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『憧れの、その先へ。』  作者: 夜凪ロア


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第2話 入部届

翌日の放課後。


 朝陽は、何度も書き直した入部届を握りしめて体育館へ向かっていた。


 昨日見た景色が、頭から離れない。


 ボールの音。


 仲間へ笑顔を向ける先輩。


 そして――硯葵。


「よし……」


 深呼吸を一つして体育館の扉を開ける。


 中では、すでに男子バスケットボール部がウォーミングアップを始めていた。


「一年か?」


 声を掛けてきたのは、男子バスケットボール部部長の一ノ瀬岳だった。


「はい! 橘花朝陽です!」


「そんなに緊張しなくていい。入部希望か?」


「はい!」


 一ノ瀬は笑いながら入部届を受け取り、軽く目を通す。


「経験者?」


「中学ではポイントガードでした」


「よし。今日は見学じゃなく、一緒に体を動かそう」


「はい!」


 その一言だけで、朝陽の緊張は少し和らいだ。


 着替えを済ませてコートへ向かう。


 ドリブル、パス、ランニング。


 久しぶりの高校レベルの練習は想像以上に速く、息が上がる。


「まだまだだな……」


 そう思いながらも、朝陽は必死についていった。


 すると、体育館の反対側から聞き慣れたドリブル音が響く。


 女子バスケットボール部だ。


 朝陽は一瞬だけ視線を向ける。


 葵は後輩に声を掛けながら、自らも先頭に立って走っていた。


 誰よりも声を出し、誰よりも真剣だった。


「見とれるなよ」


 横から笑い混じりの声が飛ぶ。


 振り向くと、同じ一年の皇結翔がニヤリと笑っていた。


「いや、違っ……」


「昨日も見てただろ?」


「そんなに分かりやすかった?」


「めちゃくちゃ」


 結翔は肩をすくめる。


「でも、気持ちは分かる。硯先輩、すごいからな」


 朝陽は照れ笑いを浮かべるしかなかった。


 練習が終わる頃には、制服の下まで汗でびっしょりだった。


 体育館の外にある自動販売機へ向かう。


 スポーツドリンクを買おうと財布を取り出した、そのときだった。


「お疲れさま」


 優しい声が聞こえた。


 振り返る。


 そこには、タオルを首に掛けた葵が立っていた。


「あ……お、お疲れさまです!」


 思わず背筋が伸びる。


「一年生だよね?」


「はい! 橘花朝陽です!」


「朝陽くんか。入部したんだね」


 名前を呼ばれた。


 それだけで胸が熱くなる。


「はい!」


「さっきの練習、最後まで頑張ってたね」


 見ていてくれた。


 その事実だけで十分だった。


「ありがとうございます!」


「最初は大変だと思うけど、無理しすぎないでね」


 そう言って、葵は柔らかく笑う。


「それじゃ、また体育館で」


「は、はい!」


 葵が女子部員たちのもとへ戻っていく。


 朝陽はその背中を見送りながら、しばらく動けなかった。


「……名前、覚えてくれた」


 たったそれだけの出来事なのに、今日一日で一番うれしかった。


 隣にいた結翔が呆れたように笑う。


「もう完全に恋してるじゃん」


「こ、恋じゃないって!」


「いや、その顔で否定されても説得力ゼロだから」


 朝陽は何も言い返せず、自販機のスポーツドリンクを一気に飲み干した。


 冷たいはずなのに、胸の奥だけは不思議なくらい熱かった。


――――――


【葵 side】


 部室へ向かう途中、紬が私の顔をのぞき込んだ。


「さっき話してた一年生、入部したんだ?」


「うん。橘花朝陽くんっていう子」


「覚えたんだ」


「頑張ってたからね」


 初日の練習で、誰よりも真剣にボールを追いかけていた姿が印象に残っている。


 きっと、バスケットボールが好きなんだろう。


 そんな後輩が入ってきてくれるのは、少しうれしかった。


 まだ、それ以上の気持ちはない。


 でも――。


「頑張ってほしいな」


 そう思えたのは、朝陽くんが初めてだった。

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