出会い 赤瀬視点 25先に見てお願い
湿った空気が肌に張りつく。足元の草木がわずかに音を立てるたび、意識が鋭く研ぎ澄まされる。
ここは危険だ。直感がそう告げる。
目の前の男—— 。
一目で分かる。尋常ではない強さ。
まるで空間そのものを支配しているかのように、張り詰めた緊張が肌を刺す。
(……チリッ。)
脳内に微細な電流が走る。 頭が回る。
ボルトと短く意識を交わす。
(逃げる術もなし、交渉できる可能性を探るべきだな。)
この状況で取れる選択肢は限られている。俺の目的がバレることはない。だが、俺の目的を知っていなければこのような男は出てこない。少なくとも俺の力にたいする警戒。だが、この男は確実に俺を殺せる。
なのにしない。どうして?
交渉が目的。または、探りか…?
どっちにしろ対話の余地ありだ。
ならば、演技だ。
「……僕は、気づいたらここにいて……」
自分の声が妙に軽く響く。
わずかに首を傾げる和夫の目が鋭くなる。
「何をしている?何が目的だ?」
(慎重に行けよ……雷翔。)
「僕はただ散策してるだけですよ。目的って何のことです?」
とぼける。演技を続ける。
だが、和夫の目が細まった瞬間、全身の警戒態勢が高まる。
「とぼけるな。次はないぞ。」
空気が変わった。
強者の威圧が直接突き刺さる。
そこで、ボルトが動く。
「ふーはぁ……落ち着けよ。」
自分の口から出たとは思えない、異質な響き。
(ボルト:うまくやれよ……乗っ取りってのはこういうもんだろ?)
俺の顔に、勝手に笑みが刻まれる。
「俺はコイツの中にいる。」
和夫の眉がわずかに動く。
「俺はコイツだ。俺はこの雷翔を殺せるぞ!何かしたらコイツを殺す!」
喉が締まる。いや、実際に締められている。
ボルトは俺の体をうまく使いこなす。。
俺の声が乱れ、変調する。
和夫の視線が細かく動いた。冷静に分析している。
この男は警戒している。だが、殺すつもりはない。
それならば——。
俺は深く息を吐き、無理やりボルトを抑え込む。
「……だから……ンにゃもにゃ……まろ……」
数秒の沈黙の後、ようやく正気を取り戻した演技をして、弱々しい言葉を絞り出す。
「……今のやつが僕の中にいて……時々乗っ取られるんです。それで気づいたらここにいたんです。」
しばしの静寂。
そして——和夫は短く息を吐いた。
「いつから?」
「最近です。」
「制御できるか?」
俺は震えながら言う。
「そこそこ……できると思いますぅうゔ……」
この男がどう動くか、それを見極める必要がある。
だが、和夫は静かに一歩前へ踏み出し、冷静に告げた。
「落ち着け。とりあえず、大丈夫だ。」
その声には、確かな重みがあった。
「俺は誰よりも強い。」
一瞬、俺は息を飲み込んだ。
この言葉には、ただの自信ではない何かがあった。
本当に——この男は、強いのだ。
俺は、しばらく沈黙した。
そして、かすかに頷いた。
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静かな部屋。窓の外では風が木々を揺らし、かすかに虫の声が聞こえる。
政府の判断により、山田和夫と俺は同じ住居で過ごすことになった。理由は単純だ——俺が暴走しても山田和夫がいれば抑えられる。
最初の数日、よそよそしく、弱々しい自分を徹底した。
ある日——
「飯、どうする?」
そう聞かれた。
「僕は特に希望はございませんので、適当に済ませます。」
インターネット接続で敬語の使い方を覚えた。これまでボルトとしかまともにしゃべったことがなかったから。とは言え脳内でだが。
読み書きはできた。日本の論文やサイトをたくさん見てたから。
「カップ麺ばかりでは体がもたんぞ。」
「……ですが、調理は面倒ではありませんか?」
俺は実直な意見をいった。
彼は何かしだした。
料理らしき存在があるのは知っていた。だが初めてみた。
「……思っていた以上に、整っていますね。」
「当然だ。」
食べてみたい、そう思った。
そして——
「……これは、美味しいですね。」
初めて食べた。料理というものを。
俺は山田和夫 という人物を分析する必要があった。
「山田様は、以前の世界でどのようなことをされていたのですか?」
「腐敗を排除していた。」
「……なるほど。随分と、厳しい世界を生き抜かれていたのですね。」
あれほどの強さ、そうでないと辻褄が合わない。
「俺は誰よりも強い。」
「それに関しては、確かに異論はございません。」
安心させるためか、、脅迫か、、自負か、、
だが俺はいつかこいつを討つだろう。そう思った。
政府公認の共同生活が始まり、数週間が過ぎた。
俺はさらなる敬語に磨きをかけ、日本人の会話をマスターした。
「山田様、本日もお世話になります。」
「そんな堅苦しい言い方はやめろ。」
「……ですが、どうお呼びすれば?」
「普通に『和夫さん』でいい。」
「……分かりました、和夫さん。」
あれ?これで合ってるよな?堅苦しい?その感覚が分からない。
日常は、静かに過ぎる。
山田和夫が俺に料理を作る。いつしか
俺は料理に興味を持っていた。
「こういう食事、あまり食べたことがありませんね。」
「何を食っていたんだ。」
「簡単なもので済ませることが多かったので……料理というのは、意外と奥深いものですね。」
川魚とか山菜とか原形を留めたまま食べていた。時間も手間もかからない、それが合理的で至高だと思っていた。
俺はボルと相談しながら、演技するタイミングを伺っていた。
俺が窓辺で夜の風にあたっていたとき、山田は何気なく尋ねてきた。
「眠れないのか。」
「ええ。少し考えごとを……。」
そして——
「ふーはぁ……考えることなんてあるのか?」
その言葉の響きが変わった。
俺はすぐに視線を向ける。俺の口元に歪んだ笑みが浮かんでいる。
「この家、居心地いいなぁ……?」
低く、不気味な響きのある声だった。
山田は動じず、静かに言葉を投げる。
「雷翔、お前は大丈夫か。」
雷翔の肩がぴくりと震え、目をぎゅっと閉じる。数秒の沈黙の後——
「……申し訳ありません。少し、気を抜きすぎました。」
上手くいった。
俺が山田の横で書類を整理しているとき、不意に息を呑む音を出し、手を震わせた。
「ふーはぁ……俺たち、いい感じになってきたな?」
山田は俺の肩を掴む。
「お前はどこまで自分を保てる?」
俺は苦しそうに息を吐く。
「……すみません、少し、意識が……持っていかれそうに……。」
ボルトがこの生活に馴染み、少しずつ俺を侵食し始めていると思っているだろう。
「何か欲しいものはあるか。」
ふとした食後の雑談。
何が目的だ…?懐柔か?
