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88.空いっぱいに、『愛』を

「上手く出来ないとは、『疫病ネズミ』の解除が出来ないという意味か?」と教官が問い詰めるように尋ねた。


「はい……それが……その……」とパミーナは口ごもる。


「はっきり言え。原因は何だ」


 イワオは彼女に心底同情した。自分の好きな男の恋人から、嫉妬を煽るためにわざと惚気話を聞かされた挙句、それで発動した魔法が上手く解除出来ないというかどで叱責されている。このような理不尽がまかり通って良いものだろうか。


「教官の……その……ソウタくんの話を聞いている時……はじめはすごく……辛くて、頭にきて……嫌だったんですけど……何というか……あるラインを超えた瞬間……目覚めてしまったというか……」とそこで彼女はまた口ごもり、ついには顔を覆ってうずくまってしまった。


「いいか、よく聞け。貴様の魔法は、今、帝国、魔界、両国の夥しい人命に関わっている。俺は貴様がこの魔法を解除出来るとしたその言葉と、力量を信頼して任せたのだ。状況を説明せよ」


「興奮してしまって! 制御が出来ないんです!」とパミーナは顔をくしゃくしゃにして叫んだ。


「それは、『性的に』という意味か! どういうことだ! なぜ興奮する! 貴様は、惚れた男が他の女と寝た話を聞いて興奮するのか!」と教官は怒鳴った。


「いや……教官……ちょっと……」イワオはパミーナがあまりに気の毒だと思い、そういうジャンルが存在することを説明しようとしたが、うまくそれを言葉に出来なかった。


「貴様、可愛い顔をして、実はとんでもない変態なのか!」と教官は無自覚に追い討ちをかける。


「ああ……! もうダメ! 別の目覚めが!」パミーナの足元に広がった影から、夥しいネズミが這い出して、そこら中を駆け回り始めた。


「いかん……世界が滅ぶぞ……」教官もこれには血の気が失せて呆然と立ち尽くす。


「『魔王』! 何とかならんもんやろか!」ソウタが声をあげた。


──「これは困った。彼女の魔法は闇魔法だ。余の魔力も闇の属性を持つものなれば、増幅は出来ても打ち消すことが出来ぬ」──


「『勇者』お前んとこの魔法使い、光の魔法使えるんちゃうん!」とイワオも慌てて問いかける。


「ダメ、魔力の量がまるで足りない。そもそも私では、自分の仲間にかかった魔法さえ解除出来ない!」と勇者の仲間の魔法使い、サロメが言う。


「『勇者』お前、ホンマ、いらんことしてくれたな! バーバ・ヤーガが頼みの綱やのに、魔法使われへんやんけ!」イワオがそう怒鳴りつけると、バーバ・ヤーガはイワオの頬に両手をあて、彼の顔を自分の口元に引き寄せた。


「妾は、魔法が使えないとは言っていない。制御が出来ないだけ。変態の小娘とは違う理由で」


「ほんま、やめてあげて。可哀想やねん」


「本来、この魔法を打ち消すことなど容易い。ただ、今の状態ではおそらく命と引き換えになる。

 貴方と出会えて、一緒に過ごした時間は、妾の生涯では瞬きのような短い時間だったけれど、それでもこの一瞬だけが、妾の人生の中で、唯一、雨止みの朝に紫陽花の葉を濡らす滴のように光り輝いている」


「何をええ台詞吐いとんねん! 他の方法を探すから!」


「その前に聞きたい。イワオさん、貴方は、元の世界に帰らなくて、本当にいいの?」


「アホ吐かせ!『その前』て何の前やねん! お前が死ぬまでそばにおるわ、アホンダラ!」


「どうして……そこまで妾のことを……」


「そんなもんに理由なんてあるかい!『愛しとる』! それだけやろ!」


 イワオが叫ぶと、その刹那、バーバ・ヤーガの身体が、眩く輝き始めた。


「うわっ! 眩しっ! 何やねん! 目ぇしぱしぱするやろがい!」


「妾はいつも不安だった。貴方が、本当は、妾の強大な力を恐れて仕方がなく付き合っているのではないかと、その疑念が何度も頭を過った。貴方を信じられなかったことが、恥ずかしい」


「そんなん、誰でも思うわ! 他人の頭の中なんて覗かれへんねんから! もう、アレや。俺と結婚してくれ! この世界じゃ15で成人やろ。もう2年過ぎとる」


「私、1000年も行き遅れてるのよ?」


「今さら何を言うてんねん。そんなこと、気にしとるように見えるんか?」


 バーバ・ヤーガは、イワオに貪るようなキスをした。


「妾も貴方を愛している。おかしくなるくらい。もう、恐れるものなど何もない。妾の心は、そしてその心に紐づく魔力回路は、今、全く新しいものへと生まれ変わった!

