66.手を使わずにボールを相手のゴールに入れる競技
『魔王降臨』にまつわる騒動が終結、それに伴う諸々の外交手続きが一段落する(もちろん、ソウタやイワオにはあずかり知らぬ話だが)と、魔物の氾濫への対処や、『魔王城』攻略、その他の功績に対し、論功行賞が行われた。
学生から成る急造の一個分隊を率いて『魔王城』に直接侵攻、魔物を制圧し、魔王との和議を決定付けた【烈女】ハンナ・シュバルツは、退役軍人ながら、「武功抜群」にして「帝国領土・臣民の安寧に資すること甚だ多し」として『功一級獅子勲章』なる勲章と報奨金、領地が下賜されたという。
その授与式は、皇帝の御前において行われるものであるから、彼女に随伴したとはいえ、学生である同期たちは出席を許されなかったが、当然彼らも褒賞の対象となった。
何より、この日、教官が不在となったことにより、平日の1日を苛烈な訓練から逃れたことが、彼ら同期たちにとって最も大きな褒賞となった。
さて、では教官のいない1日、自主訓練を命ぜられた彼らがどう過ごしたかということについてだが、端的に言うと、サッカーだった。
「訓練内容は自主性に任せるが、とにかく身体を1日動かし続けろ」という教官の指示を満たしつつ、教官のいないこの1日を、有意義に使う手段として遊戯性を求めた結果、辿り着いたのが、異世界の競技を再現することだったわけだ。
「つまりな、ゴールキーパー以外は手使ったらアカンねん」ソウタとイワオの説明に、同期たちは興味深げにうなずいた。
この世界にもボールを使った遊戯はあるが、競技として体系化されてはいないようだった。
「同期15人やから、7対7で1人審判な。チームはグッパで決めることな」
細かいルールについてはソウタもイワオもうろ覚えだったが、「まあ、取り敢えずやってみようぜ」というフィガロの一声によって、まずは競技がスタートすることになった。
同期が2チームに分かれると「じゃあ俺、メッシな」とソウタは同じチームになったイワオに言った。
「ちょお待てお前。メッシはオレやろ」
「何でやねん。お前イニエスタとかでええやん」
「イニエスタ、ハゲてるやん」
「関係ないやんけ。イニエスタもごっつサッカー上手いで」
「当たり前やろ。それで飯食うてんねんから。大体メッシとイニエスタって、いつの話してんねん。イニエスタ、今は神戸やろ」
「もう異世界来てんねんから、今神戸とか関係無いわ。俺の中では永遠にバルサのMFや」
という口論が同期の仲裁を受けると、仕方がないのでイワオはヒゲが生えている頃のメッシ、ソウタは生えていないメッシということでとりあえず和解した。
「とりあえず、フォーメーション考えなアカンわ。ゴールキーパー除いたフィールドプレーヤーが6人やから、考えられるとこでいけば、DF、MF、FD2人ずつの2–2−2か、FD1人下げて中盤増やした2−3−1てとこやろな」イワオが地面に図を描いて、フォーメーションの説明をすると、チームとしては、バランスの良い2−3−1が優勢だったものの、このチームにはメッシが2人いるため、最終的にはFD2人の2–2−2に落ち着いた。
「魔道士系の女の子もおるから、ぶつかって倒したらファールてことな」と細かなルールを確認し、センターサークルに入ったソウタは、相手チームを見渡した。
キーパーがフィガロ、DFにパミーナ、中央にドラベッラ、右サイドハーフにフィオルディリージ、左サイドハーフにピッポ、フォワードに蹴鞠が得意だという同期の男が1人ついた。
「1人足らんくない?」ソウタはフィールドを見回す。
「どっかにメグが隠れてんねん」とイワオが答えた。彼女はその気になれば敵はおろか味方からも視認されないほどの隠密スキルを有している。
「ほんだら、相手は2−3−1やな。ゴール前でメグが陰からボール奪うつもりや」
「まあ、余裕やな。こっちメッシが2人おるし」
審判の笛が鳴る。
キックオフで、ソウタはまずボールを中盤に下げた。相手FDが矢のように走り出してそれを追う。
と、その瞬間、「わっ!」と声を上げて味方のMFがボールを奪われた。
「何してんねん、いきなり!」とイワオがその方向に視線をやると、ボールを持っているのはメグだった。
「DFちゃうわ! メグはトップ下や!」ソウタが気付いたころには、既にボールは敵FDに渡っていた。
FDはあっという間にゴール前までボールを運んだが、シュートは辛うじて味方のGKがキャッチした。
「危なっ! キーパー、ナイスやで!」
味方のゴールキーパーが蹴ったボールは弧を描いて敵陣に放り込まれた。それを覚束ない足取りで受けたのは、敵DFのパミーナである。
「ごめんな、パミーナちゃん……」と呟いて、イワオはパミーナのボールに足を伸ばす。と、パミーナは一瞬イワオに身体を寄せるようにして、そのまま倒れ込んだ。
審判の笛が鳴る。「ファール!」
「ウソやん……」と見下ろした足下で、パミーナはニヤリと笑った。
「相手を倒したらファール……ソウタくんが、言ったので……」
「マリーシア……」イワオは肩を慄かせた。
「ナイス! パミーナ! 俺が蹴る!」と後方からGKのフィガロが駆け寄って、フリーキックを蹴った。
フィガロの蹴ったボールはドラベッラに渡り、そのドラベッラが蹴ったパスを追いすがるソウタがカットに入ったが、ソウタはその一瞬「うわっ!」と声を上げてボールを溢した。
「ビリっときた! ドラベッラお前、魔法使たやろ!」と審判にアピールしたが、審判は首を横に振った。
「だって、見えないし」
左サイドから寄せていたピッポがこぼれ球を拾い、右サイドのフィオルディリージに渡す。フィオルディリージはワンタッチでそれを前線へ放り込むと、FDが触ったと見えた瞬間、ボールはゴールに吸い込まれていった。
短いワンタッチパスを姿の見えないメグが押し込んだのだ。
「ルールを聞いてピンと来たぜ。GKを7人目のフィールドプレーヤーと捉えて数的有利を作り出すことが勝負の鍵だ。そして、高い位置で圧力をかけ、出来るだけ敵陣でボールを持つ」
中盤まで上がっていたGKのフィガロが、不敵に笑った。
「お前、近代サッカー理論に辿り着いてるやん……」
「いや、魔法とスキルでその先行ってもうてるわ」
サッカーという異世界の競技で、その世界から来た2人は完膚なきまでにボロ負けした。
数十年の後、1チーム11人で手を使わずボールを相手ゴールへ運ぶ『サッカ』という競技が世界中で流行、帝国の国技となり、時には国家間の諍いをこれで解決することさえあったが、その起源が2人の異世界人であるということを知る者はいなかった。




