63.『地獄』より愛をこめて
ふと意識を取り戻した時、同期たちは、岩肌の露出した禿山の中腹に立たされていた。見渡す限り、石灰岩の灰色がかった岩肌が地平線まで寂寞と続き、動物はおろか草一本とて生命の気配が無い。
「ここは……?」と誰かが呟くと、黒いローブを頭から被った背の高い女が、岩陰から現れて、「『地獄』だ」と答えた。
「【冬の魔女】バーバ・ヤーガ……!」
教官の表情は、「忌々しい宿敵に遭遇した」と「懐かしい旧友に再会した」の丁度中間くらいだった。
「【烈女】ハンナ・シュバルツ、直情的な性分は、直っておらぬようだな」
「『好戦的』も付け加えろ」ハンナ・シュバルツは嘲るように笑って鉾を担いだ。
バーバ・ヤーガは呆れたようにフンと鼻を鳴らすと、パミーナを見下ろした。「其の方らが、どこで男の取り合いをしようが、妾は一向に構わぬ。我が婿殿に危害の及ばぬ限りはな。運良く、傷一つついておらなんだから良かったものの、ことによれば帝都半分の命では済まさぬところだ」
イワオは横合いから口を挟んだ。「せやからな? 何で関係ない人の命を秤に乗せんねんて。ほいで、言うたやんけ。ピンチになった時に彼女が出て来んの、ちょっとしたケンカにオカン出てくるみたいで嫌やねん」
「だって妾、イワオさんが傷付くのイヤなんだもん。週末しか会えなくて寂しいのに、その間に怪我なんかされたらもっとイヤ」バーバ・ヤーガは1オクターブ高い声で言う。
「バーバ・ヤーガ、貴様、彼氏と喋る時はそんな感じなのか……」ハンナ・シュバルツは困惑気味に呟いた。
ソウタはイワオに耳打ちする。「おい、お前までこんなん呼び出してもうて、どないすんねん。ポケモンの終盤か。早よモンスターボールに戻せ」
「誰がポケモンやねん」とイワオは顔をしかめた。
バーバ・ヤーガはパミーナを見下ろしたまま、ふむ、と感心したらしく息を漏らした。「娘、生まれて15年やそこらにしては、なかなか大層な魔力を持っておる。あと数年待てば、そこな【烈女】に劣らぬ力を得るであろ。勝負はそこまで預けてはどうか」
バーバ・ヤーガの口調は提案のようでいながら、その背から黒いモヤのような目に見える魔力をたなびかせているのを見るに、そういうていを装った強迫と言ってよかった。
「貴方は……良いですね。『地獄』そのものを、意のままの位置、意のままの時間に呼び出せる。それも、鼻歌を歌うように……まるで桁違いの魔力を持っている。私みたいに自分の作った小さな世界に、部屋を2つだけ飛ばすような魔法が矮小に見えるくらい。それで、恋人もいて……私は、貴方が羨ましい……」
俯いてそう呟くパミーナの身体を覆っていた光が、ずぶずぶと音を立てながら黒いモヤに変わっていった。
「言うておることが伝わっておらぬようだな。妾は、我が婿殿のおる処で、無益な争いをするなと言うておる」
「……無理ですね」とパミーナは俯いていた顔を上げた。「私は、この時を待っていた」
「何……?」バーバ・ヤーガは目を細める。
「私の同期たちを守って下さい。それが出来るのは、貴方しかいないので……。私の闇属性魔法は強すぎて、仲間たちを巻き込んでしまう。それでも、教官には届かない。私は、貴方を待っていたんです。貴方と、『闇』の地形効果を得られる、この『地獄』という場所を……」
「妾を利用せんがために、婿殿を巻き込んだか……」バーバ・ヤーガの長い髪が、ふわりと浮いた。「殺すぞ小娘」
「アカンアカン!」とイワオはバーバ・ヤーガの前に立ち塞がる。
「イワオさん、そこを……」とバーバ・ヤーガが言い終わる前に、パミーナは杖を天に掲げた。
「『ペザンテ』!」
バーバ・ヤーガは魔法障壁を展開し、同期たちを囲む。
パミーナが放ったのは重力魔法である。障壁に入りそびれた教官の足元が、岩を割って地面に沈み込んだ。
「これでも潰れませんか……」とパミーナは奥歯を噛んだ。
「大腿筋を鍛えているからな」教官は余裕を表現するように笑いながら、背に鉾を担いで重力に耐える。
パミーナは杖を真横に構えた。「『少女地獄』」
うっすらと透けた少女の像が、1人と思えば2人、5人と思えば10人と、何処からともなく現れると、教官の肩に、腰に、太ももに纏わり付く。
「彼女たちは現世に想いを残して死んだ処女の魂です。生に飢え、恋に渇いている。貴方の生気を吸い尽くすまで、離れることはありません」
教官は増していく重力に抗いながら、片腕を横に振るったが、少女の霊はそれをするりとすり抜けて、教官にしがみつく。
バーバ・ヤーガはその光景を眺めながら感嘆の声を漏らした。「重力魔法で自由を奪い、更に弱体化を図るか。婿殿を巻き込んでこの妾を呼び出す謀りといい、実に周到で小賢しい娘だ。だが、魔法の重ねがけが出来るのは、よもや自分だけだと思うまいな」
「もちろんですよ」と額に汗を滲ませながら、パミーナは言った。「でも、防壁はそれで十分ですか?」
バーバ・ヤーガは舌打ちをして、また新たな防壁を展開する。「少々、勘が鈍っておるやもしれぬ」
その隙を見てか、パミーナは唸りを上げた。身体から迸っていた黒いモヤが、四方に散った。「これで最後。出し惜しみはしません。【烈女】ハンナ・シュバルツ! 私は、貴方が嫉ましい! 強い身体と心、綺麗な顔、大きな胸、そして、ソウタくん! 欲しい! 貴方の持つもの全てが欲しい! でもそれは無理だから、1つだけ、ソウタくんだけ、私に下さい!」
「お前がそうであるように、私も今さら他の男など考えられん。かかって来い! 私の操は岩より硬い!」
「ソウタくんは、泣いている私を慰めてくれた! 一緒にレーズンを食べてくれた! こんな私を『天使』って言ってくれた! 倒れた私を負ぶってくれた! 私はあの人の全てが好き! 手足を捥いででもあの人が欲しい! この世の全てを焼き尽くしてでも、私は彼を手に入れる!」
叫ぶようにそこまで言い切ると、パミーナは大きく息を吸い込み、左手を胸の前に突き出すと、中指を立てた。「燃え尽きろ!『地獄変』!」
ソウタは彼女の愛の叫びに圧倒されつつ、内心、こう呟いた。
(いや、俺の意向は……?)




