77.遭遇
襲撃された村を救い、その復興に着手してから一週間後、彼らは手厚い見送りを受けながら村を後にした。
村人全員分のバラックを建て、市壁の穴を塞ぎ、瓦礫を撤去し、井戸や畑を修復すると、後は村人と、調教師の女で十分復興の見通しが立つところまで村は再建された。
わずか30人足らずの小さな村とはいえ、これは驚異的なスピードだったが、魔法や魔物の調伏といったこの世界ならではの技術が、これを可能にした。
調教師の女は、別れ際こう言った。「5年後、またこの村に来て下さい。私はここを、魔界で最も美しい村にする」
「ああ、楽しみにしている」と教官は答えた。
「こういうふうに、夢を持っていたのがいつだったか、もう私は思い出せません。見た目こそ20代そこそこですけど、通算すればもう60年くらい生きているから。私の心は老いていたのかもしれません」
「俺は、今日の俺こそが自分史上最強だと思っている。明日も、明後日も、20年後もそう思い続けるだろう。俺は常に過去の自分を更新し続ける。お前はどうする?」
調教師は笑った。「私は日々を自分なりに過ごします。ここの人たちが私にしてくれたように、分け合いながら生きていく」
朝の太陽がふと木立に隠れて、不意に涼しい風が吹いた。
帝立ヘルメス騎士魔法学園の2年2月期生(このナンバリングは毎月更新される)は、勇者の情報を得るべく、周辺の集落を周り、聞き込みと索敵を並行して行うことにしていた。
彼らは、この時点をもって【烈女】ハンナ・シュバルツを長とし、『勇者』の捜索及びそれに関わる情報の収集、要すれば捕縛あるいは討伐を任務とする特務部隊『別班』と名付けられた。
この名称における『別』とは何の『別』なのか、この班の所属はどこなのか、そうした説明は一切付されていない。
これの意味するところは、『勇者』をめぐる種々の争い、工作、諜報活動並びにその殺害について、帝国は一切関知しないということである。
「この世界は今、概ね平和だ。『魔界』と『帝国』という2大国家が友好関係にあり、帝国内部の都市国家同士も紛争関係にないという意味合いにおいて。
ただしこの平和は、国家同士の軍事力の均衡、商業的交流の相互利益、共通の敵であるダンジョンと魔物の存在という微妙なバランスの上に成り立っている」
ジャングルの藪を分け進みながら、教官はそう説明した。
『勇者』の存在は、その均衡を破壊し得る脅威であるが、それと同時に外交上も内政上も、非常にデリケートな問題を孕んでいるらしかった。
なお、一時集落に現れたバーバ・ヤーガも、翌朝には帰り去った。彼女もまたその一挙手一投足が世界の均衡を崩しかねない『特記戦力』であり、自身の領地以外の場所に留まること自体が帝国に騒動を(場合によってはイワオの不利益を)招くということを自覚していたためである。
「帝国議会が我々の存在を糾弾しようとした場合、王室はこう答える。『指摘にあった《別班》なる組織について、帝国陸海軍並びに各省庁に報告させたところ、これまで帝国行政組織上において、そのような機関が存在したことはなく、現在も存在しないことが確認されており、現時点においてこれ以上の調査を行うことは考えていない』」
「つまり、『我々の知らないところで片付けて来い』ということですか?」とフィガロが批判を含んだ口調で言った。
「その通り。そして、『その代わり、金をやる』を付け加えるべきだ。
大きな組織からキナ臭い話が舞い込んだ時、その臭いに顔をしかめるか、そこに混じっている金の臭いを嗅ぎ分けるか、そこが冒険者としての分かれ目だ。
お前たちがこの先、どういう進路をとるか知らんが、学園の教官として俺が教えるべき最も重要なことの一つが、『身の振り方』だと考えている。
これから貴様らには、冒険者としての振る舞いを身をもって教えるつもりだが、軸となる考え方は一つ。『稼げる時には容赦なく稼げ』ということだ」
その話を少し離れたところで聞きながら、イワオは唸るように頷いた。
「教官て、よう聞いたらタメになること言うてはるよな」
「せやねん。脳筋発言にビックリして聞き逃しがちやけど、実際めっちゃ考えてはんねん」ソウタは、うだるような暑さに息を切らしつつ、遠く視線を上げた。
錯雑したジャングルは、葉の茂った枝をのべつまくなしに広げて、隣の仲間の様子も判然としない。
そのため、彼らは少し進んでは集合して人員を確認し、また横隊に展開して索敵し、ということを繰り返さなければならなかった。
この同期たちの中では、教官を除けばイワオ、ソウタ、ドラベッラ、メグが近接攻撃の主軸となる。そのため、不意の横撃に備えて最右翼にソウタとイワオ、最左翼にドラベッラとメグが配置され、樹上からの偵察はジェミマとフィオルディリージが任ぜられた。
フィオルディリージやパミーナが新しい魔法を習得していたように、ソウタやイワオも学園での一年を通して、成長を遂げていた。最も顕著な変化は、必殺技の習得である。
ちょうど近くの低木に、大蛇の魔物が巻き付いて、枝を伝ってソウタの頭上を襲った。
ソウタは一声叫んで頭上の大蛇を斬り払った。「『トゥインクル・スター』!」
「ダサっ!」とイワオも思わず叫ぶ。「お前それ、ホンマなん?」
「何回言うねん」とソウタは顔をしかめた。ソウタがこの必殺技を習得して以来、数えきれないほど繰り返したやりとりだった。
「いや、何回聞いても聞くに耐えんわ」
「しゃあないやんけ。『ヒール』とか、『ファイアボール』みたいに、あらかじめ名前決まってもうてるヤツやねんから。これ言わんと技出えへんし」
「どういう仕組みやねん。ホンマ、笑かしよるわ」
「笑てへんねやんけ。惰性で言うてんちゃうぞ」とソウタが抗議したその時、近くの薮がガサガサと音を立てた。
「ほら、もっぺんいったれ。トゥインクル・スター。もうお前【星の王子様】て通り名でやってったらええわ」とイワオが言う。
「お前、覚えとけよ。お前がダッサい必殺技覚えたら、死ぬほど笑ったるからな」と言いながら、ソウタは恐る恐る薮をかき分け、音のする方へにじり寄った。
「あっ……!」と声を上げたのは、相手の方だった。
「あっ……!」ソウタも思わず声を上げる。
茂みに身を隠しながらこの場を離れようとしていたが、振り向いたところをソウタに見つかったものらしい。
何とも特徴のない顔立ちをした男だった。ただ、頭に幅5センチほどの金の輪をはめており、その中央に赤い大きな宝石のようなものが嵌め込まれていることだけが、彼が何者であるかを雄弁に物語った。
「いきなり勇者や!」ソウタは叫んだ。
「『いきなりステーキ』みたいに言うやん」イワオはほとんど反射的にそう返した。




