74.『正義』について、『優しさ』について
「我は帝立ヘルメス騎士・魔法学園主任教官、ハンナ・シュバルツである」と教官が名乗ると、
「いや、何とお礼を申し上げたらよいか」と村長の老人は、深々と頭を下げた。
「ご老人、頭を上げられよ。今上魔王陛下には、我らもひと方ならぬご厚誼を賜っておるゆえ。このような局面に手助けすることは、我々にとって当然のことだ。良い訓練にもなった」
「村がこのような有様ですから、おもてなしも出来ませんで……」
「それについてだが……」と言うと、教官は学生たちの顔を見渡した。
「ワシらドワーフにとって、この人数の仮住まいを建てることなど朝飯前ですな」とピッポが胸を張った。
「畑の育成を促す、研究中の新しい肥料を持っておりますわ」と『薬師』ジェミマも眠たげな目をこすって言う。
「そういうわけで、我が教え子たちは、村の復興にも何かとお役に立てるだろう」教官が言うと、村人たちの中からは、すすり泣きさえ聞こえ始めた。
「この御恩は、決して忘れません」と言ったのは、村の女だった。繋いだ手の先には、ジャングルで助けた少女アグが、はにかむようにしてこちらを見つめている。
【烈女】ハンナ・シュバルツは、剣を掲げて声を上げた。
「良いか、劣兵ども! 此度の戦働きは、貴様らのこれまでの功績の中で最大のものである!
武器を執り、何かを傷付けて戦うことを許される、その根拠は、偏に『正義』、これに依らねばならない!
では『正義』とは何か! 時代により、場所により、思想や信仰や文化によって、それらが形を変えるとしても、虐げられ、打ちのめされ、傷付いたものに手を差し伸べる、このことだけは、常に変わらざる普遍的『正義』である!
如何な戦乱、如何な混沌、あらゆる混乱の内に、『正義』を騙るもっともらしい主義主張が蔓延ったとしても、その内に弱者を踏みにじるものがあるとすれば、これを妄信していたずらに刃を振るい、弱者を踏みつけ、目を逸らすことを禁ずる! 目に映る弱者を看過して行われる『大義』などというものに、『正義』が宿ることはないと心得よ!」
この大演説に嗚咽を漏らしたのは、村人でも学生たちでもなく、彼女とその教え子に敗北を喫した調教師だった。
「私は、罪を償います」と女は両腕を差し出した。
「ああ、そうしろ」とハンナ・シュバルツはうずくまる女を見下ろして言った。「あくまで俺の私観だが、お前が償う相手はこの村の人たちであるべきだ。俺は憲兵ではないし、ここは魔界だ。罪人を拘束する法的根拠も、犯罪を報告する義務も持たん。村長は、お前にここで働けと言っておられる。お前が奪ったものを、奪った人たちから目を逸らさず、返すことで償うがいい」
村長が、女の肩に手を置いた。
「誰かに優しくした者は、誰かに優しくされにゃならん。あれだけの魔物が村を襲って、人死にはおろか、1人も怪我人が出らんかったというのはおかしな話じゃ。お前さん、自分の中の憎悪と闘っておったのじゃろ。この村の者が傷付かんように。お前さんは、十分優しい人じゃ。まずは、お前さん自身がそのことに気付かにゃならん」
女は、ほとんど孤独な狼が挙げる高い遠吠えのように慟哭した。
それからの一週間を、【烈女】ハンナ・シュバルツとその指揮下の学生たちは、村の復興に費やした。
この村で起きた出来事と、その復興に手を貸すこと、また、本件の加害者である調教師を受け入れた村長の、人生観や哲学を見聞することは、通常の訓練を超える価値があると判断したためだ。
ピッポは同期たちに指示を出し、周囲の植生を利用して、簡素ではあるが、雨風を凌ぐに足るバラックを、一夜のうちに村人全員分作り上げた。
荒れた畑はフィガロが先導し、調教師の魔物を使って耕した。土に、砕いた魔石を混ぜ込んだというジェミマの肥料を混ぜて、難を逃れた僅かな備蓄種苗を植えると、その日の内に実を付けたが、枝葉が音を立てて止めどなく伸び続け、一時は村の面積の半分を覆い尽くした。
そのため、ジェミマの肥料は、生態系を破壊しかねない危険な薬物として以後お蔵入りとなったものの、当面の食料を確保するには十分な貢献を果たした。
彼らが復興作業を始めてから3日ほど経った夜、ピッポが調教師の女と夜な夜な密会しているようだと、彼の恋人メグから、ソウタに相談があった。
ソウタは正義感と好奇心から、その現場を暴こうと夜も更けた天幕に突入したが、そこでは、ピッポと調教師が、急拵えの大きなテーブルに広げた図面を、真剣な表情で睨みながら、ああでもないこうでもないと議論を交わしていた。
尋ねると、女は答えた。
「私は、自分のしたことを償わなくちゃいけない。そのために何が出来るか考えたの。私には、手伝ってくれるたくさんの魔物と、建築の知識がある。これを使って、まずは自分の壊したこの村を再建する。
前の世界では役立てられなかった知識を、こんなところで役立てられるのは、何か意味があることなんだと思う」
「めっちゃええやん」ソウタは歓声を上げた。
ピッポは図面を見下ろしたまま、興奮気味に言った。「お前たちの世界の建築は凄いぞ。機材が問題だが、例えばテュポーンのような魔物を使役してこれに替えられるとすれば、材料さえあればとんでもない大きさの建物を造れる。何より、安全性や丈夫さについて、基準がはっきり定まっておるところが凄い。
村にいる間、出来るだけこの人の知識を聞いておくつもりだ。これを持ち帰って工務店でも開けば、少なくともメグと2人暮らしていくのに苦労はせんだろう」
この話を聞くと、「お前、学校に何しに来てん」とソウタは言ったが、メグは安堵と歓喜のために、ボロボロと涙をこぼした。
調教師は、ピッポの恋人に誤解を招いたことを詫びてから、続けた。
「この村はジャングルと共にある。彼らにとって、それは商業的成功以上に大切なものかもしれない。
森林環境、住環境、経済環境が一体となった全く新しい都市システムを構築する。これは、私たちがかつていた世界にも為し得なかったことよ。私はこのことを当面の目標にするつもり。
ただ我々の知識をここに押し付けるだけではダメなんだと思う。
私が憎しみに取り憑かれていたのは、きっと、自分のことしか見えていなかったからだわ。ここに住む人たちにとって、何が必要なのか、何が大切なのか。『償う』という機会が与えられてはじめて、そんなことを考えられるようになったのは皮肉だけど」
「なるほど」ソウタは当然、彼女の言うことの半分も理解してはいなかったが、まるで憑物が落ちたように、前向きな姿勢で日々を生きることにしたのだということだけはしっかりと伝わった。
「そのためには、建築だけでなく、この世界の特性に合致した通信インフラも構築すべきだと思う。そしてゆくゆくは、この世界のインスタに、私の作り上げた森林都市をアップして、死ぬほどバズらせるわ」
「感動返してくれや」
ソウタはその落差に呆れ返ったが、その背後から教官が現れると、立ち位置を譲った。
「『勇者』について、聞かせてくれ。お前は、その憎悪にあてられたのではないか?」と教官は言った。その声には、いつになく深刻な響きが混じっていた。




