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『憧れの、その先へ。』  作者: 夜凪ロア


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第8話 雨の日の相合い傘

 朝から空はどんよりと曇っていた。


 一時間目が終わる頃には雨が降り始め、昼休みには校舎の窓を打つ雨音が響いていた。


「結構降ってきたな」


 結翔が窓の外を眺める。


「朝陽、傘持ってきた?」


「……忘れた」


「お前らしいな」


 朝陽は苦笑いを浮かべた。


 朝は晴れていたから、大丈夫だろうと思っていたのだ。


 放課後になっても雨は弱まる気配がない。


 部活は予定どおり行われ、体育館の屋根を叩く雨音の中、いつも以上に集中して汗を流した。


     ◇


 練習が終わる頃には、外はさらに強い雨になっていた。


「うわぁ……」


 昇降口から外を見ると、校門の先が白くかすんで見える。


「コンビニで傘でも買うか」


 そう思ったときだった。


「朝陽くん」


 振り返ると、葵が紺色の傘を手に立っていた。


「傘、持ってないの?」


「えっ……あ、はい」


「やっぱり」


 少し困ったように笑う。


「朝も手ぶらだったもんね」


 そんなところまで見ていたのか。


「近くの駅までなら一緒に行こうか?」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「……え?」


「駅まで同じ方向でしょ?」


「で、でも」


「風邪ひいちゃうよ?」


 その笑顔に断れるはずがなかった。


「じゃ、じゃあお願いします」


「うん」


 葵が傘を開く。


 朝陽は少し遠慮しながら隣へ入った。


 肩が触れそうなくらい近い。


 いや、雨を避けようとすると、時々ほんの少しだけ触れてしまう。


 心臓がうるさい。


 雨音よりずっと大きく聞こえている気がした。


「朝陽くんって」


「はい」


「学校には慣れた?」


「最初よりは」


「友達もできた?」


「結翔たちがいるので」


「よかった」


 歩く速度まで合わせてくれている。


 そんな優しさが、胸に染みる。


 ふと、強い風が吹いた。


「あっ」


 雨粒が朝陽の肩へ降りかかる。


「朝陽くん、もう少しこっち」


 葵が傘を朝陽のほうへ傾けた。


「先輩が濡れます!」


「私は大丈夫」


「でも……」


「後輩を風邪ひかせたら、キャプテン失格だから」


 そう言って笑う。


 その笑顔がまぶしくて、朝陽は何も言えなくなった。


     ◇


 駅が見えてきた。


「ここまでで大丈夫です」


「うん」


 二人は屋根の下で立ち止まる。


「今日はありがとうございました」


「どういたしまして」


「本当に助かりました」


「じゃあ今度は、朝陽くんが傘を忘れないようにね」


「はい」


 笑い合う。


 たった数分だった。


 それなのに、朝陽の心には一生忘れられない時間として刻まれていた。


「また明日」


 葵が手を振る。


「また明日!」


 その一言だけで、明日が待ち遠しくなった。


     ◇


「……相合い傘?」


 帰宅後、結翔から届いたメッセージを見て朝陽は固まる。


『女子部の一年が見てたぞ』


『うらやましい』


『ちゃんとお礼言ったか?』


 思わずスマートフォンを抱えてベッドへ倒れ込む。


「……無理」


 顔が熱い。


 思い出すだけで、胸がいっぱいになる。


 今日という日は、きっと忘れられない。


     ◇


【葵 side】


 家へ向かう電車の中。


 窓に映る自分が、少しだけ笑っていることに気づいた。


「優しすぎるかな」


 傘に入れたのは、後輩だから。


 困っていたから。


 それだけのはず。


 でも。


 駅で「ありがとうございました」と何度も頭を下げてくれた朝陽くんの姿が、頭から離れない。


「本当に素直」


 思わず笑みがこぼれる。


 その様子を思い出すたびに、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 まだ、それがどんな気持ちなのか。


 私は、まだ知らない。

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