55.もう飛ぶまいぞ蝶々
「ちょっと、困ったことになってんけど」とソウタが言うので、イワオは億劫な返事をした。
「何やねん」
「ピッポとメグにデートさす計画しとったやん」
「ああ、3人で服見に行くと見せかけて、お前がドタキャンするヤツな」
ピッポとメグは、お互いがそうと知らず想い合っている。それを知ったソウタは、服装のアドバイスをしつつ、週末に買い物をする予定を立て、当日自分が抜けることで2人をかち合わせようと考えた。
ピッポには、「オシャレになろうとするな、相手は自分が思うほどそれをを求めていない」「自分をアピールするな、相手に気持ちよく喋らせろ」「初回のデートで好意を匂わせろ、『友だちフォルダ』に入った男は2度と恋人候補にはならない」などといったアドバイスを事前にしていた。
「それで、実際『急用出来てもうて行かれへん、お前ら2人で行けや』て2人にそれぞれ言うてんけどな。激しい抵抗を受けてんねん」
「メグは分かるけど、ピッポもか。あいつそういうタイプやないと思っとったけどな」
「あいつ、オシャレじゃない奴がオシャレな服屋に入ったら石投げられると思っとったからな。あれで結構ビビっとんねん」
「言うて、どうにもならんやん。無理やりでも行かせろや」
「せやねんけどな、何かもう、あいつら納得さす口実が欲しいねん。お爺ちゃんの葬式レベルのやつ」
イワオは少し逡巡するように視線を宙に泳がせた後、「まあ、ええか」と呟いた。
「何やねん」
「あるで。口実。ごっついのが。その予定、実際に入れなアカンけど」
「おお。ええわそれで」
「お前もそろそろ身を固めろ」とイワオは言った。
ソウタは首を傾げたが、その意味を知るのに、そう時間はかからなかった。
イワオはその足で教官室へ向かい、週末ソウタをデートに誘うべきと【烈女】ハンナ・シュバルツに進言したのである。
土曜の訓練は、予想に反してみっちり行われた。教官であるハンナ・シュバルツには公私混同のきらいが無いではなかったが、この日の訓練は、月期対抗競技会の反省点を修正する重要な訓練と位置付けられていたためである。
演習場からの帰り道、教官は疲れ果てて地面に手をつくソウタの襟首を引っ掴むと、そのまま片手で担ぎ上げた。
「俺はこれからコイツと外出する。貴様らはせいぜい、週明けの訓練に向けて身体を休めておけ」
そう言い放った教官に、フィガロが恐る恐る口を開いて尋ねた。
「外出って……どこへ……」
「こいつを『天国』に連れてってやるつもりだ」
同期は一様に生唾を飲んだ。
「そういうのって、問題無いんでしょうか。つまり、教師と生徒が……幾分、エロ過ぎるように思いますが」
「特にそうした規定は無いが、仮に、何かの拍子に俺がクビになったとしても、優秀な教官は他にいくらでもいる。貴様らの教育に支障はない。そしてこの俺も、軍人だの冒険者だの、仕事のアテはいくらでもある。貴様らも強くなれ。強くあれば強くあっただけ、自由に振る舞うことを許される」
そう言うと、教官はソウタを担いで去って行った。
「アイツはもう、助からんな」教官の背中を見送りながら、フィガロは言った。
「あっちこっちの女にフラフラしとるようなのは好かんねん。一発キメたらあいつも腹据わるやろ」イワオは深く頷いて、そばに居たピッポを見下ろした。「お前も腹決めろ」
「そうじゃな」とピッポも頷いた。
バーバ・ヤーガと帝都で待ち合わせをしていたイワオは、このところ評判だという飯屋の暖簾を潜り、向かい合わせの席に座ると、いつものようにその一週間の出来事について話した。
特に、ピッポとメグの恋について、そして、ソウタと、彼に想いを寄せるであろう女たちについて。
「良かったの? あの乱暴な女と友だちをくっ付けて」と【冬の魔女】バーバ・ヤーガは尋ねた。
イワオが他の女に手を出された場合、帝都の人口半分を犠牲にすると公言する女と、どちらが乱暴かということについては議論の余地があるだろう。
「さあな、アイツの決めることや。それに教官はアイツに対して結構本気っぽいしな、まあ、悪いようにはせんやろ」
「ソウタを好きな、他の子たちは?」
「可哀想なんは可哀想やけどな。あない暴走列車みたいな人ライバルに据えられて。せやけど、はっきり言葉にして、『ソウタを自分のものにする』って言うたんは教官だけやねん。他の2人も、いじらしいのが可愛いとも思うねんけど、結局、覚悟の差やろな。他の女に取られたないと思うねやったら、相応の覚悟を決めんとアカンかったんちゃうか。
それに、パミーナちゃんも、ドラベッラも、友だちとしてやっていけるやろ。言い方を変えれば、その逃げ道を残すために、態度を保留しとったんや。
俺はそうせえへんかったから、今こうしてお前と一緒に居れるんやと思うねん。せやから、そういう意味で、一番共感出来るのは教官やねん」
と言ってから、イワオはブハッと笑った。
「『教官に共感』やて。意図せずギャグってもうたやんけ。ごっつハズい」
バーバ・ヤーガは首を傾げた。イワオは、その時久しぶりに、自分の言葉が現地語に翻訳されているのだということを思い出して、言いようもなく寂しい気分になった。
「要はな、1人ちゃんと好きな人見つけろいう話やねん。ソウタはあいつ、誰に対してもええ奴やし、恋愛のノウハウも持っとる。それで実際そこそこモテんねんけど、逆に誰に対してもイマイチ本気やないんちゃうかと思うねんな。教官が、今そういう人やなくてもええねんけど、あの人やったら、アイツの心を動かすんちゃうかと思うねん。
まあ、余計なお世話と言われればそれまでやけど」
バーバ・ヤーガは静かに頷いた。イワオの目には、その表情が、遙か遠くに嵐の兆しを予見する、熟練の水夫のように映った。
その夜、彼らの知らないところで、ソウタは【烈女】ハンナ・シュバルツの見せた、極彩色の曼荼羅が如きベッド・テクニック(独学)の前に、あえなく陥落した。




