第13話 気づきは、静かに
インターハイ県予選前日。
体育館には、いつも以上に静かな緊張感が漂っていた。
激しい練習はせず、シュートの確認や連携の最終調整が中心になる。
三年生にとっては、高校生活最後の大会。
誰もが、その重みを理解していた。
◇
「朝陽」
一ノ瀬がボールを抱えたまま手招きする。
「はい!」
「明日は一年も全員来い」
「はい」
「試合に出る時間は少ないかもしれない。でも、ベンチも応援もチームの一員だ」
「分かりました!」
「三年の最後を、ちゃんと目に焼き付けろ」
一ノ瀬の言葉には、不思議な重みがあった。
朝陽は大きくうなずく。
明日は、自分にとっても忘れられない一日になる気がしていた。
◇
練習後。
体育館の照明が半分落とされ、部員たちが帰り支度を始める。
朝陽がモップを片付けていると、隣から聞き慣れた声がした。
「朝陽くん」
「硯先輩」
葵も荷物を持って体育館を出るところだった。
「明日、緊張する?」
「します」
朝陽は素直に答える。
「応援するだけなのに」
「それでも?」
「はい」
葵は少しだけ笑った。
「真面目だね」
「だって、先輩の最後の大会ですから」
その言葉に、葵は少し驚いた表情を浮かべる。
朝陽は続けた。
「俺、硯先輩のプレーが好きなんです」
「……」
「だから、最後までちゃんと見届けたいです」
しばらく沈黙が流れる。
体育館の外では、夕日が校舎を赤く染めていた。
「ありがとう」
葵は静かに笑う。
「朝陽くんが応援してくれるなら、頑張れそう」
その笑顔を見た朝陽は、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「絶対、応援します」
「うん」
それだけで十分だった。
◇
帰り道。
結翔と並んで歩いていると、急に肩を小突かれた。
「お前さ」
「ん?」
「もう”憧れ”じゃないだろ」
朝陽は足を止める。
「……え?」
「好きなんだろ、硯先輩のこと」
その言葉に、朝陽は少しだけ笑った。
「うん」
もう迷わなかった。
「好きだよ」
初めて誰かに口にした、その一言。
照れくさかった。
でも、不思議と心はすっきりしていた。
「やっと認めたか」
結翔は満足そうに笑う。
「応援するよ」
「ありがとう」
「ただし」
「?」
「告白するまで、ちゃんと逃げるなよ」
朝陽は照れ笑いを浮かべながら、小さくうなずいた。
◇
【葵 side】
帰宅して、机の上に置いた大会用のシューズを見つめる。
明日から最後の大会。
緊張しないわけがない。
それでも今日は、不思議と心が落ち着いていた。
理由は分かっている。
朝陽くん。
『絶対、応援します』
あの真っすぐな言葉が、何度も頭の中でよみがえる。
私は窓を開け、夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「頑張ろう」
自然と笑みがこぼれる。
ふと気づく。
最近、朝陽くんと話した日は、いつも笑っている。
その笑顔を思い浮かべるだけで、心が少し軽くなる。
「……あれ?」
胸の奥が、ほんの少しだけくすぐったい。
この気持ちは、何だろう。
まだ答えは分からない。
でも、一つだけ確かなことがある。
朝陽くんといると、私は自然に笑える。
そのことが、少しだけうれしかった。




