ー弐拾玖ー「獄」
長くなりそうなので、ぶった切りです。
ただでさえ登場人物が多いのに、更に増やすって悪い癖ですね。
拾弐話の内容を拾っております。懐かしい。
葉月の二十六日。
約一か月以上前、僕と白夜が此の世界の特異性を利用して、ある事を画策した。
空中を駆ける。
其の可能性を万さんに確認してからは、朝早い時間に傍から見れば頭の可笑しいような空中蹴りをずっと続けていた。
其の結果、
「のたまった人間として言うのはあれだけど、成るようには成るもんだねぇ…」
「俺も頑張んねぇとなぁ…」
白夜と阿古辺さんが僕を見ながらそうボヤいた。
※ ※
「阿古辺さん、貴方は遠くにいる一人の嫁と直ぐに会える三人の嫁であれば、何方を選ぶ?」
「そりゃあ勿論、三人の嫁に決まっているとも!」
「そうか、なら寝ろ」
ドゴォッ
「ぐふぉうっっ!!?」
※ ※
「…と、いうわけで、君達には一人の嫁という方の、訳せば六の隊へ出向く任に就いてもらいたい。友も何時かに経験した通り、主に荷を渡して近況を聞いてくればいい」
と、いうわけで。と、大野さんは真顔で言うけれど、其処に至る経緯と其処に伸びる阿古辺さんは何なんだろうってきっと隣の白菊さんは思ってる。僕も思う。
「ち…因みに、三人の嫁、とは?」
「休む、寝る、食事をする以外に何がある?」
さも当然のように言うもんだから、思わず納得してしまったが、阿古辺さんのあれは果たして休めているのかどうか…。
運んで欲しいという荷物は既に背負子に乗せられて既に用意されている、一つしかないので僕が背負う事になった。
「六の隊か…」
「そう云えば、あんまり関わった事なかったかも」
僕達も隊舎巡りでは行かなかった六の隊。其の役割より巷では《滅悪》の名を欲しいが儘にしている、司法の大部分を一身に背負った特殊な隊であるとは聞いている。それゆえ、彼等の隊舎は罪人を入れる牢獄と一体となっており、其の名を〈獄〉と呼ばれ、親しまれ…てはいないな、恐れられている。
場所は十二の隊の管理する地域の外側、都の端であった筈だ。
「遠いな…」
其の距離を思って、気を重くする。こんな時、前と同じように運びを生業とする帆風さんの牛車サービスを借りれたら一番だけど、あの人はあれでいて引く手数多の凄腕だ。忙しいのにおいそれと頼めるものではない。
諦めて歩くしかなさそうだ。
殿の廊下を歩いていると、前からみこさんと緒さんが歩いてきた。緒さんが口の端を引き攣りながら笑い、話しかけているけれど、みこさんは無視してそっぽを向き、不機嫌な顔だ。
手に物を持っているから、仕事中なんだろう。
其の二人が、僕達に気が付いた。
「あら、友に白菊。此れからどっか行くの?」
「あ、みこちゃん。ちょっと六の隊に」
言った瞬間、二人の表情が固まる。
「ろ、六の隊?本当に?」
「う、うん」
念を押して聞かれ、戸惑い気味に答えると、みこさんはやけに真剣な顔で近寄ってきた。
「二人とも良い?獄に行ったら、速やかに荷を置いて戻ってくるのよ。絶対帰って来なさい。絶対よ!」
何度も何度も念を押され、白菊さんはたじたじになる。
「みこ程神経質ではないが、俺からも一つ忠告しておこう」
みこさんの後ろから緒さんも何とも言えない、難しい顔を覗かした。
「獄の隊の隊長からだけは、絶対に興味を引くな」
※ ※
「え、獄の隊?…君達何かしたの?」
「あそこに行くのだけは止めとけ」
「…生きてくれ」
…殿を出た当初はまだ軽かった足取りが、たんと重くなった。あれも此れも、行く先々で会う顔を見知った侍の人達が顔を青くして聞かせる六の隊の話の所為だ。
悪事の取り締まり、管理、審判…人を相手にする六の隊は、故にというべきか、隊長は取り分けに厳しい人が大抵なるらしいが、現在の隊長さんは其の更に上を行くそうで。
「"顔は仏のようなのに、悪人の方が可愛そうになるくらいやる事がえげつないとはよく言われる事です。侍にとっても好いていない者は多いです。"だって」
収容される罪人も、無期懲役のような永久に獄を出られない罰を受けるくらいなら死んだ方が増し、つまり死刑を望む人は多く。最近は語呂が似てるからと昔から〈六〉の隊ではなく、〈獄〉の隊と呼ばれ、獄事態も呼び方がグレードアップし、〈天獄(最早一周して昇天する地獄)〉と密やかに言われるようになったのがホットニュースなんだと。
