ー弐拾肆ー「力の在り方」
今回はぶつ切りの上に、一つに纏め過ぎた感が否めない出来になっております。
大体が白夜と春人の話。
月は変わり、葉月の一日。
白夜はずっと右手を懐に隠していて、出していても包帯を巻いていて、僕が最後に白夜の手首の素肌を見たのは、手と腕をくっ付ける際に御邪魔させてもらった其の時で、其の前は鬼に食い千切られ、辛うじて繋がってぶら下がっている無惨な姿だった。
さえちゃんの歌によってくっ付いた時でも、中身まで治していなかった手首には、違和感では終わらせられない程のへこみが、中が肉の無い空洞である事を示していた。
今、さえちゃんによって解かれた腕に傷はなく、関節部の膨らみに肉がある事が感じられる。白夜は余裕に手を、指を動かし、其の手を拳にして掲げた。
「治ったぜ――――――――――――――――――――――――!!」
彼の声の熱は待ちに待った瞬間を見に来た野次馬(主に僕、夜明、白菊さん)に伝染して盛り上がり、其の盛り上がり様を端で見ていた救護室の主、薬師寺さんはレバーを摘まみながら「うるせぇ…」と零していた。
※ ※
「だりゃぁぁあああっ」
また一人、白夜によって床に転がされた。
葉月の四日。
白夜の腕が完治してからたった三日しか経過していないが、白夜は快調で、まるで一ヶ月以上体を動かさなかったブランクを感じさせずに、五の隊の隊員との組手にてどんどん床に転がしている。
「…そ、ういえば…なんで、五の隊は、で、殿の稽古場を使っ、ている、の…?」
五の隊は城正面、十四の隊の対岸に隊舎を構え、他の隊同様に稽古場を所有している。しかし、五の隊の面々は殿に複数ある、城に常駐している隊用の稽古場でよく見かける。
其の疑問に答えてくれたのは、僕の隣で壁に背を預けている久動さんだった。
「あ~…其れは…っすね…。うちの稽古場、今壊れてるんすよ。もう、盛大に。床全部引き剥がさないといけない程度に。
御陰で、現在五の隊の稽古場は使用禁止の修理中っす」
とほほと遠くを見る久動さんの様子が、其の惨状の度合いを物語っているようだった。
「にしても…」
改めて久動さんが白夜達がやり合っている方を見る。立ち向かった何人かが床に転がっている。そして起き上がってまた白夜に向かっていった。
「いや~白夜は強いっすね。つい先日迄おとなしくしていた身とは思えないっすよ、巷じゃあ鬼切の五とも呼ばれる俺等も名折れっす。ははっ」
と言っている久動さんも一度白夜に投げ飛ばされてから僕の傍に来た。そんな風に自分達を言って良いのか、笑い返すにも苦くしかならない。
しかし、白夜は実際強い。
二三さんから手解きを受けるようになってからやっと理解した事だが、白夜は其の大柄な体格の割に合気道の分野ともいうべきなのか、相手の力を其の儘返すのが得意なようで、片やが仕掛けなければいけない組手の形式では其れが遺憾なく発揮される。
だからどんな風に来られたとしても、白夜は必ず対応してみせた。
久動さんの言う様に、都で出張る以外は仕事が無く、全てを鍛錬に回す五の隊は云わば都の矛たる存在。都の侍の中でも頭一つ抜けた強さがあるようだ。
そんな人々としっかり渡り合えている白夜は、やはり凄い。
※ ※
…何となく気が付いていた事ではあるのだけれど、五の隊の隊員の皆さんは些か戦闘狂の気があるようだった。
「さぁ次々ぃっっ!」
「おらぁ゛っ!いくぞぉっっっ!!」
「白夜ぁ、こん位でへばるとは情けねぇぞ!!」
「あんた等なんでそんな元気なんすか!!?」
勝ち負けは無いけど、勝ってるとしたら白夜の方なのに、白夜の方が息が上がって、逆に隊員はどんどん元気の度合いが増しているようだった。
疲れを見せ始めた白夜に野次を飛ばしているのは、主に五の隊のベテラン達だ。
