82.Put them on the table
「どっか座るとこ無いん? 立ち話もなんやし」というイワオの提案で、彼らはコミューンの中でも一際大きな天幕に通された。
その中央に置かれた木製の大きな円卓は、脚を地面に埋め込まれていたが、作りが甘いものと見えて、手を乗せるとガタガタと揺れた。
天井に吊るされたランプの覚束ない光が、彼らの顔を照らした。
ソウタとイワオ、バーバ・ヤーガが並んで席についた向かいには、勇者が1人で対面する形となった。
ソウタは、まず前提を確認するように宣言した。「少なくとも、ここにいる3人は、今お前らと戦うつもりはない」
「もちろん、其の方らが、大人しくこちらの話を聞いておる限りにおいては」とバーバ・ヤーガが付け加えた。
イワオにはこれが、必要な威嚇なのか、無用な挑発なのか判断がつかなかった。
「いいだろう。我々にも無論、反撃の用意はあるが、無用の戦いを避けられるならそれに越したことはない」
(野グソ見られた奴のテンションとは思われへんな)
勇者の偉そうな言い草は気に入らなかったが、イワオはあえて触れなかった。代わりに「まず、アンタらはこんなとこで何をしとんねん」と尋ねた。
「それは、立場によるだろう。“フランス革命”はブルジョワジーや自由主義貴族にとっては『正義の革命』だったろうが、王族や宮廷貴族にとっては『クーデター』だった。
君たちにとって、我々は忌むべきテロリストかもしれないが、後世の歴史は、我々の戦いを『市民社会の出発点』として語り継ぐだろう」
「“フランス革命”て、お前、何人やねん」イワオが言うと、本人に代わってソウタが答えた。
「コイツは、転生者や」
「何でお前が知っとんねん」
「コイツさっき、『こちらの世界』て言いよったやん。『あちらの世界』を知っとるヤツの言い方や」
「何やお前いきなり。言葉尻掴まえて見抜く感じカッコええやんけ。ずっこいわ」
「せやろが」
「クソ、調子乗らしてもうたやんけ」と吐き捨ててから、イワオは勇者を睨み直した。「いや、結局お前ら何しとんねん。正義がどうとか、歴史がどうとか、そんなん聞いてんちゃうねん。具体的に言えや」
「君は敵に、自らの意図を具体的に説明するのか?」勇者は鼻で笑った。
「コイツ、喋り方鼻につくわ。何やねん。雰囲気出しとんちゃうぞボケ」
「イワオお前、ちょっと落ち着けや」ソウタがイワオをなだめる横で、バーバ・ヤーガが口を開いた。
「妾には本来、興味も関心も無いことだが、現状、帝国と魔界は友好関係にある。後世の歴史が其方らをどう語り継ぐかなぞ、妾の知ったことではないが、例え相手を魔族に限ろうとも、現体制に叛旗を翻した時点で、其方は帝国にとっても謀反人となろう。
そうまでして其方がやりたい事とは何なのか、それがとんと解らぬという話をしておるのだ」
勇者は、目を細めた。イワオにはそれが、バーバ・ヤーガの発する圧力に身構えるように見えた。
「“僕”たちは、この世界に『革命』を起こす。君たちがその事をどう捉えるにせよ、我々が大方そのようなつもりだということくらいは、君たちも承知していることだろう。それで結構だ。
交渉というのは、それを必要とする者同士でしか成り立たない。そして、我々は交渉を必要としていない。つまり、これ以上のことを説明する必要は、君たちには有っても我々には無いということだ。この話は、そこで完結しているんだよ。
“私”がこの場を設けたのは、そのことを説明するためだ。分かりやすく言おう。『何も話すつもりはない』“俺”はずっと、そう言っている」
「一人称統一してくれへん? 気ぃ散ってしゃあないわ。何の表現やねん」イワオは椅子の背もたれに踏ん反り返った。
「あー! 腹減ったなぁ! イワオ、腹空かへん?」ソウタが前触れもなく声をあげる。
「せやな。何や、勇者の仲間っちゅうのは、お客さんに茶の1つも出されへんのかいな」
勇者は顔をしかめた。「何を言っている? 話は終わりだ。帰って飯を食うなり茶を飲むなり好きにしろ。まさか、コミューンに招き入れただけで、我々が友好的だと勘違いしたわけではあるまい」
「勘違いしとんのはお前の方や」とソウタは言った。
「一体、どういうことだ」勇者の声色に苛立ちの響きが混じる。
「俺らはな、時間だけはようけあんねん。時間セレブやねん。別に、1泊2泊したって構へん。そうするうちに、俺らの教官、【烈女】ハンナ・シュバルツはここを探し出すやろな。
そうなれば、血みどろの殺し合いや。逃げに徹すれば、お前と、まあ、贔屓目に見て仲間の魔法使いくらいは生き残るかもせえへんわ。けど、他の仲間はどないやろな。
お前ら、そもそも最初の時点で何で逃げたん?『今はまだ、勝負の時じゃない』、お前はそう言うやろけどな、それは敢えて勝負せえへんのではなくて、まだ勝負出来へんねやろ。
『魔王』はあれで一国の王様や。それなりの準備が要るやろ。ここで俺ら3人が暴れれば、その準備は水の泡なんちゃうか?」
「つまり、帰って欲しければ、言うことを聞けと?」
「いや、とっぷり語り明かそうやないか。『こちらの世界の歴史や、進化生物学について』教えてくれるんとちゃうんかい。何も情報を与えんと、帰らした方がええとは思いながら、お前、本心では俺らがお前に比べて如何に無知か、喋りたあてしゃあないねやろが」
ソウタはそう言うと、組んだ足を円卓のテーブルに乗せた。
イワオがそれに続く。「俺は、殺すのも殺されるのも御免やねん。けどな、仲間を人殺しにさすくらいなら、代わりに俺がやったるわ。俺もソウタもその覚悟でここにおんねん」
「さあ、選べ。ここで俺らと殺し合いの前哨戦をやるんか、それとも、腹割って話し合うんか。俺らはどれでも構へんわ。そんくらいの覚悟は決めて来とんねん。ナメとんちゃうぞアホンダラ」
勇者は、声をあげて笑った。
「言ったはずだ。『反撃の準備はある』と。覚悟をしていたのが、お前たちだけだとでも?」
けたたましい破裂音が、背後から不意に鳴った。天幕に小さな穴が空いて、そこから月の光が差し込むと、直後にイワオは叫んだ。
「バーバ・ヤーガ!」
バーバ・ヤーガはそれに答えず、地に膝を着いた。覚束ないランプの光に、彼女の黒いローブの胸元が濡れて光るのが見えた。口の端から鮮血が滴る。
「『ヒール』!」イワオは椅子をひっくり返して彼女の胸元に手をかざし、回復魔法を唱える。
「無駄だよ。魔法を無効化する弾丸だ」と勇者は彼らを見下ろしながら言った。
「お前、この世界に銃を……」ソウタが勇者を睨む。
「『マスケット銃が歩兵を創り、歩兵が民主主義を創った』ロジェ・カイヨワの『戦争論』にある有名な一節だ。
さあ。座れよ。交渉がしたいんだろう?【冬の魔女】という拠り所を失ったお前たちが、何を囀るのか、ゆっくり聞かせてもらおうじゃないか」




