大気の保全、あるいは飽和する誠実さ
冬の乾燥がピークを迎えたタナハシカメラ。加湿器売り場では、田所が湿度計を睨みつけ、空間の「水分量」を厳格に管理していました。
其の一:湿度のロスト
「すみません、部屋が乾燥して喉が痛くて。よく潤う加湿器を教えてください」
喉を押さえた女性客がやってきました。田所は手持ちの湿度計を彼女に向け、驚愕に目を見開きました。
「(……いけない。このお客様の周囲だけ、湿度が35%までロストしている。これは人体という資産に対する、大気の不当な搾取だ。直ちに水分を補填し、現状復旧を行わなければならない)」
其の二:全戦力の投入
「お客様、ご安心ください。現在、この空間は『砂漠化』という名の不法行為が行われています。私が今、**『普通に売っている加湿器』**を使って、あなたの喉を湖畔のような静寂へと導きます」
田所はそう言うと、棚に並んでいるごく一般的なスチーム式加湿器、超音波式加湿器、ハイブリッド式加湿器計10台を、すべて床に下ろしてコンセントを差し込みました。
「ちょっとお兄さん、1台でいいのよ! なんでそんなに並べるの?」
「お客様、静粛に。1台の出力では、ロストした水分を回収するのに時間がかかりすぎます。現在、私は物量による大気の制圧を行っているのです」
其 三:霧の都
田所は10台すべてのスイッチを「強」に入れました。
「さあ、潤いをホールドしてください。逃げようとする水分を、この10台の同時射出によって空中に固定(登記)いたします」
数分後、加湿器から噴き出す猛烈な蒸気によって、売り場は1メートル先も見えない濃霧に包まれました。
「キャー! 何も見えない! お兄さんどこ!?」
「お客様、落ち着いてください。現在、視界はロストしましたが、湿度は100%を突破し、完全なる保全(飽和状態)に成功しました。これでもう、喉の痛みという名のバグは発生しません」
其 四:長谷川店長の視界不良
「田所ぉぉぉ!! 火事か!? 火事なのか!?」
異変を察知した長谷川店長が、火災報知器が鳴る寸前で霧の中から飛び込んできました。しかし、足元の大量の加湿器に躓き、床の結露で派手に滑ります。
「店長、足元にご注意ください。現在、床面も『過剰な潤い』をホールドしております」
「潤いすぎて床が沼になってんだろうがぁぁ!!」
背後から現れた貴島が、霧の中から感覚だけで田所の尻を蹴り飛ばしました。
「客が溺れるわ! 今すぐ全部止めろ!! 売り場のチラシが全部ふやけて全損してんだよ!!」
今回のリザルト:店舗インフラおよび紙媒体の全損
結局、加湿器売り場は「霧の都」から「熱帯雨林」へと変貌し、周囲のパソコンやテレビの基盤が結露でショートするのを防ぐため、全館停電(強制ホールド)という最悪の事態を招きました。
長谷川店長は、ふやけてシワシワになった店のポスターを抱えて泣き崩れました。
「長谷川店長……。再発防止のために、お客様を巨大な水槽の中にホールドして接客する『完全防腐・完全加湿システム』を導入してよろしいでしょうか……?」
「お前のそのふやけた脳みそを今すぐ天日干しにしてやろうか!!」




