第9話 その笑顔を追いかけて
相合い傘の日から数日。
朝陽は、あの日のことを思い出しては一人で照れてしまう自分に苦笑いしていた。
「おはようございます」
朝、体育館前で葵を見つける。
「おはよう、朝陽くん」
いつもと変わらない笑顔。
でも、朝陽だけは違った。
あの日から、葵が少し近く感じる。
「この前は、本当にありがとうございました」
改めて頭を下げる。
「もう何回目?」
葵がくすっと笑う。
「そんなにお礼を言われるようなことじゃないよ」
「でも、すごくうれしかったので」
真っすぐな言葉に、葵は少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……そう言われると、私まで照れちゃうな」
その表情に、朝陽の心臓がまた大きく跳ねる。
◇
放課後。
男子バスケットボール部では、一年生だけの紅白戦が始まった。
「朝陽!」
結翔からパスが来る。
受け取る。
相手を引きつけて、味方へアシスト。
「ナイス!」
一本、また一本。
中学時代に磨いた視野の広さが、少しずつ高校でも通用し始めていた。
「いいぞ!」
一ノ瀬が声を掛ける。
「一年とは思えない判断だ!」
その言葉に自然と笑みがこぼれる。
もっと上手くなりたい。
もっと信頼される選手になりたい。
その先に――。
葵に「すごいね」と言ってもらえたら。
そんなことまで考えてしまう。
◇
練習後。
モップ掛けを終えた朝陽は、自販機でスポーツドリンクを買っていた。
「朝陽くん」
また、葵だった。
「お疲れさま」
「お疲れさまです!」
「今日の試合、見てたよ」
「えっ?」
「パス、すごく良かった」
また見てくれていた。
「ありがとうございます」
「でもね」
葵は少しだけ真剣な表情になる。
「朝陽くん、自分で決められる場面もあったよね?」
「……はい」
「パスを選ぶのは朝陽くんの良さ。でも、シュートを打つ勇気も大事だよ」
その言葉は、優しいだけじゃなかった。
ちゃんとプレーを見て、伝えてくれている。
だからこそ重みがある。
「次は、打ってみます」
「うん」
葵はうれしそうに頷いた。
「朝陽くんならできる」
その一言が、朝陽の胸に深く刻まれた。
◇
翌日の自主練習。
朝陽は一人、体育館でシュートを打ち続けていた。
一本。
また一本。
外しても、拾って、また打つ。
「……よし」
昨日までよりも迷いがない。
「いい音だね」
不意に聞こえた声に振り返る。
体育館へ忘れ物を取りに来た葵が立っていた。
「硯先輩!」
「自主練?」
「はい」
「昨日のこと、もう練習してるんだ」
朝陽は照れくさそうに笑う。
「言われたことは、すぐにできるようになりたくて」
葵は少し驚いたように目を丸くした。
「本当に努力家だね」
そう言うと、床に転がっていたボールを拾い上げる。
「一本だけ、相手してあげようか」
「えっ!?」
「ディフェンス役」
「ほ、本当にいいんですか?」
「もちろん」
朝陽は緊張しながらドリブルを始める。
目の前には県内屈指のキャプテン。
簡単には抜けない。
それでも、思い切って一歩踏み込んだ。
右へフェイント。
左へ切り返す。
わずかにできた隙へ飛び込み、そのままレイアップ。
ボールはリングに当たりながらも、ネットを揺らした。
「ナイス」
葵が笑顔で拍手する。
「ちゃんとシュート、打てたね」
「はい!」
朝陽は、子どものように笑った。
その笑顔を見て、葵も自然と笑顔になる。
体育館には、ボールの音と二人の笑い声だけが響いていた。
――――――
【葵 side】
自主練を終えて帰る朝陽くんの背中を見送る。
「頑張り屋さんだなぁ……」
昨日アドバイスしたことを、もう練習している。
言われたことを素直に受け止めて、すぐに行動に移せる。
そんな一年生は、なかなかいない。
私は、気づけば朝陽くんの成長を楽しみにしていた。
今日できなかったことが、明日できるようになる。
その姿を見るのが、少しだけ楽しみになっている。
……きっと、それは先輩として当然のこと。
そう、自分に言い聞かせながら、私は静かに体育館の照明を消した。




