84.Riot
【5・13武装蜂起に関する経過報告】
○経過
5月13日午前2時40分頃、帝国全土に『勇者』を名乗る人物より通信魔法を介した放送
ヘルメス城門前広場、平和記念公園、時計塔広場、城下バザール他著名な広場、集会所に市民が集結
同日午前3時頃、各所轄憲兵隊より当該異変につき報告
午前3時42分、帝都議会の緊急招集完了
市民がなんらかの魔法及びスキルの影響下にあるとの所見より、これに対する攻撃の不許可を決定。各地へ通達
同時刻、市民の集結した複数地点において、魔力投影による『勇者』の演説開始
午前4時30分ころ、武装市民による、魔族の住居及び魔族経営の店舗、事務所等に対する攻撃開始
憲兵は戦闘を避け、魔族の保護を開始、避難を促し、最寄の城砦等及び王宮へ収容
午前4時40分、緊急事態宣言発令。同刻【冬の魔女】バーバ・ヤーガ、【夜の女王】コンスタンツェ・フォン・ナハト、【昼の神官】ザラストロ・フォン・タグシュバーに協力要請
尚、【冬の魔女】は所在不明。緊急事態宣言にその旨を追記
【夜の女王】魔族を収容した施設全てに対し防御結界を展開
【昼の神官】状況分析、特に市民にかけられた魔法、またはスキルについての解析及び対策案の策定
午前5時過ぎ、各地にて火災発生
帝都市民より徴用の夜警団の内、半数以上が当該大衆操作の影響下に入ったことから、夜警は機能不全に陥り、消火作業は難航、大規模な延焼を招く
現在、ギルド所属の冒険者、宮中騎士団、憲兵団、残余市民、及び帝国騎士魔法学園学生・職員を投入、消火活動中
〇『勇者』を名乗る人物の声明
・午前2時40分頃の声明
──目覚めよ! 人民よ! 友愛の皮を被って我らの地を侵す、卑劣にして高邁な魔族どもを一匹残らず蹂躙し、以て我らが祖国の地に人民の旗を掲げるのだ!──
・午前3時40分頃の声明(帝都城下バザール)
──誠に、嘆かわしいことである。(約30秒間の沈黙)
諸君らは、自らの地位が正当であると感じたことがあるだろうか。
諸君は、そして諸君の家族や友人は、名もない一個の、路傍の石であるべきか。
私はこれに、明確な答えを用意することが出来る。
すなわち「否」、断じて「否」である。
諸君らは、自らに課される税が正当であると感じたことがあるだろうか。
諸君らが額に汗して得た賃金は、魔界との国交などという愚策に費やされるべきか。
私はこれに、明確な答えを用意することが出来る。
すなわち「否」、断じて「否」である。
諸君の住宅、あるいは店舗の増築に費やされるべき土地が、魔族の所有とされている現状は正当だろうか。帝国の資源が魔族に消費される現状は正当だろうか。帝国の貨幣が魔界に流出する現状は、技術や知識が買い叩かれる現状は、営業権が金の力で乗っ取られる現状は、諸君らにとって正当だろうか。
かつて帝国が魔界と和睦を結んで以来、胸を張って正当であると言えることが、この地に果たしてあっただろうか。
答えは「否」、「否」である。
歴史上、我が帝国領土を幾度となく武力によって脅かして来た魔族は、果たして我らの愛すべき隣人であろうか。
彼らは、『武力による拡大主義』の剣を、『経済による拡大主義』の別なる武器に持ち替えたに過ぎない。それは目に見えぬ、時には気の利いた贈物にも似た、卑劣にして不気味な、得体の知れぬ武器である。
彼らは、そうした拝金主義の毒を、疫病のように撒き散らしながら、我らが神聖なる帝国の領土を、音もなく席巻してきたのである。
誠に、嘆かわしいではないか。唾棄すべきではないか。許されざることではないか!
