第14話 最後の大会が始まる
インターハイ県予選当日。
朝陽はいつもより一時間早く目を覚ました。
制服に袖を通し、何度も忘れ物がないか確認する。
応援用のタオル。
体育館シューズ。
飲み物。
「よし」
鏡の前で小さく頷き、家を出た。
今日は特別な日だ。
硯葵にとって、高校生活最後の大会が始まる。
◇
会場となる日向総合体育館には、朝早くから多くの学校が集まっていた。
朝陽たち日紬高校男子バスケットボール部も到着し、全員で観客席へ向かう。
「結構、人いるな」
結翔が周囲を見渡す。
「県大会だからな」
一ノ瀬が答える。
「女子の初戦はもうすぐだ。しっかり応援するぞ」
「はい!」
朝陽はコートへ目を向ける。
ウォーミングアップを始めた女子部の中に、葵の姿があった。
背番号「4」。
キャプテンの番号。
ボールをつく姿も、仲間へ声を掛ける姿も、学校で見るよりずっと大きく見えた。
すると、葵がふと観客席へ顔を向ける。
朝陽と目が合った。
一瞬だけ驚いたような顔をしたあと、小さく笑って手を振る。
朝陽も慌てて手を振り返した。
「……見つけてくれた」
それだけで胸がいっぱいになる。
◇
試合開始。
対戦相手は、県立青瀬高校。
堅実なディフェンスが持ち味のチームだった。
開始直後から激しい攻防が続く。
葵はゲームメイクをしながら、自らも得点を重ねる。
「ナイス!」
「一本!」
仲間を励ます声は、観客席までよく響いた。
「硯先輩、すごい……」
朝陽は思わずつぶやく。
学校で見ていた姿とは違う。
試合ではさらに頼もしく、誰よりも落ち着いていた。
キャプテンとしてチームを引っ張る姿に、改めて憧れを抱く。
◇
第二クォーター終了間際。
味方のシュートが外れる。
リバウンドへ飛び込んだ葵がボールをもぎ取り、そのままゴール下へ。
ファウルを受けながらもシュートを決めた。
会場が大きく沸く。
「ナイスプレー!」
朝陽は気づけば立ち上がって拍手していた。
周りの男子部員たちも、一緒に声援を送る。
「日紬、頑張れ!」
「キャプテン!」
ベンチも応援席も一つになる。
その光景を見て、朝陽は胸が熱くなった。
◇
試合は終盤へ。
最後まで集中を切らさなかった日紬高校が、そのまま逃げ切った。
試合終了。
68対54。
日紬高校、初戦突破。
「よっしゃー!」
応援席から歓声が上がる。
朝陽も思いきり拍手を送る。
コートの中央で整列を終えた葵は、観客席へ向かって深く一礼した。
そのあと、ほんの一瞬だけ朝陽のほうを見る。
目が合う。
そして、優しく笑った。
その笑顔に、朝陽も大きく頷いた。
◇
試合後。
ロビーの自動販売機前。
朝陽がスポーツドリンクを買っていると、後ろから声がした。
「応援、聞こえてたよ」
振り返る。
試合を終えたばかりの葵だった。
まだ額には汗が残っている。
「本当ですか?」
「うん」
葵は笑う。
「朝陽くんの声、結構分かりやすかった」
「すみません、つい……」
「謝らなくていいよ」
少し照れたように笑いながら続ける。
「すごく力になった」
その一言に、朝陽は何よりもうれしそうな表情を浮かべた。
「次も応援します」
「うん」
葵は力強く頷く。
「次も勝つから」
その瞳には、キャプテンとしての強い決意が宿っていた。
⸻
【葵 side】
ロッカールームで着替えながら、私は今日の試合を思い返していた。
もちろん勝てたこともうれしい。
でも、それと同じくらい心に残っていることがあった。
応援席から聞こえた声。
『頑張れー!』
朝陽くんの声だった。
周りの歓声に紛れていたのに、不思議とはっきり分かった。
声を聞いた瞬間、不思議なくらい力が湧いた。
「本当に応援してくれたんだ」
約束を守ってくれた。
それが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
鏡に映る自分を見る。
自然と笑っている。
「……朝陽くん」
名前を口にした瞬間、胸が少しだけ高鳴った。
その理由には、まだ気づかないふりをしていた。




