62.恋の熱量
同期たちは教官のいる大広間の入り口を塞いで横隊に広がり、後から詰め寄せて来る魔物を待ち受けた。
教官の武器を折る強力な魔物が、大広間に現れたためである。彼らの任務は、「後続を抑える」というよりはむしろ、「足手まといにならない」ことだった
「クソ、背中が遠過ぎる……」と悔しげに奥歯を噛むのはドラベッラだった。彼女も剣技にかけては同期の中で頭一つ抜けていたが、それでも助太刀にさえならない自身の不甲斐なさに苛立っているようである。
「それはしゃあないわ。人間はライオンに生まれ直されへん」イワオが励ますつもりでそう言った次の瞬間、そばにいたパミーナの身体が不意に光を放って、驚きのあまり声を漏らした。
パミーナは教官のいる大広間を睨んで、握った拳を震わせた。その視線の先では、教官がソウタの頬を、睦まじげに触れていた。
(ちょっとでええから、気い使ってもらわれへんやろか)とイワオは気を揉んだが、その間にも、部屋の向こうから後続の魔物の足音が迫っていた。
大広間から遅れて戻ったソウタが、「イワオ、ちょっと……」と肩を叩いて、列の端に寄せ、小声で耳打ちをした。「パミーナちゃん、様子おかしいのって、俺のせい?」
「いや、客観的に見ればお前はほとんど悪ないな。教官に迫られて付き合うただけやし。言うたら、教官にトニ・クロースばりのアシスト送ってもうた俺のせいや」
その時、大広間から鈍い音が重く響いて、彼らは遠目から広間の入り口を覗いた。教官が竜人の鉾を掴み、素手で殴りつけている。
「なあ、教官て、パンツにリボン着いとんの?」とイワオは唐突に聞いた。
「何て?」その脈絡の無さに、ソウタは顔をしかめて聞き返す。
「いや、女のパンツて、上の方にちっちゃいリボン着いてるやん。あれ、着いてんのって」
「なんでお前に教官のパンツのデザイン教えなあかんねん」
「ああいうタイプの人も、パンツにリボン着いとんのか気になるやん」
「どのタイミングで何を気にしとんねん」
「いや、このタイミングで魔物来られても、気になってよう戦われへんわ」
「お前、『気になってようやらへん』て言うたら、俺が何でも教えてくれると思うなよ」
「いや、リボン着いてるかだけ教えてくれたらええねん」
「着いてへんかったわ!」ソウタは思わず声を荒げた。
「ああ、やっぱりかぁ。あのタイプはなぁ。何? ボクサーパンツみたいなヤツ?」
「ちゃんと女らしいのはいてはったわ! 黒のエッロいエッロいヤツや! 花かなんかの刺繍……レース? 入っとるヤツ! 透けとるところもある!」
「おお……!」とイワオは唸った。
「いや何やねん、この時間!」
と、不意に先ほどからうっすらと帯びていたパミーナの光が一層強く閃いた。
「お前、声大きいわ……」イワオは自分を棚に上げてソウタをたしなめた。
「お前、ホンマ……」
パミーナは列を外れて歩み出た。
イワオは不吉な予感を覚えて、止めに入ろうと手を伸ばしたが、パミーナはそれに構わず魔法を唱えた。「『火葬国風景』……」
すると、今までこちらに迫っていた魔物の足音が、唐突にふっと絶え、それと同時に、壁の高い位置にあった窓から射していた日の光が、炎のように赤く色を変えた。
「何が起きた……?」
同期たちは立ち尽くしてパミーナの説明を待った。
「私たちと教官のいる2つの部屋を、概念世界『火葬国』に移動した。取り敢えず、後続の魔物が来なくなればいいでしょう?」
「ぱみぃにゃ……空間魔法を?」と尋ねたのはフィオルディリージだった。パミーナは膨大な魔力を持つ代わりに、微細なコントロールを要する魔法を苦手としていたはずである。
「今の私は、誰にも負ける気がしないので……。教官が竜人を倒して、私の目的が果たされれば、ちゃんと元の空間に帰すので……」
困惑して立ち尽くす同期たちを他所に、大広間から響いた轟音は、教官が素手で魔物の頭蓋を砕いたことを告げた。
「久しぶりに、少々骨のある仕事だった」