一対多である限り、白夜の方が負担がデカいとか言ってはならない。そんな理由であの人達が納得する訳がないのだ。白夜は文句を吐き出しながら、ゾンビの如く何度だって仕掛けてくる隊員を千切っては投げていた。
「何をしている?」
其処にいた全員が一斉に顔を向けると、戸口にて三井寺、さんが立っており、彼の隊員は揃って喜色を示した。
「御疲れ様でっす隊長!良い所に来ましたね!」
「おい春人っ此奴かなり強ーぞ!!」
「春人さんが目に掛けるだけの事はありますね!」
尊敬の、気楽な、時には揶揄うように声を掛けられた三井寺、さんは、「…ふむ」どれも聞き流しているような表情で、耳聡く白夜の事を拾った三井寺、さんが白夜の方に目を向け、白夜は顔を強張らせた。
「白の。元気で何よりだ」
「…うす」
「此の身の隊の者も、大分遊ばれたようだな。…まだ動けるというなら、今此の身とも手合わせ願いたいのだが、構わないか?」
此の言葉に、白夜は思いっ切り目を見開いて息を飲み込んだ。
かなり息を切らしていた白夜だったが、ほんの少しの間思案した後、押し込むように息を整えて、真っ直ぐに三井寺、さんを見つめ返した。
「俺で良ければ、幾らでも」
其れを聞いた三井寺、さんの表情は、何時も通り御澄ましなのに、少し口角を上げて、何処か挑戦的な笑みを浮かべていた。
※ ※
他の隊員達は全員壁際に捌けて、皆で二人に注目している。
「う~ん、どっかで見たような…」
久動さんが其の光景に頭を捻る。また床に響く音がして、彼は目的のものに脳裏で辿り着いた。
「あ、そうっす!友さんと名取さんの稽古風景みたいだと思ったんすよっ」
「あ…うん。じ、自分でも、思い浮かんだけど…」
人から言われると、複雑だ。
久動さんの顔が晴々としたところで、再び鈍い振動が伝わってきた。
「ぼ、僕のけ、稽古風景なんて…見てたんだ…」
「お二人の稽古は見ていて参考になるっすよ。友さんは仕切り直す度に攻め方を変える、名取さんは友さんの修正点を的確に突く。毎回違う戦いを庭でしているのは、見ていて飽きないっす」
「あはは…と、とんだお目汚しを…」
更に床が振動する。
僕達の前で繰り広げられているのは、なんて事ない、言ってしまえば僕がずっと此処で座っている間見てきたもの。唯、其の立場の人間が入れ替わっただけの事。
「終わりか?」
見降ろす三井寺、さんに、白夜は強く抱えた感情を目に宿しながら、もう一度起き上がった。
白夜と三井寺、さんの今の光景は、やっている事は先と同じでも、似ているのは僕と二三さんの稽古の方で。つまり上手く技術的に優位に立っているよりかは、上位者に圧倒される其れである。
相手が何をしたかも認知出来ないレベルで捻じ伏せられる。僕が二三さんにされたように、白夜を転がす三井寺、さんも何時もより楽しそうながら飄々としている。
違いがあるなら、其れは僕が未熟であるから体に覚え込ませる気持ちで転がされてるのに対し、白夜は既にある程度出来上がっていて、其の上で三井寺、さんに転がされているのだ。
「其の身には其れしか手段がないのか?」
床に仰向けになる白夜に、三井寺、さんが零す。
「此の身が仕掛けるのを待つばかり、己を出さず、相手の力を利用する事しか能が無い。
其れでよくぞ…とは思うが、此の身の隊の者は、おそらく己を省みるを忘れて、考えず其の身に突っ込んだのだろうな。
そういう者達だ」
三井寺、さんの言葉を聞いて、さっと顔を背ける五の隊一同。
身に覚えがある程、首が後ろに回りきりそうだった。
「向けられた攻撃を必ず返すのならば、其れを返すか、往なせば良い。既に其の身にも示した筈だ。
其れでも、其の身の戦い方を変えないというのか」
「ん?…つまり、返されるって分かってるなら、返されるの承知で仕掛けて、其の上で返せば良いと?」
