出会い 山田和夫視点
霧の立ち込める山の奥。湿った空気が静寂を孕み、時折吹き抜ける風が木々を揺らす。
山田和夫は、ゆっくりと視線を前に向けた。そこに立っていたのは、一人の少年—— 赤瀬雷翔。
「……ただの子供か?」
和夫の目が細くなる。16、17歳くらいの少年。だが、その目の奥には何かがある。
まずは対話だ。
「君は?親は?ここで何をしている?」
山田和夫は静かに問う。
雷翔は肩をすくめ、目をそらしながら答えた。
「気づいたらここにいて……」
「何をしている?何が目的だ?」
「僕はただ散策してるだけですよ。目的って何のことです?」
とぼけている。明らかに何かを隠している。
和夫の声がわずかに低くなる。
「とぼけるな。次はないぞ。」
その瞬間、雷翔の目が変わった。まるで別の存在が顔を覗かせたかのように、彼は口角を上げる。
「ふーはぁ……落ち着けよ。」
「俺はコイツの中にいる。」
和夫の眉が動いた。
「俺はコイツだ。俺はこの雷翔を殺せるぞ!何かしたらコイツを殺す!」
雷翔の喉が詰まるように震え、声が乱れる。
「……だから……ンにゃもにゃ……まろ……」
「???」
一瞬、言葉の意味が読めない。だが、確実に何かがいる。
雷翔は荒い息を吐きながら、目をぎゅっと閉じる。そして、次に開いたとき——少年の表情が少し戻っていた。
「今のやつが僕の中にいて……時々乗っ取られるんです。それで気づいたらここにいたんです。」
和夫は短く息を吐いた。
「いつから?」
「最近です。」
「制御できるか?」
雷翔は震えながら笑う。
「そこそこ……できると思いますぅうゔ……」
危うい。何がこの少年を蝕んでいるのか、確かめなくてはならない。
和夫は一歩前へ踏み出し、冷静に告げる。
「落ち着け。とりあえず、大丈夫だ。」
彼の瞳が強く、確固たるものへと変わる。
「俺は誰よりも強い。」
雷翔は、しばらく沈黙した。そして、かすかに頷いた。
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静かな部屋。窓の外では風が木々を揺らし、かすかに虫の声が聞こえる。
政府の判断により、俺と赤瀬雷翔は同じ住居で過ごすことになった。理由は単純だ——彼が暴走しても俺がいれば抑えられる。
最初の数日、雷翔は必要最低限の会話しか交わさなかった。彼はどこか距離を取るように、慎重な態度を崩さなかった。
ある日——
「飯、どうする?」
俺がそう聞くと、雷翔は姿勢を正し、表情を変えずに答えた。
「僕は特に希望はございませんので、適当に済ませます。」
「カップ麺ばかりでは体がもたんぞ。」
「……ですが、調理は面倒ではありませんか?」
彼の言葉には、どこか試すような響きがあった。
俺は黙ってキッチンへ向かい、適当な食材を手に取り、炒め始める。
十分後。皿に盛り付けられた料理を見て、雷翔はわずかに目を見開いた。
「……思っていた以上に、整っていますね。」
「当然だ。」
俺が短く答えると、彼は箸を取り、慎重に口へ運ぶ。
そして——
「……これは、美味しいですね。」
そんなふうに言い、静かに食べ続ける。
それからの彼は、少しずつ俺に話しかけるようになった。
「山田様は、以前の世界でどのようなことをされていたのですか?」
「腐敗を排除していた。」
「……なるほど。随分と、厳しい世界を生き抜かれていたのですね。」
雷翔の言葉には、妙に納得したような響きがあった。
「俺は誰よりも強い。」
「それに関しては、確かに異論はございません。」
雷翔はそう言い、わずかに笑った。
彼の中にいる「ボルト」の存在がどう影響を及ぼすかは、まだ分からない。だが、こうして食卓を囲みながら、少しずつ彼の本質を見極めていくのは悪くない。
政府公認の共同生活が始まり、数週間が過ぎた。
この生活に意味があるのかどうかは、正直まだ分からない。だが、雷翔と共に暮らすことで、彼の内に潜むボルトの存在をより深く知ることができる。それが今の俺に課された役割だった。
