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57.総員戦闘準備

 その朝、窓から射した日射しは皮肉なほど眩しかった。


「非常呼集! 非常呼集! 学生は、総員直ちに各教官の指揮下に入れ。尚、これは訓練ではない! 繰り返す! 非常呼集! 各教官の指揮下に入れ。これは訓練ではない!」


 起床ラッパが鳴る予定より随分早く、スピーカーからこの放送が流れた時、ソウタは眠い目を擦りながら「いや、何やねん。勘弁してくれやホンマ」と呟いた。


「いや、なんかコレ、雰囲気おかしない? 今までになくガチっぽいで」イワオが、ソウタの椅子の背もたれに掛けてあった制服を投げて寄越した。


 慌ててズボンに足を通し、制服を羽織って部屋を出ると、同期たちは皆、困惑の相を浮かべていた。


 ソウタは背にヒヤリとしたものを感じた。


 この世界に来てから、ソウタやイワオが曲がりなりにも冒険者として仕事を請けることが許されていたことからも分かるように、ここでは、かつて彼らがいた日本という国ほど、彼らの生命を真剣に尊重しない。


 ここでは15歳をもって成人として扱われ、また死というものがより身近であるためだ。


 同期たちが寮の廊下に並ぶのと、そこに教官が現れたのは、ほぼ同時だった。


「作戦室に集合。直ちに」【烈女】ハンナ・シュバルツは簡潔に命令した。


 その瞬間に、ソウタは人目を忍んで視線を交わす、『秘密のオフィスラブ』的な何かを期待したが、教官はそれどころか、同期たちが作戦室に入って行くのを目で追うと、最後尾にいたソウタの襟首を引っ掴んでキスをした。舌を絡める濃厚なやつである。


(エッロ!)口が塞がっていなければ、ソウタはそう叫んだだろうが、その代わりに、唇の離れた時を見計らって、「シリアスな状況やないんですか?」と尋ねた。


 教官は嘲るように笑った。「それなりにな。まあ、私にとっては『鍋が吹きこぼれた』という程度だ」


「それなりに大変やないですか」


 作戦室の空いた椅子にソウタが座ると、教官は単刀直入に言った。


「本日未明、『魔王』の誕生が観測された」


「一大事やないすか!」とイワオは声を上げた。


「それはまだ分かんねえよ」と口を挟んだのはドラベッラだった。「先代の魔王は善政を敷いたしな。ウチらダークエルフだって、ルーツは魔族だ」


「確かに、最近はええ魔王の話多いしな」とソウタは頷いた。これも多様性の時代だからだろうか、昨今は勇者と付き合ったり、拾った子どもを育てたり、魔族の労働環境を改善したりという魔王の話がよく目に止まる。あくまで、ソウタやイワオがかつていた、日本のフィクションにおいてだが。


「その通りだ。『魔王』と一口に言っても、人に仇なすとは限らん。先代【淫蕩の魔王】アスモデウスの治世では、異種間の婚姻が認められ、それどころか帝国やその他周辺諸国との国交が劇的に改善された。現在の世界の姿を形作ったとさえ言われる。

 だが、その2代前、【憤怒の魔王】サタンは所構わず戦争を仕掛けまくったし、【怠惰の魔王】ベルフェゴールは国土の荒廃を放置し、官僚の腐敗やそれに起因する動乱にもまるで関心を示さなかった。 

 つまり問題は、『魔王』という存在が、血統を継承するでも、人民の信託で選ばれるでもなく、突如産まれ、その瞬間から世界の半分を統治するものであり、その資質が予想出来ないということだ」


「社会システムの欠陥がエグ過ぎますやん」イワオは呆れて口を大きく開けた。


「要は、生まれてみんことにはソイツが世界の半分をどうするか分かれへんいうことですか?」とソウタは尋ねる。


「その通りだ。お前は可愛いな。後でお菓子をやろう。つまり、魔王の資質次第で、あらゆることが起こり得るということだ。世界はより平和になるかもしれないし、戦争に突入するかもしれん。

 だが、我々が今考えるべきことは、世界についてではない。我々はいつだって、その腕の長さの分だけしか手が届かんからだ。

 このようにして急遽招集がかけられたのは、馬を1時間も走らせれば手の届く範囲に、魔王が生まれ落ち、その影響で新たなダンジョン『魔王城』が出現、魔物の群れが溢れ出したためだ」


「つまり、俺たちは活性化したダンジョンの魔物を倒しに?」とフィガロが尋ねると、教官はそれを鼻で笑った。


「この学園で最強の戦士は誰だと思う? この、わた……俺だ」


 同期の視線が一瞬、ソウタに集まった。それらはどれも直視とは言い難く、横目に、あるいは流し目に、ちらりと視線を向けたのに過ぎなかったが、それらの視線はいずれも、あわや『私』と言いかけた教官について、「お前、この人を『女』にしたのか……」という驚愕や畏怖や羨望を含んでいた。


(いや、ちゃうねん。自力で『女』になってんねん)とソウタは胸の内に言い訳がましくそう呟いた。


「俺の率いる部隊は、これより他部隊の支援を得つつ、魔物の群れを迂回し、直接魔王に接近、その資質を見極める。そして、必要とあらばこれを討つ。無論、直接魔王と対峙するのはこの俺一人になるだろう。貴様らにはそれまでの露払いをしてもらう。予定より一足早く実戦訓練を行うこととなったというのに過ぎん」


 教官はそう言うと、腰に提げた段平を抜き払った。


「1時間後、寮舎北側に集結、前進を開始する。総員戦闘準備!」

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