ガルとポル
ガルとポル 悪魔と人間の取引
雨が降っていた。冷たい滴が瓦屋根を叩き、狭い部屋の隅までその音を響かせる。ガルは沈黙の中で立っていた。目の前の寝台には、娘が横たわっている。顔色は悪く、呼吸は浅い。
「何でもいい。娘を救ってくれ」
その言葉は闇へと吸い込まれた。すると影が現れる。赤い瞳が、蝋燭の灯りにかすかに輝く。
「何でも?ずいぶん大胆な申し出だな」
ガルはうなずいた。迷いはない。
「代償を決めるのは、私だ」
ポルは指を鳴らした。瞬間、空気がひどく冷たくなる。娘の寝息が深くなった。苦しそうだった顔が穏やかになる。
「……これで、救われた」
安堵の息を吐くガルを、ポルは静かに見つめていた。
「さて、代償を払ってもらおうか」
ガルは身を正した。何でもいいと言ったのだ。恐れることはない。
「お前から、父という存在を奪う」
風が吹き抜ける。蝋燭の炎が揺れ、闇が深まった。
「どういう意味だ……?」
「お前の娘は助かる。だが、彼女の記憶から、お前の存在は消える。お前は、彼女にとってただの他人になる」
沈黙が落ちた。ガルは娘を見た。穏やかな寝顔。それを守りたかったはずだ。しかし――。
「決めるのは、お前だ」
ポルは微笑んでいた。
長い沈黙のあと、ガルは口を開いた。
「……娘が生きられるのなら、それでいい」
ポルは笑みを深めた。
「契約成立だ」
風が吹き抜けた。次の瞬間、娘が目を開けた。
「……あなたは?」
ガルは何も言えなかった。ただ、ポルの笑い声が遠ざかっていくのを聞くだけだった。