雷翔は慎重な性格だった。礼儀正しく、どこか距離を置くような態度を崩さない。
「山田様、本日もお世話になります。」
「そんな堅苦しい言い方はやめろ。」
「……ですが、どうお呼びすれば?」
「普通に『和夫さん』でいい。」
「……分かりました、和夫さん。」
その言葉を聞いたとき、彼は僅かに表情を曇らせた。だが、それ以上は何も言わなかった。
日常は、静かに過ぎる。
二人で食卓を囲むことも増え、雷翔は俺の作る料理に文句は言わなかった。
「こういう食事、あまり食べたことがありませんね。」
「何を食っていたんだ。」
「簡単なもので済ませることが多かったので……料理というのは、意外と奥深いものですね。」
慎重ながらも、彼は少しずつ俺に話しかけるようになってきた。俺に対して壁を作っていた頃に比べると、変化は確かにある。
だが、俺は知っている——この少年の中に、別の存在がいることを。
ボルトの存在
それは、ふとした瞬間に顔を覗かせる。
ある晩。雷翔が窓辺で夜の風にあたっていたとき、俺は何気なく尋ねた。
「眠れないのか。」
「ええ。少し考えごとを……。」
彼はそう言った。だが、その声はわずかに揺らいでいた。
そして——
「ふーはぁ……考えることなんてあるのか?」
その言葉の響きが変わった。
俺はすぐに視線を向ける。雷翔の口元に、いつもの彼とは違う歪んだ笑みが浮かんでいる。
「この家、居心地いいなぁ……?」
低く、不気味な響きのある声だった。
俺は動じず、静かに言葉を投げる。
「雷翔、お前は大丈夫か。」
雷翔の肩がぴくりと震え、目をぎゅっと閉じる。数秒の沈黙の後——
「……申し訳ありません。少し、気を抜きすぎました。」
声のトーンが元に戻る。だが、その直前のボルトの言葉が俺の中に引っかかる。
居心地がいい——つまり、ここが支配しやすい場所なのか。
**ボルトは、確実に俺たちの様子を窺っている。**
それから数日後、ボルトは再び姿を現した。
雷翔が俺の横で書類を整理しているとき、不意に息を呑む音が聞こえた。
俺が顔を上げた瞬間、雷翔の手が震えているのが分かった。
「ふーはぁ……俺たち、いい感じになってきたな?」
また、ボルト。
俺は雷翔の肩を掴む。
「お前はどこまで自分を保てる?」
雷翔は苦しそうに息を吐く。
「……すみません、少し、意識が……持っていかれそうに……。」
ボルトがこの生活に馴染み、少しずつ雷翔を侵食し始めている。
俺はそれを許すわけにはいかない。
この共同生活は、ただの監視では終わらない。
俺は、雷翔を守る——それが俺の役割だ。
「何か欲しいものはあるか。」
ふとした食後の雑談。
政府公認のゴールドカードを持つ俺は、生活費について一切気にする必要がない。それどころか、多少の贅沢も許容されている。世界がかかっている以上、待遇は破格だ。
雷翔は困ったように、しかしどこか遠慮がちに言う。
「……特にありません。僕は物欲があまりないので……。」
つまらないな。
俺は注文端末を開き、適当に最高級の肉を大量に注文した。
「じゃあこれはどうだ。」
数時間後、テーブルいっぱいに並ぶ極上の肉。サシの美しさ、光沢、脂の旨み——どれも文句のつけようがない。雷翔は目を丸くする。
「……これは贅沢すぎませんか。」
「多少の贅沢は問題にならないらしい。」
そして俺たちは、食べた。食べ続けた。
満腹。いや、胸焼け。
雷翔は眉間に皺を寄せ、背もたれにぐったりともたれかかる。
「……少し、考えが甘かったかもしれません。」
「次は控えめにしよう。」
だが、この何気ない食事の後、雷翔はゆっくりと口を開く。
「……最近、背中に違和感があるんです。」
俺は視線を向ける。
「どういうことだ。」
「ボルトの気配がするとき、大抵背中が痛むんです。そして、そのときは特に乗っ取られやすい。」
俺は静かに息を吐く。
「つまり、背中に何かある——そう考えているわけか。」