「そうすりゃ俺達も勝てると?」
「要はそういう事だよな」
「「「……。」」」
「「「いや、無理だろ」」」
久動さんと同じ位の年頃の三人の会話が耳に入り、久動さんは隠せず苦笑した。
「ほんと、其の通りっすよ。頭では分かっていても、出来そうにないっす。
友さん、あの二人の手合わせは回数を重ねる毎に組み合う時間が長くなってるっす。何故だか分かるっすか?」
僕に分かったのは、目に見える事実だけだった。
「あの二人、ずっと羽根突きするみたいに渡し合ってるんすよ。んで、間違ってでも貰った方が床に叩きつけられる。
返しの技を同じ返す技で返す、そんなの、聞いた事ないのに普通に目の前で繰り広げられてるんすよ。自分がおかしくなりそうっす」
「長く付き合わせてしまった。次で終わりにしよう」
三井寺、さんに呟き程度の小さな声くを白夜はしっかり其の耳で聞き、ひゅっと開いた口から息を零した。
其れから直ぐ、比べて量のある空気を吸い込み、噛み締めて、二本の足で地面を確かめてから構えた。
其の様子を見守った三井寺、さんは、此処迄のセオリーと化していた通りに自分から始めようとし…一驚した。
距離を詰めて、壁のように迫ってきた白夜が三井寺、さんの襟元と袖を掴んだ。
白夜の相手の攻撃を利用した…合気道に準えた動きの中にはきちんと存在していた理性ある技術は其処には無く、力任せで拙くて、一旦は驚いたものの直ぐ何時も通りの調子を取り戻した三井寺、さんによって白夜は最も短い時間で沈められた。
しかし、三井寺、さんは満足そうに口元を緩めた。
白夜と手合わせをする前に預けていた大太刀を背中に掛け直して、荒々しい呼吸をもう抑え込めそうにない白夜を見た。
「其れで良い。
一つの極めるも結構な事だが、突き詰め過ぎれば道は狭くなる。通る道も分かっている者を捻じ伏せるのは、道中の蟻を踏みつけるより簡単な事だからな」
「いや、そりゃねぇっす。無理っす」
真顔で久動さんがぼそりと言った。
※ ※
流石に相手をさせ過ぎたと、隊員達によって稽古場の外に出され、休憩所にも定評がある廊下で白夜は仰向けに寝そべった。
「春人さんマジ強ぇ。全く歯が立たなかった…」
「あはは…。仕様がないっすよ。あの人、負けに縁あるとは思えないっすから」
汗だくの白夜の顔にタオル…ではなく手拭いを抛って、久動さんは隣に座る。
僕は分けて貰った水を木の器に注ぎ、二人に渡した。白夜の分は彼の傍に置いた。
「白夜さんは、何で自分から攻撃しようとしないんすか?」
「んー…」
渡された手拭いで仰向けの儘、白夜は雑に顔を拭いた。
「…此れが一番良いんだと、思ってたんだよ。俺にとっても、誰にとっても」
「俺って、目付き悪ぃだろ?背が高すぎて威圧感あるし、口も悪ぃし。
俺は何もしてないのに、周りは俺の事を不良…こっちじゃあ、悪漢って言った方が分かり易いか。だって決めつけられる事はよくあった」
白夜が起き上がり、顔を隠していた手拭いが垂れて、彼の目が露わになる。彼の何時も通りの目は鋭くて、普通にしているのに睨んでるように見えた。
「本当にらしい事ばかりする不良にも目をつけられて、突然襲われる事も少なくなかった。最初は逃げてたけど、其れじゃ駄目で。応戦しなきゃなんねぇとは思ったけど、暴力を振るいたくなかった。其れをしちまったら、ほんとにあいつ等と同じになっちまう気がして」
パサリ、手拭いを膝の上に置いた。
「んで、考えついたんだ。あっちの力を其の儘返して、のしちまえば良いって。振るおうとしてたものでやられるんだったらそいつの自業自得だって考えたら、心が軽くなった。自分で誰かを傷付けてるんじゃないって思えた。
其れからずっと、こうしてきた」