では、この音もなき侵略から、我が愛すべき帝国の主権と領土と国民を守る者は誰であろう。『伝説の勇者』か。それとも『神』か。『皇帝』か。
私はこれに、明確な答えを用意することが出来る。
すなわち「否」! 断じて「否」! それこそは、私であり、貴方であり、諸君である!
私こそが! そして貴方こそが! 我らが愛すべき帝国の、美しい国土から、拝金主義の毒霧を払う英雄なのだ!
立ち上がれ! 武器を執れ! 今こそ、戦おうではないか! あらゆる不条理と!
今、あらゆる場所に、あらゆる怪物が、現れようとしている!
だが、我々が真に団結した先に、恐るべきものなど存在するであろうか!
「否」! 断じて「否」である!『勇者』は、常に諸君らと共にある! 諸君らの胸に、勇気の火が灯っている限り!
『勇者』とは、私であり、貴方である!『英雄』とは、私であり、そして他ならぬ貴方自身である!
『勇者』たちよ! 立ち上がれ! 『英雄』たちよ! 武器を執れ! 『人民』よ! 戦え!──
────熱狂する市民の様子が、サロメとかいう女が用意した大鏡を通して、ソウタとイワオの目に、一種の異様さと、不気味さをもって映った。
【冬の魔女】バーバ・ヤーガを無力化し、銃器の存在をチラつかせて、勇者一党は3人を事実上拘束していた。
「よう分からんねんけど、魔族が稼いだ金で帝国の土地買ったら、なんかアカンの?」とソウタは首を傾げた。
「俺も分からん。別に魔族は何も悪いことはしてへんように思うねんけど」イワオも同じように首を傾げる。
「そうだろうね。別に、魔族に非はないだろう」と勇者がこともなげに答えるので、ソウタとイワオはますます混乱した。
「どういうことやねん」
「これはただの手段に過ぎない。“私”の役割は、ただ、大衆を熱狂させることだ。別に、口実なんて、何でも良かったのさ」
「なあ、俺、割と早い段階から思っててんけどやぁ、こいつ、多分クソやで」とイワオは言った。
ソウタもそれにうなずく。「ああ、こいつがひり出しよったんと同じ、デッカいクソや」
「“俺”は、この世界を心ゆくまで堪能しようと思っているだけだよ」勇者は笑った。
「要はお前、自分が世界の中心におらんと気が済まへんねやろ。『転生したら勇者でした!?〜意外に暇なので、民主主義革命でも起こそうと思います〜』てなモンやろ」イワオは、侮蔑の混じった口調で言った。
「スーパーオナニーマシーン3号やな」ソウタもそれに続く。
「それ何やねん。1号2号はどこ行ってん」
「どうだろうな。実際のところ、魔王も魔族も、正直どうでもいいんだよ。
この世界では、『世界』というものに関する研究が、地球よりはるかに進んでいるが、観測される限りでも、実に147,810個の『世界』が存在するらしい」
「エグっ。頭おかしなるで」イワオは顔をしかめた。
「それも、我々がかつていた宇宙の広さを考えれば良心的な数字だ。何しろ、1光年が9兆5千億km、太陽系の大きさだけでも3.2光年だ。太陽系の属する天の川銀河で10万7千5百光年、おとめ座銀河団1千5百万光年、おとめ座超銀河団1億1千万光年、観測可能な宇宙の大きさだけでも、930億光年の広さだ。その中に、少なくとも2兆個の銀河が存在する」
「何やお前、宇宙博士か」
「どうだね。今起きている問題なんて、些細なことだろう。この広大な宇宙の中で、我々のやることなど、蟻1匹の生き死によりも遥かに些細な問題だよ。ならば、我々は、せめて自由に振る舞おうじゃないか」
「いや、そうはならんやろ」ソウタは腰の剣に手をあてる。「いよいよこれは、やらなアカンやろな」
イワオも再び戦斧を執った。
バーバ・ヤーガが彼の袖にすがる。「貴方を、助けられるか分からない」
イワオは彼女の頬に触れて笑った。「愛しとるで。奈落の底まで付き合うてくれや」
1匹のネズミが、彼らの足下をすり抜けた。