 下臈(げろう)ども! この時を以て、妾をこう呼べ!『【愛の魔女】ゴズ・バーバ・ヤーガ』と! 我が夫に仇なす者は、『愛の力』で鏖殺(おうさつ)だ!」


「いや、多分やけど、『愛の力』ってそういう使い方するもんとちゃうで」ソウタは横合から諫めたが、彼女の耳に入っている様子は微塵も無かった。


「よう分からんねんけど、ノーリスクやねんな?」とイワオは確認した。


「『愛の力』に限界は無い! それどころか、愛すれば愛するほど、無限に力を増す!」


「ええ……いや、もう、いったれ!」


「任せて!」


 彼女の身体から一筋の閃光が空に上がると、暁の薄闇を割いて空一面を真昼のように明るく照らした。


 この日、世界は光に包まれた。


「いや、何となく理解は出来るけど、テンションが追いつかれへんわ」とソウタは呟いた。


──「実際のところ冷や汗ものであったぞ」──とヒヨコの魔王がソウタにだけ聞こえるように言った。


「どないしたん?」


──「仮に戦いとなった場合、余が勇者に勝つ見込みはほとんど無かった」──


「嘘やん。アイツそんなに強いん?」


──「いや、『勇者』にとどめを刺すには、『魔剣』ダインスレイブがなければならぬ。だが、余は魔剣を扱えぬのだ。余の短い手羽先には、指が無いのであるからして」──


「うわ……逆に、なんで誰もそこ気付かへんねやろな」


──「余が雰囲気を出したからであろう」──


 ソウタが笑うと、ヒヨコの魔王もピヨピヨと囀った。


 この日の出来事における【烈女】ハンナ・シュバルツ以下『別班』の活躍は、記録には残されなかった。


『勇者』は帝国の聖性を象徴する存在であり、これがテロリストとして帝国側から刺客を差し向けられるなどという事は、存在してはならない事実だった。


『ヒヨコの魔王』グリンカムビが「勇者を倒す」のではなく「勇者と和解する」という形に拘ったのも、実際には、これを承知した上で、帝国の顔を立てるための外交的判断という側面が強かった。


 とはいえ、この点だけで言えば、公にはされないまでも、非公式な記録として残されるところであったが、この件を解決するために用いた手段が、過激で非人道的であったことや、さらにその過程で起きたトラブルや、その収拾の経緯があまりに支離滅裂であったことから、この日起きた出来事の大部分が、帝国の歴史から完全に抹消されたのである。


 後世の歴史には、こう記される。


 ──この日、『勇者』と『魔王』は、歴史上初めてその地位を保ったまま和解した。これを以て、名目上は『休戦』状態であった魔界と帝国は名実共に講和したこととなる。


 伝承として、その日の未明より大量のネズミが発生し、南北両大陸の全土に疫病が蔓延したが、『勇者』と『魔王』との間に和解が成立したその日の明け方、空を眩い光が覆い、疫病に倒れた人々を癒したという記録が、各地に残されている。これは当初何らかの寓意と捉えられていたが、大陸全土に同様の記述が残されているため、何らかの異常な気象現象が発生したとする説が有力である。


 また、伝説上の人物であるハンナ・シュバルツ、バーバ・ヤーガなどがこの件に関わったという伝承も各地に残されており、特にバーバ・ヤーガについては、この時期を境に、【冬の魔女】から【狂愛の魔女】へと通り名が代わることなどから、こうした人物が実在し、『勇者』と『魔王』の和解に関与したのではないかとする説が一部であるが、根拠が無いとして否定する説が有力である──

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― 新着の感想 ―
[良い点] てっきり ネズミが制御できない→煽りすぎたせいだ→愛の力でなんとかするで→キス→教官グギギ てな展開かと パミーナちゃんはとことん可哀想な子になってしまいましたね [気になる点] >妾の…
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