稽古場の方では、また熱を上げて、荒っぽい声が飛び交っていた。
「だが、其の結果が春人さんとの様で、鬼とやり合った結果だ」
「で、でも…鬼には蹴ったり殴ったり…してた、よ…ね?」
「人じゃなかったから。其れと、んな戸惑ってる暇あん時はなかったからな。
…あれで俺がやられにやられたのは、体力だの数だの相性だとかじゃなくて、きっと慣れない事を無理にしたからなんだろうよ。
もっとちゃんと、動けていたなら、あそこ迄無様にはなってなかった。
結局、”自分を身を護る”だけの力じゃあ、”人を守る”には不十分だったわけだ」
折角起き上がったのに白夜は、思いっ切り後ろに寝っ転がった。膝からぐしゃりと持ち上げられた手拭いは上に投げられ、空気の形を感じながら白夜の顔元に戻ってきた。
そんなわけないって、僕は叫びたかった。
守られるだけだった僕は、傷一つ無く、彼の背中を見続けた。
白夜自身の言う通り、白夜は不十分だったかもしれない。けれど、彼は意識も朦朧な状態で倒れたって無理のない体で気力だけで立ち続けた。常人ならもっと早く気絶して、裏にいた僕達も無事じゃなかった。
彼の言う不十分は、気持ちで十分まで辿り着いたから僕達は無事なんだって、僕は知っていた。
でも、其の言葉の儘に口は動いてくれなくて、代わりに久動さんが口を開いた。
「白夜さんは、守ろうと振るう力と暴力、其の二つに違いがあると思うっすか?」
手拭いの掛かった顔は何方にも振らず、ただ耳を傾けていた。
「俺が思うに、此れ等は根は何も変わんないっすよ。暴力を否定したところで、守ろうと振るった力だって結局は相手を傷付けるっす。
けど、俺は違うって否定したいっす。だって、そうじゃないとこうやって互いを高め合う為の組手だって、受け身をとるって分かっていても、相手を攻撃してる事に変わりはないし、そもそも俺の隊の全てがそうなれば全部が暴力っす。
でも、俺達は都を守りたい、誰かを守りたいから力を振るうっす。其れは絶対、暴力とは違うんすよ」
久動さんは中身の無くなった器を置く。
「暴力は”暴れる力”、若しくは”暴れさせる力”。自分の思った通りに制御出来ていないから暴力だと思うっす。
だから、何の為に己が力を振るうのか、が重要なんすよ」
多分白夜は目の前が広がったように一瞬見えた筈だ。
手拭いを盗られた白夜が顔だけ起き上がらせると、笑って手拭いを持つ久動さんを目にしていた。
「白夜さんは自分の力量を知っていて、暴力の怖さも知ってる。そして其の力で何をしたいのかも決まってる。なら、大丈夫っすよ。
白夜さんなら、必ずあなたの思う通りに其の拳を振るえるっす」
※ ※
白夜サイド
其れは鬼の出た夜の事だった。
血の流し過ぎか、痛みで頭が跳んだか、理由は何にしろ気絶していた所から覚醒して、始めに感じたのは腕に伝わる暖かさだった。
丁度手首の辺りを包むような。
重い瞼を上げて其の様子を目にすると、暖かいと感じる部分が仄かに光り揺らめくものが手首の先を包んでいた。
特に動かす必要も感じず、其の状態で友と白菊の事を考えていた。
俺はあの化け物共を倒す事も出来ず、奴等の目の前で敢え無く倒れた。此処が何処だかは知らないが、倒れた其の場所ではなさそうだ。誰かが俺を運んだのだろう。
しかし、俺が倒れた後の友や白菊が心配だ。無事であったなら、其れだけで良い。会って一日も経ってないのに、あいつ等の存在は俺の中で大きくなっていた。
ヤバい。此れはまた落ちる。
体のダメージはやっと起きた俺をまた眠りに引きずり込もうとする。
目の前もはっきりしない、開けてるのもやっとな瞼が落ちるのも止められず、誰かの怒鳴り声を聞きながら俺はまた気絶した。
次に起きた時、俺は布団の上に寝かされていた。