「行きたくない…」
「い、一体…どど、どんな人なんだ。六の隊のた…隊長って…?」
「絶対碌な人間じゃない気がする」
背負子が肩に負担を強いて辛いと感じる事はないのに、止まれば、出来れば引き返したい気持ちは多々として湧き上がる。
其れでも、着々と獄に向かえるのは、前を歩く彼女が先へ先へ行ってしまうのを付いて行った御陰だ。
「こ…こういう意味でも、し、時雨さんが一緒だと、あり…がたいよ」
獄の周りというのは治安が悪いようで、其れも其の筈、獄の周辺はあの手此の手で収監された罪人を抜け出させようとしている罪人の仲間もしくは子分が潜伏しており、六の隊及び十二の隊が其れを許している。というのも、態と隙を見せて行動したら獄にぶち込む、此れはそういう罠なんだという。
「大野さんの言う通り、早速三人に襲われるなんてね。女が二人に友が一人なら、仕方のない事なのかしら」
「友一人ってところが…す、凄く気になる…」
僕ってそんなに頼りなく見えるかな…?確かに、時雨さんの方が頼りにはなるけどさぁ…。
したがって、獄を行く道で襲われる事はよくある事のようで、心配した大野さんが僕達の護衛として付けてくれた。のが、白菊さんにとっては師匠にも等しい時雨さんだった。
彼女三人の男が襲い掛かった時にも、僕達が手を出す隙も無く、終始無言で処理をし、今は男達を縄で結んで引き摺って、前をつかつか歩いている。
心強いものだ。
※ ※
殿の壁より高いのは分かる、其の壁に装飾は無いが人を寄せ付けない気配を感じてしまうのは、自分の心の持ちように寄るものなんだろう。
もしかしたら、高さも含めて至って普通の壁かもしれない。
門番の侍に挨拶をして、いざ中に入ると、外を二重に囲うような建物があり、真ん中に聳え立つ塔のような建物が二つ、間の地面は音の立つ白い玉砂利が敷き詰められている。思っていたより静かだ。知らずに入ったなら現代の大きなお寺と間違えそうだ。
二つ目の建物の中を通り付ぎて二つの塔のような建物がある広場に辿り着くと、時雨さんは迷わず其の広場にいたある男のもとの向かった。
「さ?さー、御疲れ様さー。おまいさん等が俺の待ち人って事で合ってるさ?」
跳ねっけのある黒髪に顎から頬を伝う古い傷跡。細めて懐っこい笑顔を浮かべる目は銅色で、あの人の周りだけ世界が違うような、此の獄という場所には似合わない気がする男で。
…何だろう。行った事も無いテーマパークでアトラクションの案内をされている、そんな気分になった。
「えぇっと…あ、貴方が、此処の…た、隊長さん、ですか?」
時雨さんに追いついて、後ろからそう声を掛けると、彼はきょとんとした顔をしてから、照れ臭そうに頬を掻いた。
「そりゃあ俺が隊長に見えたって事さ?いやぁ、照れるっさ。遂に俺も隊長の貫禄を手に入れ、いでっ!?」
違ったみたいだ。思い返してみると、一度隊長が集まった所を見ているが、彼のような容姿の人物は記憶になかった。
其れはそうと、調子に乗って口を回していた彼の後頭部目掛けて、何かが飛んできて、見事に命中した。地面に転がった細いものは、五番隊でもよく見る木刀だった。
「うぅ…此の木刀を投げるような暴力的な御人が隊長…あでっ!?…さぁ。見ての通り、自分から出向く事をあまりしない御人なんで殆ど俺が外の御客さんの接待さー…」
もう一本の木刀が転がっている。さっきは無かった。
漫画みたいによよよ、と泣いたように見える彼の下は、しかし次の瞬間には、ケロッとした顔を上げていた。
「そんな俺は名を東 陽炎というのさ!獄の二番手。直ぐにでも隊長を蹴落として、此の獄の天下をとる、其れが俺なの……いだ!痛い!いだだだだっ!…なのさっっ」
東と名乗った彼を中心に降り落ちる沢山の木刀の雨。喧嘩を売るような自己紹介をするからだ…。
降り止んだ其処に立っていた今まさに力尽きかけている東さんの頭に仕上げとして紙飛行機がぶつかり、東さんはばったり倒れた。
紙飛行機は白菊さんの足元に着陸する。
『貴公を表す言葉なんぞ、我の飼い犬程度で十分だとも。
文句はあるかね?』
広げた紙飛行機の文字は、達筆だった。
