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58.嫉妬の魔女、その目覚め

 戛々(かつかつ)たる馬蹄の響きは朝霧の中にも一層白く土煙を上げて、帝都の街道を駆け抜けた。


 帝都の市門を潜ると、肉眼で見える距離に、先行していた帝国軍の歩兵部隊や、学園の生徒たちがすでに接敵していた。森の林縁で、ゴブリンやオーガといった魔物たちの群れを押し返している。


 教官である【烈女】ハンナ・シュバルツは、その大柄な身の丈よりもさらに頭一つは長かろうという大槍を、頭上に掲げて叫んだ。


「吶喊(とっかん)! このまま林道を直進! 俺が前線を切り開く! 後に続け! 総員、抜剣!」


 同期たちは口々に声をあげ、各々の得物を執る。


 その間にも、先頭をひた走っていた教官が、敵の横隊にぶつかると、槍を片手にこれを紙屑のように引き千切って林道への入り口を切り開いた。


「強っ!」とソウタは感嘆の声を漏らした。痴話喧嘩にも命を賭ける必要を感じる。


 同期たちも必死に馬の横腹を蹴り、これに追いつこうと食い下がる。


 敵横隊の前線を苦もなく引き裂いて突破し、味方の分隊が最後尾まで林道に入ると、「フィオルディリージ、ドラベッラ、ジェミマは下馬! この3名を斥候とする。戦闘を避け、樹上を先行して逐次情報を送れ!」と教官が命じ、3人は馬から近くの木の枝に飛びついた。エルフや猫人(ケット・シー)は、枝を飛び移って移動することを得意とする。錯雑した林内で馬を駆るよりは格段に速い。


 彼らが前線を突破すると、後方からまばらに詰め掛けてくる魔物などは、もはや教官の敵にはならなかった。現れる端から羽虫を払うように切り払って行く。


 イワオはその光景を後方から眺めながら、呆れたように口を開いた。「人のこと言われへんけど、お前の彼女エッグいな」


「浮気したら死ぬやろな」


「それはする方が悪いけどな」


「罪の重さと罰の重さが合うてへんやん。それより、俺、この学校来て一番嬉しいの、馬乗れるようになったことやわ。馬めっちゃ楽しない?」ソウタは頬を風に晒しながら、手綱を握り直した。


「せやな。こんなん元の世界やったらボンボンしか乗られへんで。自慢出来るわ」


「そういえば、もう学園出てるけど、バーバ・ヤーガお前のこと見とるんちゃう?」とソウタは辺りを見回した。彼女の影は見えないが、あの女のことだ。何がしかの魔法でこちらの動きを捉えていると考えるべきだろう。


 彼女が今回の事態をどう捉えているのか、ソウタはそのことが気にかかった。


『魔王』が生まれたということが、この世界にとってどういう意味を持つのか、ソウタやイワオはいまいち理解出来ていなかった。


 このようにして緊急の招集がかけられ、本来軍人でもない彼らが駆り出されていることから考えても、非常事態であることは間違いなさそうではある。しかしそれは、魔王の誕生によって出現したダンジョンから、魔物が大量発生したという事態への対処であって、『魔王』そのものは、一般的なファンタジーのように、即討伐対象となるようなものでもないらしい。


「まあ、見とるやろな」とイワオは言った。「週末とか、何の待ち合わせもしてへんのに、校門出たらスッと来よるからな」


「俺ら魔王城向かってんねやろ。エロいタイプの四天王おったらどないする?」


「どうもせえへんわ」


「いやお前、服がもう、胸元ザックリいってんねんで。乳輪ギリや。現実やったらもう、ちょっと出てもうてるかも分れへんわ。お前チラリとも見いひん自信ある?」


「そんなん見るやろ。戦いになったら絶対はみ出るやろし」


「せやろ? けど彼女おったら、チラチラ見てもうただけで機嫌悪なってまうパターンあるやん。俺とお前の場合、そんなんで死活問題やで」


「そしたら、教官とバーバ・ヤーガで女四天王と戦う感じになるんちゃう? 女の敵は女て言うし」


「いまいち想像出来へんわ」


 その内に、林道が狭まって来た辺りで教官は馬の足を止めた。「パミーナ! 前へ!」


 その声に応じて後方から前へ出るパミーナに、イワオとソウタは道を譲った。


 教官は前方を指す。生い茂る枝葉に隠れてよくは見えないが、どうやらその先に魔王城があるらしい。


「道を造る。城まで一直線に森を焼き払え。山火事にならん程度のコントロールは出来るな」


 パミーナは少し逡巡した後、「……はい」と返事をすると、樫の杖の先端を顔の前にかざし、口の中にぶつぶつと念じ始めた。


「道が出来るまでこの地点を確保する! 総員弓を持て! 四周を警戒、接近する敵は各個に射て!」教官は馬の鞍に槍を縛り付けると、代わりに担いでいた弓を執って、腰の矢筒から矢を抜いた。


 木陰から現れる小型の魔物を弓矢であしらっていると、程なくパミーナが「撃ちます」と合図した。


「『ファイア・ボール』」と呟くその小さな少女の声は、次の瞬間には逆巻く炎にかき消された。


 その炎は、実に約3kmの距離を、地面の起伏さえ刮(こそ)ぎながら一直線に焼き払い、すぐに消えた。その先に遠く、それがダンジョン『魔王城』であろうと一目に分かる、禍々しく黒光りする石造りの建物まで、遮るものは何も無かった。


 続いて「今、道を均(なら)します」とパミーナは言うと、「『ペザンテ』」という声と共に、先の魔法に驚いて茂みや木陰から飛び出した魔物諸共、地面を平らに圧し潰した。


「パミーナちゃん、今日エグいな……」ソウタはその圧倒的な魔法の力に唖然としつつ呟いた。


「ムシャクシャしてんねやろ」とイワオはそれに答えながら、先週末、教官をけしかけたのが、パミーナの耳に入らないよう祈った。


 教官がパミーナの肩に手を置き、「良くやった。下がれ」と命じると、パミーナはまた、逡巡したように「……はい」と曖昧に返事をした。


「これより、ダンジョン『魔王城』まで一気に肉薄する。全速前進!」


 彼らは馬の腹を蹴り、森の中を一直線に通った道を、まっしぐらに駆けて行った。


 途中、斥候から報告のあった4体のトロルが彼らの行手を阻もうとしたが、その内の2体を教官の槍が瞬く間に引き裂いたと思うと、残りの2体をパミーナの魔法が一瞬で消し炭に変えた。


「のろまなカタツムリと思っていたが、今日は気合が入っているようだな!」と教官が声をあげる。


 その時すぐ横にいたパミーナが、小さな声で「私は、まだ、負けていないので……」と呟いたのは、それが空耳か疑う程度の音量で、イワオの耳朶(じだ)に触れた。

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[良い点] 女の戦いが! 魔王よりもよっぽど死活問題に [気になる点] タイトル
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