67.魔王と米
帝国から彼らに下賜された報償金は、同期たちを歓喜に沸かせた。
何せ下位の冒険者が一月に稼ぐのと同程度の額である。
「お前これ、何に使う?」とイワオはそわそわしながら尋ねた。
「決まっとるやんけ。全部ケーキにぶっ込んだるわ」ソウタは鼻息を荒げる。
当の本人たちでさえ、ややもすれば忘れそうになっていたが、『異世界スイーツプロジェクト』も、ここに来て事態に急転を見せていた。
【ヒヨコの魔王】グリンカムビより、ソウタ個人に対し、魔界の特産であるカカオと砂糖が大量に、感謝状を添えて贈られたのである。それも両国の外交当局を通す正式なものとして。
感謝状の内容は以下の通りである。
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在帝国異世界人
タカマツ・ソウタ 殿
上は、【ヒヨコの魔王】グリンカムビ降臨にあたり、玉座中央にはまり込んでいた今上魔王を摘み上げるという比類なき大功により、帝国・魔界両国の友好に著しく寄与した。
その善意に感謝の意を表すると共に、下記の品を贈呈し、以て護国の大恩に報ずるものである。
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この文中に言う「下記の品」というのが、粉末にした大量のカカオと砂糖だ。
「はぁ、ちゃんとしてはるなあ」イワオは、部屋でその文書を広げるソウタの横から覗き見ながらため息を吐いた。
昼食を取った後の昼休みである。入学から半年を経て、訓練は専門性を増す反面、その過密さはやや減じていた。
「ほんま、ヒヨコとは思われへんで」
「お前これ、もう玉子食われへんのちゃう?」
「いや、魔王はヒヨコの形しとるだけで実際別の生き物らしいで。ニワトリにもなれへんねんて」
「『おう、せやったらええわ』てなる? 俺、鶏肉食う時もちょっと頭よぎんねんけど。ていうか、何で知っとん?」
「文通しとるし」
「昭和か。魔王はどうやって手紙書いとんねん」
「口ばしで書いてんねんて」
「何やねん、その涙ぐましい努力。お前玉子食うのやめろや」
「いや俺、玉子好きやし。ほっかほかのご飯に『カッ!』言うて……」ソウタは茶碗の上で玉子を割る動作を真似た。
「おいおい、お前、言うたなついに。こっち来てからずっと考えへんようにしとったことを。あー、アカン。もう米のことしか考えられへん。どうしてくれんねん」イワオは頭を抱える。
「と、思うやん?」ソウタは不敵な笑みを浮かべた。
「いやお前、まさか……」イワオはソウタの顔を覗き込む。
「あるがな!」そう言って、ソウタはベッドの下から布袋を取り出した。
サッカーボール程度の大きさに膨れた布袋がたてるザラザラとした音から、中身が想像出来た。
「米や!」イワオは歓喜の声を上げた。「いや、どないしてん、これ! 魔王?」
「せや。こないだ、おが屑敷いた巣箱作って送ってん。そのお礼やいうて」
「巣箱て。完全にヒヨコやないか」
「玉座の上に巣箱置いて、その中に座っとるらしいで」
「魔族の人らって、自分とこの王様それでええの?」
「結構、人気らしいで。カワイイ言うて」
「軽いなぁ、ノリが。まあ本人らがそれでええねやったらええけど」
「ある日突然ポンと現れた奴が王様で文句言わん人らやしな」
「それもそうやな。まあ何よりまず米や。米炊こうや」
「いやお前、これからまた訓練やて。時間足らんわ。夜や」
「ああ……まあ……せやな。いや、どないしてくれんねん。全然集中出来へんわ」
「お前『僧侶』のくせに煩悩多すぎやろ。解脱せえ」
その日の午後から、イワオの訓練は明らかに精彩を欠いた。
戦斧の振りは自然と『米』の形になったし、防御魔法には茶碗の形の穴が空く。
戦闘訓練では、仲間がほとんど無力化した魔物にとどめを刺し、したり顔でガッツポーズするソウタにフィガロが「お前、さも自分が……」と言いかけるのを、「『しゃもじ』? 今『しゃもじ』って言うた?」と聞き違え、同期たちを困惑させた。
「イワオお前、大分キとんな……」見兼ねたソウタは、同期たちに事情を説明した。
ソウタとイワオの祖国では米を主食としていたこと、魔王とソウタの交流の中で、それが思いがけず手に入ったこと、それを知ったイワオが、思考を米に支配されていることなどを。
「まあ、ウチらからすれば、一生パンが食えなくなるようなもんか。地味にキツいな」ドラベッラが同情からそう言うと、同期たちは一様に理解を示した。
その日の訓練を終えると、ソウタとイワオは水に浸した米を入れた鍋を持って、同期たちが待つ寮舎東側、ケーキ用の窯の側に来た。
そこには訓練を終えた後にもケーキの試し焼きが出来るよう、松明を備えてある。
イワオはこの時まで、まだ米の現物を見ていなかった。これを見てしまうといよいよ米に心を縛られて、何も手に付かなくなると考えたためである。
「ちょお、炊く前に一回見せてくれ」イワオは逸る気持ちを抑えながら言った。
「しゃあないなあ……」とソウタは勿体つけて鍋のふたを開ける。
松明に照らされて揺れる水面のすぐ下に、白い粒がひしめくように沈んでいる。ふとイワオは違和感を覚えた。
「なんか……長ない?」それは紛れもなく米だった。いや、確かに米であることに間違いないのだが、一粒一粒が異様に細長い。
その時イワオはふとあることに気付いた。と共に、足下が急に崩れ落ちるような失意に襲われる。
「お前これ……カリフォルニア米やないか!」
ともあれ、ややパサパサするものの、およそ1年ぶりの米を、彼らは美味しく頂いた。心の隅に、重く沈む微かな澱を感じながら。
余談だが、その後、魔界では米の品種改良が進められた。結果、時代が下って後、『ジャポニカ米』なる粒の短い米が開発され、よく水を吸うもっちりとした食感から、広く流通することになるが、この品種が開発された経緯について、のちに『豊穣神の権現』とまで謳われた当代魔王が、異世界人からの助言を得て開発に着手したという事実は、この米のように広く伝わることはなかった。