「此れ…………ギャグ?」
「かも……………しれない」
僕はまた、色々と濃い人達に出会ったのかもしれない。
※ ※
「荷物預かってなかったさ。ごめんなのさ。預かるさー」
時間も掛からずに起き上がった東さんはとてもケロリとしており、まるで(知らんけど)ホストクラブでボーイを呼ぶような感じで、手を叩いて侍を呼んだ。
「"陽炎は〈傍付き〉の侍です。"だって。友」
「傍付き?」
「"中都や他の都は副隊長とやらがいるそうですが、春の都には昔から其のようなものがおらず、必要とした隊長が信頼の置ける侍を自分の傍に勝手に用意するんです。彼等は隊長の代わりに他の侍に指示を出す事もあり、次の隊長に据えられることも多いので、特別な枠組みとして〈傍付き〉と呼ばれます。"との事よ。分かった?」
つまり、東さんは他の侍と同じ立場でありながら、他の侍よりも上の立場であると。そういう事か。だから、自信を持って、次代の隊長とも言葉に出来たんだな。
白菊さん伝いに時雨さんの話を聞いている間に二人の侍が焦り焦り飛び出してきて、僕の荷は其の一人に渡って、僕の背中は軽くなった。
一緒に時雨さんの縄も此処の侍達に渡る。括られた男達は玉砂利の地面の上を雑に引き摺られて連行されていった。
時雨さんもそうだけど、人の運搬が雑だな~っという風に見ていると、周りを見渡した白菊さんが言った。
「思っていたより…静かなのね。もっと、なんか叫び声で充満してるもんだと思ったわ」
白菊さんも僕と同じことを考えていたのか、と思っていたけど、囚人同士の喧嘩なんかを想像していた僕と違い、白菊さんは針の山を登らされるとか、窯のお湯に浸かる事を想像していたみたいだ。
其れ、"牢獄"じゃなくて"地獄"の〈獄〉になってるよね!?
と突っ込みたい気持ちがあった僕だけど、否定もしないで笑う東さんに、其れも引っ込んだ。
「あの人ならやりかねないさ!そういうのを恐れて、罪人等は息を潜めるのさ!」
「あの人?そ、其れって、隊長…さん?」
「そうさ?」
「た…たった一人のは、判断で、人をさ、裁くの?其れは…あまりに…」
其処から先を言おうとした其の時、僕は喉の奥からひゅっとした音を出して息を呑み込み、一歩後退った。
「…おまいが何を思っているのかは知らん事だけど、其れ以上は言うな、さ。
俺にとって、あの人は冷徹で悪魔で、公平で誠実な人さ。あの人が判断し、審判し、俺達があの人の手足となって実行する。
其れが俺等のやり方で、おまいに口出しされる事じゃないのさ」
彼の目は笑っていない。僕には彼の目の奥に蛇がいるような気がして、次の瞬間には外に出てきて喉を食い千切られる、そんな有り得ない幻覚が僕を襲った。そうじゃなくても、僕の恐怖した過去を思い出させて、ふつふつと背きたい思いが湧き出てくるから、僕は目を瞼の裏側に押し込めた。
心が落ち着くまで、目を開ける気がしない。分かったのは、東さんという人物の本性が、きっと優しさで出来ていない事。此の人はもっと裏で、違う一面を持っている。
でも、そんな彼の隊長への信頼は本物だ。だから彼が隊長の事をなじった事、其の方が余計に不思議に感じた。身内同士の揶揄い?にしては引っ掛かりがある。
彼はどんな気持ちであんなことを言っていたんだろう。
「おっほん!つまり、俺達が此の獄でやってるのは、収容された罪人の世話、罰の執行に」
ちょっと空気が悪くなったのを感じたんだろう東さんが話を明るく取り繕った。僕も嫌になった思いを忘れようと、其れに乗っかろうとした、其の時だった。
ドッカ―――ン
文字で表すと大変気が抜けそうだが、東さんの後ろに見える、左の遠くの方で派手な爆発が起きた。
「爆発した辺りの檻にぶち込んでた男が消えやがった!」
「脱獄かっ!?」
「まだ遠くに行ってない筈だ!追えっ」
其れに伴い、慌ただしく侍達が動き出して色んな事を叫んでいる。
そんな様子を背を向けて、見ないようにして、東さんは晴れやかに言った。
「囚人等を逃げないように、監視する事なのさ!」
……………………笑い事じゃないですよ。
中途半端ですが、後は次の話へゴーです。
十月以内を目指します。
誤字脱字、文章的におかしな点はないでしょうか?




