第4話 隣のコート
朝陽が入部して一週間。
高校の生活にも少しずつ慣れ始め、放課後の体育館は朝陽にとって一番好きな場所になっていた。
男子バスケットボール部と女子バスケットボール部は、同じ時間に練習することが多い。
コートは一枚。
中央でネットを仕切り、左右に分かれて使う。
だから自然と、お互いの声が聞こえる。
「ナイス!」
「切り替えよう!」
葵の声は今日も体育館によく響いていた。
「朝陽!」
一ノ瀬の声で我に返る。
「はい!」
「次は三対三だ。集中しろ」
「はい!」
朝陽は頭を切り替え、コートへ入る。
相手は二年生中心のチーム。
高校生のスピードは、中学とは比べものにならない。
必死にドリブルで運び、味方へパスを送る。
「ナイス!」
御門が声を掛けてくれた。
少しずつ、チームの中で自分の居場所ができ始めている。
◇
練習が終盤に差しかかった頃だった。
女子コートから勢いよく飛んできたボールが、ネットの下を転がって男子コートへ入ってきた。
「あっ、ごめん!」
女子部員の声が聞こえる。
朝陽はすぐにボールを拾い上げた。
その瞬間、反対側からも誰かがボールへ手を伸ばす。
「あっ……」
同時だった。
二人の手が軽く触れる。
「ご、ごめんなさい!」
朝陽は慌てて手を離した。
「ふふっ」
目の前で小さく笑ったのは葵だった。
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
「すみません……」
「また謝ってる」
葵は少し困ったように笑う。
「ありがとう。助かったよ」
ボールを受け取り、女子コートへ戻ろうとしたそのとき。
「あ、朝陽くん」
「はい!」
「今日のパス、すごく良かったよ」
一瞬、時間が止まる。
「見てたんですか?」
「うん。ちょうどタイムアウト中だったから」
見られていた。
それも、褒めてもらえた。
「ありがとうございます!」
思わず声が大きくなる。
葵は笑顔のまま手を振り、コートへ戻っていった。
その背中を見送りながら、朝陽は自然と拳を握る。
「もっと上手くなろう」
ただ近づきたいだけじゃない。
同じバスケットボールを好きな人として、胸を張って話せる自分になりたい。
◇
練習後。
体育館の外にある自動販売機の前。
スポーツドリンクを買おうとしていた朝陽の隣に、結翔が並んだ。
「今日、触ったな」
「……何を?」
「ボールじゃない。硯先輩の手」
「ぶっ!」
朝陽は飲みかけのスポーツドリンクを吹き出しそうになる。
「あ、あれは偶然だから!」
「でも顔、真っ赤だったぞ」
「しょうがないだろ!」
「青春してるなぁ」
結翔は楽しそうに笑う。
「俺だったら一週間は思い出してニヤける」
「そんなことしない!」
「いや、お前はする」
図星だった。
朝陽は何も言い返せず、自販機にもたれかかった。
今日一日の出来事を思い返すだけで、自然と頬が緩んでしまう。
たった数秒。
それだけの出来事なのに、胸の奥はまだ熱かった。
◇
夕焼けに染まる体育館。
片付けを終えた葵は、ふと男子コートへ目を向ける。
まだシュート練習を続けている朝陽の姿があった。
一人で何度も何度もリングへ向かう。
一本外しても、すぐに拾ってまた打つ。
「頑張り屋さんだな」
その姿を見ていると、不思議と応援したくなる。
気づけば、少しだけ立ち止まっていた。
「葵、帰るよ」
紬に呼ばれ、我に返る。
「うん、今行く」
体育館をあとにしながら、もう一度だけ振り返る。
朝陽はまだ夢中でシュートを打っていた。
その真っ直ぐな姿が、なぜだか心に残った。
それはまだ恋ではない。
でも、「気になる後輩」という存在に変わり始めた、小さなきっかけだった。




