脇役令嬢、兄に溺愛される
シスコンの兄、ブラコンの妹(笑)
お茶会の日がやってきた。
庭にお茶会の準備をし、朝からコックと作り上げた菓子を並べて行く。
紅茶は、今の季節にあったものを。
そうして、ゲストをお迎えすれば。
楽しいお茶会の、スタートだ。
「お招きありがとうございます」
「ありがとうございます」
お洒落をしてきたらしいローヴェとサルヴィアを出迎えて、にこりと笑みを浮かべるのは我がビーミリア家次期当主のジェイス兄様。
その惚れ惚れする微笑に、見慣れたローヴェはともかく、サルヴィアは顔を真っ赤にして固まっている。
「今日は来てくれてありがとう。とても楽しみにしていたんだよ」
「ひ、ひゃい!わたしもです!」
緊張しすぎだ。
噛んで直立不動になったサルヴィアに嘆息し、私も二人にお辞儀。
「ようこそ、既に準備はできてますわ。どうぞ」
言って、自慢の庭に案内する。
庭師が丹精込めて育てている薔薇。その庭園の一角に用意されたガーデンテラス。
テーブルの横にはメイド達が控え、お茶の準備をする者。椅子を引く役目に待つ者。多用に備え控える者。
ただの友人とのお茶会と言うには仰々しいと思うが、もうこんな日常にも慣れてしまった。
「さあ、おかけになって」
二人を促し、兄と同時に椅子に座る。
それを合図に、お茶が振る舞われていく。
一口飲んで、その風味に少し浸る。
そして、談笑が始まりを告げた。
「──本当に、マティが羨ましい」
「そうですわね。こんなに素敵なお兄様がいらっしゃるんですもの」
「ははは。ありがとう。二人とも、私にとっては妹のような存在だ。
兄と思ってくれて構わないよ」
微笑した兄にきゃあ、とはしゃくサルヴィア。
我が兄ながら感心するほどのタラシぷりだ。
「サルヴィアは一人っ子だものね」
「そうなの!だから、二人が羨ましい」
「あら、わたくしも?」
「当たり前じゃない!
ローヴェにはあんなにカッコいい弟君がいて、いいなぁ」
「…、」
ぴくり、反応したのは兄だけが気付いたようで。
二人はローヴェの弟の話で盛り上がる。
それに、敢えて入らないことを、気付かないでほしい。
「あ、そーだ!キルクス様は、今日はいらっしゃらないの?」
「あー…」
サルヴィアがキョロキョロし出す。
それに、ほくそ笑む。
きっと、来る。
頼んだことを遂行してくれていれば、だけど。
「多分、もうすぐ帰ってくると思うけれど…」
「今日も昨日の夕方からご令嬢と約束があって家に帰るのは朝方になると言っていたしねぇ」
ジェイスの呆れたような、しかし少しのトゲを持った呟きに、苦笑いするしかない。
本当に、あの人はこの兄と正反対だ。
私に甘いというところ以外は。
「──だから、少しでいーから!」
「だから、何故、」
「少し付き合ってくれって言ってんだろ?親友の頼み聞けねェの」
「そうは言っていないだろう!」
「じゃあ黙って来いよ!俺のマティの菓子が特別に食えんだぞ!?何が不満だよ」
「だから、」
言い合うような声が家から庭に繋がる方から聞こえ、私は内心笑みを浮かべる。
その横で、兄が仕方ないなと悪戯っ子を見るような目で苦笑い。
聞こえた声に、固まるローヴェに、キラキラと顔を輝かせるサルヴィア。
(このミーハーめ)
漸く、姿が見え出した声の主に、内心ガッツポーズとサムズアップで迎えた私は、この茶会の役者が揃ったことに、満足気に笑った。
「──キルクス兄様」
「マティ!!会いたかったぞ!俺の可愛い妹!」
ぎゅうううう、と力の限り抱き締めてくる男に、骨が悲鳴を上げる。
それを颯爽と助けてくれるジェイス。
そう、先程から聞こえてきた声の主。もう一人の協力者は、我がもう一人の兄──キルクス。
そして。
「殿下、お構いもせず申し訳ございません。
どうぞ、お時間がありましたら、お茶でも」
ちらりとキルクスが連れてきた人物を見て、社交的な笑みを浮かべる。
一つ上の兄キルクスは、実はこのシグナゼル殿下の親友であり悪友で。
それを知ってて、私はキルクスに協力を仰いだ。
妹に甘い兄が、断らないと踏んで。
「おい、キルクス。これは」
「なんだよ?シグ、お前昨日の武術授業、俺に負けたよな?」
「ぐっ」
「負けたら勝った方の言うこと聞くって、約束だったな?」
「うっ、」
「約束、やぶんのかァ?時期国王ともあろう人間が」
「うぐぐ…」
悔しそうな殿下の肩に手を回し、ニヤニヤと笑う我が兄ながら不敬罪になっても可笑しくなさそうな態度のキルクス。
しかし、それが許されるのも、あの兄だからこそだろう。
誰にでも公平に。曲がったことを嫌い、いつも皆を振り回しているようで、その実周りを引っ張っていく。憎めないひと。
(ジェイス兄様が、包み込むような夜のような人なら、
キルクス兄様は、太陽のように眩しくて、でも焦がれる人)
そんな彼だから、殿下も対等に友人として、お互いを大事にしている。
(それにしても、)
さすが、時期国王であるシグナゼル殿下の近衛騎士長候補。
頭脳はジェイスに取られても、武術の才能は秀でているらしい。
(…羨ましい)
才能溢れる二人。
勿論、努力を怠らないのは知っている。
それでも。
羨ましいと、思わずにはいられない自分が、きらいだ。
(でも、今はシリアスぶってる場合じゃない)
せっかくキルクスが連れてきてくれたチャンス。
不意にはしない。
マティ「キルクス兄様、お願いがあるのですが」
キル「なんだ?何でも言え!」
マティ「今度のお休み、殿下を我が家にお連れしてほしいのです」
キル「なに?シグを?」
マティ「だめ、ですか…?」
キル「くっ、そんな可愛い顔をするな!断れんだろう!」
マティ「別に、可愛くないです」
キル「いや、可愛い。けどな、一体なんでシグを…!ま、まさか、マティ、お前…」
マティ「?…キルクス兄様、何か多大なる誤解をしてはいませんか…?」
キル「いや、許さんぞ!例え親友のシグと言え、マティはやらん!」
マティ「だから、ちが」
キル「マティは俺のお嫁さんになるんだぁぁぁあ!」
マティ「なれるか、バカ兄がー!」