返り血に濡れた頬を歪めてそう笑う教官を、パミーナは、大広間の入り口に立って見据えた。「私と、勝負して下さい」
同期たちはざわめいた。
「いや、パミーナちゃん、そんな場合やあれへんて」イワオが追いすがるようにそう言ったが、パミーナが右腕を真横に伸ばすと、金縛りのようにイワオの身体は自由を失った。
「この部屋の外は『火葬国』。私が魔法で作り上げた、小さな世界。時間でないものが流れ、空間でないものが広がる。事が済めば、元の世界、元の時間に帰すので……」
「ほう……」教官は口元を吊り上げた。「何が理由か知らんが、この俺と、戦う覚悟があるということか?」
「理由は……私も、ソウタくんのことが好きだから……」パミーナがそう言うと、同期たちはまたどよめいた。
「ちょっ……恋? 恋のヤツ? ヤッバ、激エモ!」フィオルディリージが顔を赤くして興奮気味にまくし立てた。
「いや、言うてる場合やあれへんわ。何で恋愛の問題を武力で解決しようとすんねん。こっちの女、そんなん多すぎるわ」イワオは拘束が解けると矢継ぎ早に訴えた。
「いいじゃないか」と言い切ったのは教官だった。「見かけによらず、根性のある女だとは前から思っていた。恋は戦争。互いに一度、この男と決めたからには血みどろだ。この私に挑んでおいて、よもや無事に帰れるなどとは思っておるまいな」
「もちろんです。教官も、手加減なんかしないで下さいね。きっと、殺してしまうから」
「面白い。やってみろ」
教官の方へ駆け出したソウタの袖を掴み、イワオはパミーナの方へ引いた。「教官の方は俺が行く! お前が行ったらまたパミーナちゃんグワァなってまうやんけ!」
2人が割って入ろうとした時には、既に教官は魔物から奪った鉾を手に床を蹴り、パミーナは魔法を唱えていた。
「『畸形の天女』……」パミーナの杖が地面を打つと、そこから背に片方だけ翼を生やした巨大な女の像が、沼から這い出るように姿を表し、教官の振るった鉾を、片手で受け止めた。
その間に入ろうとしたソウタとイワオは、その魔法と刃を皮一枚で避け、飛び退いた。
「あっぶなっ! 何でこっちの女の人、みんなこない血の気多いねん!」
しかしパミーナとハンナ・シュバルツの間には、もはや彼らが目に入っていないようである。
「ソウタお前、もうFA宣言したらええんちゃうん!」とイワオは叫んだ。
「アホお前、そんなもんで収まるか! そもそもFA宣言の仕組みをいまいち理解してへんし!」
そうする間にも、パミーナの召喚した巨大な天女は大きく開いた両の手のひらと口から、あるいは炎、あるいは氷塊、あるいは岩石を、ハンナ・シュバルツに向けて容赦なく放つ。
ハンナ・シュバルツは身を翻して氷塊を躱し、炎を刃で斬り裂き、岩石を柄で砕き割ると、振りかぶった鉾で天女を頭から縦一文字に斬り伏せたが、ふとパミーナの姿を見失っていることに気付いた。
その隙を捉えて、パミーナは天女の陰から、杖の先端を覗かせる。「『化鳥』!」
紅蓮に逆巻き、燃え盛る炎が、大きな鳥を象って一声嘶きを上げる。
今し方斬られた天女の猛攻に逃げ惑っていたイワオは、巻き添えを避けきれぬと見ると、魔法障壁を展開したが、障壁は化鳥の羽から散った火花で穴が空いた。「火花だけでこれやったら、全然防がれへんやん……」
「どけっ!」背に衝撃が走ったと思うと、イワオは床に尻餅をついた。
教官が突き飛ばしたのである。飛びかかる化鳥の首を、教官は片手の掌で掴むと、そのまま握り潰した。
「魔法を素手で……」パミーナは忌々しげに呟く。
「握力を鍛えれば、このくらいは簡単だろう」と教官が嘲ったその時である。
────『地獄八景亡者戯』────
不意に聞こえたその声に、イワオとソウタは大きく息を吸い込んで、焦燥を鎮めようと努めた。
と同時に、彼ら同期たちの身体は果ての知れぬ闇の中へと投げ出され、その意識は海に投げ込まれた重石のように、深い微睡の底へと急速に沈んでいった。




