一転、笑顔物凄く怖い。近い所にいる石抱きの侍も石を持った罪人も飛び上がった。


「彼が歌を詠うとは。此れ程可笑しい事はないね。

彼の歌意は《(ひとりにとっての)(かみになる)》……名前は偉大なものだが、其の内容は対象の生物の五感を操作する。神のように奪い去る事さえ出来る力だとも。


そして此れこそが、時雨隊員との確執との原因でもある。駿河隊長自身もあの歌を好んではいないのだよ」



                   ※       ※



「次に会う時、客人等を裁く事が出来ると楽しみにでもしようかね」


 東さんから降りて(気付いたら草鞋を履いていた)顔を豊国さんレベル迄近くに寄せてきた在立さんに怖い笑顔で囁かれてから出た獄。背後で重々しい扉が閉まる。


「はぁ~…よく分かんないけど、怖かった」


 僕とは別で在立さんの近寄られていた白菊さんが胸に手を当てて、息を吐く。

僕も入る前より色々なものを削がれたのを感じる。


「な…なんというか…暫くは、ち、近付きたくない、かな…」


 僕が思わず口に出すと、白菊さんも疲れ気味に頷いた。

 

 獄に御邪魔したと思ったら、罪人一人逃走して追いかけて、其の先で白菊さんが駿河隊長という人を殺す気で切りつけた。

僕は彼等の刀捌きを最初から最後まで見ていたけど、僕は隣を駆け抜けた時雨さんが見えなかった。駿河さんの刀を鞘から出した瞬間が見えなかった。二人の刀の動きが見えなかった。

僕もまだまだだ。



 帰る為に門を離れようとすると、前から見知った人が歩いてきた。五月雨さんだ。


「あ、さ…五月雨さん」


「あれ~ととも君だっけー?やっほ~」


 僕の名前も覚えてるんだ。でも、其れ守さんの呼び方です。

しかしながら、五月雨さんは何故こんな所にいるんだろうか。という事で訊ねると、


「はんせーしに来た~」


……………そういえば此の人、建物一つ倒壊させたんだった。


名前不明の男性が多すぎる!どうやって分類分けすればいいか分からなかったです。

あと少し書いたら話の中も秋になります。其の前に現実が冬になっていそう…。


殆ど出てるようなものですけど、千草の歌は全貌を明かしていないので、今回は明かさない事にします。


一応、参考だけ(すっ…)  www.asahi-net.or.jp/~sg2h-y[at]

mst/yamatouta/sennin/yositaka.html


何時も通り、[at]抜きです。出来れば、検索していただかない方向で…。


【初出の歌】

天地の 別れし時ゆ 神さびて  高く貴き駿河なる 富士の高嶺(を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言い継ぎ行かむ 富士の高嶺は)

より一説


             『万葉集』 三百十七首 山部赤人


短くしたのも、ちゃんと理由があるんです(`・ω・´)


誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?

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