外光の侵食、あるいは漆黒のパーフェクトホールド
タナハシカメラの高級テレビコーナー。田所は最新型有機ELテレビの前に直立し、天井の照明を見上げては、深い溜息をついていました。
其の一:外光という名の侵入者
「……あの、すみません。このテレビ、本当に黒が綺麗に見えるって聞いたんですけど、お店だとよくわからなくて」
新居用のテレビを探しに来た若い夫婦が声をかけました。田所は眼鏡を指でクイッと押し上げ、静かに口を開きました。
「(……いけない。このタナハシカメラという管理空間において、無秩序な外光が、有機ELの『真実の黒』を汚染している。これは映像資産に対する不法投棄に等しい瑕疵だ)」
其の二:肉体による「シャドウ管理」
「お客様、ご安心ください。現在、当店の外光が、本来のコントラストを20%ほどロストさせています。今、私の誠実さが『真実の黒』を目下、復元中でございます。……動かないでください」
田所はそう言うと、テレビの前に立つ夫婦のすぐ横に並び、自らの赤いベストを大きく広げ、照明を遮るように「くねくね」と動き始めました。
「えっ……お兄さん、何してるの?」
「これは『ヒューマン・シェード(人間遮光)』です。私が外光の侵入経路を肉体でホールドすることで、お客様の視界にだけ、純粋な黒をデリバリーしているのです。……さあ、私の脇の下から画面を覗き込んでください。そこにあるのが真実です」
其 三:過剰な視聴スタイルの提案
田所は次に、バックヤードから大量の「トイレットペーパーの芯」を持ってきました。
「脇の下からの視界に納得いただけない場合、こちらの『外光完全遮断ゴーグル(試作型)』を装着してください。この筒を目に密着させて画面を見ることで、余計な外光を完全に排除し、映像のみを脳内に登記することが可能です」
「それ、ただの工作でしょ! 視野が狭すぎて右端しか見えないわよ!」
「いいえ。視野を絞ることで、一画素一画素への愛着がホールドされます。映画一本観るのに、眼球を180度動かす必要などないのです」
其 四:貴島の「現場復旧」
「何が工作だバカ野郎!!」
背後から放たれた貴島の鋭いローキックが、田所の膝裏を完璧に捉えました。
「客にトイレットペーパーの芯を覗かせてんじゃねえよ! 最近のテレビには『外光センサー』がついてんだろ、外光に合わせて画質調節しろ!!」
「貴島さん……。センサーによる自動調節は、環境に対する『妥協』です。私はお客様に、漆黒という名の『静寂』を、物理的にホールドしていただきたいだけ――」
「お前が黙るのが一番の静寂だ!!」
今回のリザルト:視聴環境および顧客の信頼をロスト
結局、お客様は「この店で買うと、テレビを見る時に筒を覗かなきゃいけない気がして疲れる」と、何も買わずに帰ってしまいました。
長谷川店長は、田所が「外光を完全に防ぐには、お客様の眼球を直接テレビに接着するしかない」と恐ろしいメモを書いているのを見て、胃薬を二錠飲み込みました。
「田所……。お前、次はマッサージチェアの担当な。あれなら座ってるだけだし、変なことは起きないだろ……」
「店長……。マッサージチェアは『人体という資産を物理的に揉み解す』という、極めて攻撃的な管理プロセスを伴います。……承知いたしました。お客様の筋肉のコリを、徹底的に捜索し、全損(解消)させて参ります」
「……全損させちゃダメなんだよ、コリだけにしてくれよ……」