「……特にありません。僕は物欲があまりないので……。」
山田は注文端末を開き、適当に最高級の肉を大量に注文した。
「じゃあこれはどうだ。」
数時間後、テーブルいっぱいに並ぶ極上の肉。サシの美しさ、光沢、脂の旨み——どれも文句のつけようがない。高級なものを用意したことは分かった。
「……これは贅沢すぎませんか。」
山田:「多少の贅沢は問題にならないらしい。」
そして俺たちは、食べた。食べ続けた。
満腹。いや、胸焼け。
美味すぎた。喰いすぎた。
「……少し、考えが甘かったかもしれません。」
「次は控えめにしよう。」
この雰囲気、話を持ちかけるのは絶好のタイミングだと俺たちは思った。
「……最近、背中に違和感があるんです。」
山田は視線を向ける。
「どういうことだ。」
「アイツの気配がするとき、大抵背中が痛むんです。そして、そのときは特に乗っ取られやすい。」
山田は静かに息を吐く。
「つまり、背中に何かある——そう考えているわけか。」
俺は頷く。そして、言いづらそうに続ける。
「……もし、それが原因なら……除去できる可能性はないのでしょうか。」
これが、俺への警戒態勢を撤廃する手段。
山田は政府と掛け合い、手術の可能性を探った。
数日後、専門医が出した結論はこうだった。
「成功率は未知数です。」
原因不明。術式不確定。
「除去すれば、赤瀬雷翔の自我は保てない可能性があります。記憶喪失、あるいは……別の存在として目覚めるかもしれません。」
分かりきっていた。 ボルはものごころついた時にはいた。ボルが背骨から剥がされたとき記憶喪失は免れない、そう感じていた。だが、それはいつしか戻ることも確信していた。
俺は迷わず言った。
「……僕は、やります。」
手術前夜
俺は学校で記憶が戻るまでいたい、と思った。理由は監視や警戒が緩むのと、自由に行動できるようになると思ったからだ。
「和夫さん、僕は学校に行きたいです。もし記憶喪失になっても、転校生として学校に通いたいです」
山田「ああ、分かった。」
暗闇の中で、赤瀬雷翔とボルトは交わす。沈黙のようでいて、確かに会話はそこにある。
『よくやったな。あの男はお前の演技を疑いもしない。』
「当然だ。山田は表向きの『赤瀬雷翔』しか見ていない。」
『だが、少しばかり危険な場面もあったな。俺が顔を出しすぎたか?』
雷翔は窓の外へ視線を向ける。風が静かに木々を揺らし、虫の声が微かに響く。
「問題ない。むしろ、それが自然だと思わせることが重要だ。山田は『俺が戦っている』と思っている。」
雷翔はわずかに唇を歪める。冷えた夜風が首筋を撫でた。
「山田和夫は単純な男だ。慎重だが、根本的な部分は揺らがない。その性格を利用する。俺のよそよそしさも、彼の理想の『赤瀬雷翔』を保つための演出だ。」
ボルトは低く笑う。その声は雷翔の意識に絡みつくようだった。
『だが、いずれは手術だ。お前は山田の信頼を得て、それを『回復』のための試みだと彼に信じ込ませることに成功した。』
雷翔は深く息を吐いた。
「それでいい。手術をすれば、俺は記憶喪失に、そして戻り次第お前を迎えに行くことになる。」
『早く迎えに来てくれよぉ?』
「ああ」
雷翔の瞳が細められた。
「まぁ勝率は高いが、賭けではあるな。」
『いずれ思い出したとき、お前が山田和夫を討て。そのためにくせぇ演技までしてんだからよ。頼むぜ。じゃないとどっちみちやられちまう。』
「そうだな。」
雷翔は静かに目を閉じた。山田に向ける『慎重な少年』の仮面を保ったまま、内なるボルトとともに、眠りについた。