雷翔は頷く。そして、言いづらそうに続けた。
「……もし、それが原因なら……除去できる可能性はないのでしょうか。」
この少年は、本気で自分の体を変えようとしている。
俺は政府と掛け合い、手術の可能性を探った。
数日後、専門医が出した結論はこうだった。
「成功率は未知数です。」
原因不明。術式不確定。
「除去すれば、赤瀬雷翔の自我は保てない可能性があります。記憶喪失、あるいは……別の存在として目覚めるかもしれません。」
厳しい判断だった。
雷翔の命、精神、それが賭けに出ることになる。
だが、雷翔は迷わず言った。
「……僕は、やります。」
彼の瞳に、迷いはなかった。
手術前夜
「和夫さん、僕は学校に行きたいです。もし記憶喪失になっても、転校生として学校に通いたいです」
山田:「ああ、分かった」
TTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT
らいとは記憶喪失になった。
俺がらいとの面倒をみることになった。
政府が保護者兼監視として俺を任命したからだ。
らいとの身体にはgpsが埋め込まれている。それに、遠距離からの監視もしばらく続けるとのことだ。
はたしてこれで、俺はこの世界を救えたのだろうか。
らいとが学校へ通う姿を見ていると、不思議な感覚に襲われる。彼はまるで空白の紙のようだ。何も知らず、何も覚えていない。でも、その目の奥には何かがある。
俺は彼の保護者として、必要なことをしている。時々、彼の仕草や考えに違和感を覚える。彼は記憶喪失の前とかなり違う。「忘れる」ことが必ずしもゼロからのスタートじゃないなら、彼は何を覚えているのか、何を失ったのか。
俺はこの世界にも悪魔がいると思っていた。生前の悪魔を映し出す銀板は、この世界にも鏡と呼称され実在していた。だが悪魔はいない。最近耳にする鏡に映らないとか映るとかの話、赤瀬も、俺も銀鏡に映らない。
俺は政府からこの怪奇現象の調査も依頼されていた。
大臣らもこの怪奇現象に遭い、その際、相手側に自分と同じ人間がいたが、意志を持っていたらしい。
会話を試み、得た情報は寸分狂わない全く同じの世界が広がっているらしい。
そこで我々は鏡の中と外の情報を調査していた。
調査によると、最初の件は山の近くに住むヤンキー2人。最初は映らないままの状態が続いたが、鏡の向こうに自分と同じ人間が見えた。そう語ったらしい。
だが、その後その鏡は黒く変色し、なにも見えなくなったとのことだ。
また、情報によると、黒く変色する前に自分が見えた人の中には、自分の声が聞こえ、命乞いをしている声が聞こえてきたという。
それから事象件数は指数関数的に増えて、鏡が黒くなる事が増えた。稀に鏡の奥に別の景色が見えることがあるらしい。
だが、普通の鏡もあった。膨大な情報を精査すると、ステンレスミラーではなにも起こらないことがわかった。銀鏡にのみ、怪奇現象がおこる。なぜなのかは鏡の中の連中もこちら側も全く見当がつかなかった。
幸い、この街は多くの場所でステンレスミラーが使われていることがわかった。古い物件等で銀鏡が使われているんだとか。
らいとの遠距離偵察隊の一人から、体育祭で大活躍していると通達があった。
俺は保護者としてうまくやっているんだなと一安心した。それからも、らいとと生活しているが、関係性の変化は何もない。
そんな中、パーティーに誘われた。俺は珍しいなとも、嬉しいなとも、思った。
パーティーで見かけた赤瀬は馴染んでいて、生きる道を見つけたのだなと感心した。
世界を救えた。そう思った。
深夜、背後から感電、動けなくなった。死神の力が使えない。
仰向けにされたとき見えたのは赤瀬雷翔だった。
その後左目に指を突っ込まれ放電された、俺は命が絶えるその刹那に、ポルがこの世界に俺を誘導した理由、鏡の奥に悪魔がいない理由、赤瀬がこの世界を滅ぼす理由、全てが稲妻が走るようにわかった。
「そうかそうやって…」