目を開けて、ぼ~っと天井を見ていると俺じゃない声がした。
「起きたか」
短く淡々とした声を辿ると、薄月の光の入る方向、襖が開き外の見える其処で俺に背を向け座る人が一人。
「あんたは…?」
「其れは此の身の名を問うているのか?ならば、此の身は名を三井寺 春人という」
男はほんの少し顔を此方に向けていたが、あまり其の顔は陰になって見えなかった。
形で分かるのは、彼の横に徳利がある事。
「あんな薄い月で酒は上手いのか?」
「あまり上手くないな。寧ろ鬼の牙を彷彿とさせて不味いくらいだ」
そう言いながら、男は酒を飲んだ。
「薬のが其の身の事をかんかんに怒っていた。
自分から火に手を突っ込んで怪我を悪化させる奴が何処にいる、とな」
後から聞くと、薬の、というのは薬師寺 大和さんの事だった。あの人が強く当たるようになった理由は、おそらく此の辺も含んでるんだと思う。
「手を…」
自分の手に目を落とすと、自分の右手首の先がない事に今気付いた。麻痺してるのか、痛みはあまり感じていなかった。
手の無い方の手を鼻に近づけて一嗅ぎすると、炭の匂いがした。
「傷口を塞ぐのに、火傷させる手段があるってのは聞いた事があったし、其れを実行したんだろうな」
「成程。無意識化で其れを実行できる事には評価するが、ずっと火に置いても燃えるだけでしかないな」
「何も考えられない時にやる事じゃあねぇなぁ…」
しばし、言葉は無く、美味しくも無い酒をちびちびと飲み進める彼の姿を見ている時間が続いた。
遠くの、実はそんなに離れてない所から、「終わってしまった~!さぁ僕に新しい嫁をくれ~!!」という声が響いてきた。
「…あんたは如何して、其処で酒を飲んでるんだ?」
「飲んでいてはいけないか?」
「別にそういうわけじゃねぇんだけどよ…」
男は横に置く徳利を手に取った。
「其の身を此処に連れてきたのは此の身だ。其の縁に以て様子を見に来てみれば、火に手を入れる其の身と傍で慌てる薬のを見た。薬のは其の身を火より離したかったようだが、己の力が足りず如何にも出来なかったそうだ。
薬のは今忙しい身でな。
其の身を床に戻した後、其の身がまたおかしな行動を始めぬように見張っていろと此の身に言い含め、さっさと行ってしまった。
よって此の身は此処に留まるしかない」
「なんか…悪いな。怪我人の見張りとか」
「構わん。此の身も火入りなんぞをする者を一人に出来そうにないからな」
「…実は、かなり心配だったりするのか?」
「そうではないように見えるか?」
返答をせずにいると、男は注いだばっかの器で一口も飲んでいないのにまた注いだ。
陰だけでよく見えないにしろ、男の動きは分かる。
「…此の身はそんなにも感情が見えないものか?…倒れた其の身に駆け寄った者、其の者に其の身の安否の確認を頼んだ際、其の者にも同じように受け取られた。あれは此の身を情無しと認識してる目だ」
友の事か。
あの場で、駆け寄りそうな一人を思い浮かべた。
日が浅い所為で、其の時のあいつの様子なんて想像出来なかったが、心配してくれた事、駆け寄れるだけの元気があった事に肩の荷が下りた気持ちになった。
「此の顔の面も厚くなったという事か…」
徳利を置いて、空いた手を自分の顔に寄せている。
懐かしく思いに更けているように見えて、実は若干気にしているだけな口振りだ。
「あんたも…さ、あの鬼とかいう化け物としょっちゅう戦ってるとかいう…侍?なのか?…戦うようになって長いのか?」
「………さてな」
「…まぁ、顔の面も厚くなるぐらいの年数は経ってんだろうよ。そんなあんたでも、手を焦がしてんのを見ただけで心配になるんだな」
器を傾けて仰いでいる男が直ぐに話が出来るとは思っていない。口に含んだ美味くはないという酒を飲み込むにも、一つの拍子を挟んだ。
「心配…………心配か」
言葉に語弊を感じたらしく、男は其の言葉を反芻させた。
「……此度で、其の身のいた場所も合わせて、幾人かの死人が出た。幸いとして、其れはまだ多い数ではなかった」
「死人って、此処じゃあ…」
「よくある事だ。特に都の外ではな。
だが、慣れん。あぁそうだ、何時まで経っても慣れはしない。慣れんのだ。
此の身をどれ程迄鍛えようと、どれだけ刀を振り翳そうと、手の届く…救えた筈の者を喪う、其の様をまざまざと見せつけられる事は……何時まで経っても、慣れはしない」
耳が聞き落しそうな小さな声を耳にした。
誰に聞かせてるつもりもなかったんだろう。
「己の護ろうとしたものを護れた者というのは、眩しいな…」
そう言った男の影が、深くなった気がした。
何度目か、酒を注ぐ動作をした其の人が、一度止まり、真っ逆さまに徳利を上下に振る。
「酒が切れたんすね。なら俺はもう寝るっす。だから見張りはもうする必要ないっすよ」
「…?其の身は、其のような口調だったか?聞き覚えのあるような―――――…」
やっとこっちを見た男の顔を見ないで、俺は意識を落とした。
白夜サイド エンド
※ ※
「こっちに来てまで、俺を怖がらない馬鹿や其れどころか、ちょっかいを掛けてきたり、食って掛かってくる大馬鹿がいるとは思わなかった。
色々面白可笑しく弄ってきてイラっとはするんだが、…不思議と心ん中が温まるんだ」
あれからどれ位の時間が経ったか。
汗も引き、組手で高まった高揚感も消えるだけの時間は経過した。
其の間、稽古場の声が収まる事はなかったけど。
「友、久動さん。今迄俺は自分を護る事しか出来なかった。
だけど、もう此処で、護りたいと思えるものができちまったんだ。だから、唯待って、悠長に相手が仕掛けてくるのを待つのは終わりだ。
本当の意味で強くなる。そう決めたよ。俺は」
「…そうっすか。俺も、白夜さんの其の決意を応援するっすよ」
久動さんがそう言ってにっと笑うと、白夜も其れに笑い返した。
決意を新たにした白夜は、こうしちゃいられないとばかりに立ち上がり、稽古場に足を進める。
「びゃ……白夜!!」
其の前に僕は立ち上がり、彼を呼び止めた。
振り向いた彼へ、僕は叫んだ。
「ぼ…僕は、もう、まっ守られる、つもりは、な…ないよ!
僕も強くなる!!だ、だからつっ、次は君の隣に…!」
白夜は、僕へ握り拳を向けてこう言った。
「おう。頼りにしてるぜ」
白夜が入ったらしい稽古場は、一層に盛り上がりが増して、ドタバタとした音が激しくなった。
彼が去った廊下、僕は其処で白夜が手を掲げた其の場所に向けて、強く握りしめた右手を突き出した。
※ ※
器を返して、久動さんと共に稽古場に戻ると、結構な大騒ぎ…ほぼ乱闘状態である。
当然の如く白夜も其の中にいて、ベテランの代の五の隊隊員の侍に対して自分から攻撃を仕掛けていた。やっぱり彼の得意なカウンター技に比べて慣れて無さが目立ち、年月を重ねた侍には通用していないようだ。其れでも、相手のベテランも白夜も楽しそうだ。
入り口で立ち止まって、其の様子を眺めていた僕達だったけど、目聡く僕達に気付いた隊員の悪乗りで強襲され、僕達も此の乱闘騒ぎに巻き込まれる事になって………あまりの五月蠅さに、かんかんに赤くなった文官の人が怒鳴り込んできて全員で正座をさせられる迄続くのだった。
出来れば前の投稿から一ヶ月の間に仕上げたかったのですが、遂に今回一ヶ月を超す結果に…。
今月もテストテストレポートで詰まっているので、次は八月でしょうね…。八月からは本気を出したい…。
あと、武術が分からない。理由があれですけど、習ってればな、と若干ながら思います。
誤字脱字、文章的に可笑しな点はないでしょうか?




